オレは嘘八百を学級日誌に記した

「冗談にしてもつまらないわ」

「本気だ」

「で、私が裁きの魔女だっていう証拠は?」

「証拠はないが根拠はある」

「一応聞いてあげる」

「生徒会室の扉に描かれた魔法陣。前に菊川さんから頼まれて図書室に運んだ魔術の本の中に同じ魔法陣があった」

「呆れたわ。たったそれだけ? 根拠にしては弱すぎない?」

「まだある。オレが教室で辰っつあんにソフィが逃げ出した事情を説明している時。菊川さん、君は確かにほくそ笑んでいた」

「話にならないわ。言いがかりもいいところ!」

 彼女は怒りだしたがオレは追及の手を緩めない。


「目安箱、そして運動場の銀杏の木にあった粘土人形は知っているよね。特に銀杏の木の粘土人形にはとある生徒の名前が書いてあったのも知っているはず」

「ええ。でも生徒の名前はわからない」

「うん、名前は問題じゃない。その粘土人形は職員室で保管されている」

「だから? その人形を証拠として警察に提出でもするの? ムリムリ? 警察沙汰にするような事件じゃないし、そもそも学校側が嫌がるでしょ。それに全校生徒の指紋や筆跡を鑑定するなんてできるわけないないじゃない! 大体ね、鉄太はただのクラス委員長でしかないのに探偵気取りはやめたら!」

 菊川さんは怒りながらもどこか勝ち誇った表情だ。


「話は変わるけどオレのじいちゃンは武術の世界じゃそれなりに有名らしい」

「だからそれが何なの!? もう帰らしてもらうわ」

「今の海老鯛市の警察署長はじいちゃンの弟子だったとか。この事実がどういう意味を持つかはわかるね。武術の世界の師弟関係は絶対。さらには容疑者1人の指紋と筆跡を鑑定するのはそんなに手間ではない。ああ、菊川さん。帰りたければ帰っていいよ。さようなら」

「……まいった。白旗を上げるしかないようね。そう、裁きの魔女はこの私。菊川智恵」

「なぜ? 目的は?」

「少し座りましょうか」

 菊川さんとオレは椅子に座った。


「私ね、小学生の時に好きな人がいたの。物静かで優しくて本が好きな男の子。でもその子はソフィに片思い。ある日、彼は勇気を振り絞ってソフィに告白したけどあっさりとフラレたの。でも私にとっては絶好のチャンス。寄り添って支えようとしたんだけど彼は傷心しょうしんのまま転校していったわ」

「だからソフィを恨んだというのか」

「私だけじゃなくって裏でソフィを嫌っている女子は大勢いるわ。ほとんどの男子がソフィを好きになってしまうのだから嫉妬されるのも当然」

「目安箱には辰巳兄妹とオレを呪うような文面の紙があったんだけど」

「いつも辰巳葵がうらやましかった。お兄さんは剣道の達人で成績優秀。先生たちからの信頼も厚い。そのおかげで葵はいつも贔屓ひいきされている。私の姉さんだって児童文学では賞を結構もらっているのに」

「でもなんでオレも裁きの魔女の裁きを受けなきゃならなかったんだ?」

「ついでよ、ついで」

「ついでであんな事を書かれたらたまらんな」

「冗談よ。本当は鉄太、あなたのことが好きになったから」

「それこそ冗談だ」

「春になって気になる男子に巡り会えた。だけどその鉄太はソフィと仲がどんどん良くなっていくから何とかしないと、と思って」

「だから裁きの魔女の名で大暴れして、ソフィにすべて擦り付けようとしたんだな」

「うん。季刊誌用の原稿を書いてくれた生徒の下駄箱に裁きの魔女の名でお金を要求する手紙を入れたり、粘土人形に前からキライなヤツの名前を書いて針を刺したり」

「ふう、なるほどね。事件の背景はわかったが菊川さんの考えは理解できない」

「もう、お菊ちゃんとは呼んでくれないのね。で、私をどうするつもり?」

 彼女はうろたえもせずに、堂々としているのが意外ではある。


「別になにも」

「え!?」

「オレは警察じゃないし、今の君の自白も証拠にはならない。だけど事件の終わりは皆んなに知らせないと。この学級日誌には魔女騒動の解決を適当にでっち上げておく。菊川さん、君は君で好きにすればいい。名乗り出てもいいし、このまま黙ってやり過ごすのも手だろう。ただソフィが悲しんでいるのを忘れないでくれ」

 オレは学級日誌に嘘八百を書いて職員室に向かった。

 部室からはすすり泣く声が聞こえたような気もするが構っている暇はない。


「なあ鉄太よ。俺はこの報告をどう受け止めりゃいいんだ?」

「はい、少しふざけすぎたかもしれません」

 職員室には都合よく落合先生がいたので簡単に報告した。

 結果、オレは詰問されている。

 覚悟はしていたけど、圧がまあまあある。

「バカも休み休み言いやがれ! 最初の天気の欄から最後の内申評価のおねだりまで徹頭徹尾ふざけているぞ」

「はあ」

「魔女の正体を知っているな」

「一応は」

「誰だ?」

「黙秘します。証拠はないし、自白もまた証拠になりません」

「ほう、俺を前によく言えたな。いい度胸だ」

 落合先生が壁に立てかけてあったド根性注入竹刀を手にした。

 が、オレの顔を見て竹刀から手を離した。

「やめた。全然ビビらないヤツを相手にしても意味がねえ」

「それに今は令和だし」

「この野郎! 調子に乗りおって! だがなぜだ? なぜ庇う? お前にとって何の得にもならねえのに」

「さっきも言ったように自白はしてくれたんだけど証拠にはならないです。オレが先生に報告できないのはオレが間違っているも知れないから。裁きの魔女が名乗り出るかどうかはわからないけど、もうあの手の騒動は起きないと断言できます」

「ほう、なら万に一つでも裁きの魔女がなんかやらかしたらお前の責任だぞ、鉄太」

「はい、きもめいじます。では失礼します」

 帰ろうとするオレは落合先生に肩をポンと叩かれた。

「なかなかの根性だ。気に入った。これからも鉄太には特別に目をかけてやろう。楽しみにしてろ」

 落合先生は破顔一笑はがんいっしょうして言った。


 職員室を出てからは辰巳会長にメールを送った。

『例の件、一応解決。万歳!』

 という短いメール。

 中学生でクラス委員長のオレは報連相ほうれんそうもバッチリだ。


 その足で魔女の館ことソフィの家に向かった。

 こちらは不在だったのでメールを送信。

『裁きの魔女の件、本日を持って解決。明日から安心して登校せよ』

 というポイントを押さえた文面。

 早くソフィの元気な姿が見たい。


 じいちゃンにはこの魔女騒動はもちろんナイショだ。

「この未熟者! 情に流されおって! お前は敵を前にして情けをかけるほどの余裕があるのか! ヤラなければヤラれるんだぞ! 今からでも魔女の首を取ってこい!」

 などと怒鳴り散らされるのがオチだ。


 まあ確かにオレは情に流されて裁きの魔女の正体を明かさなかったが後悔はしていない。

 これで魔女騒動も解決したと安心していたが、それは大きな間違いだった。

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