お友達になりましょう
翌日。
松葉杖なしでも歩けるないことはないので、松葉杖なしで登校した。
昔のように普通には歩けないけどそのうち元に戻ることだろう。
頭の包帯も外してみた。
傷はうっすらと残っているが、よほど注意深く見ないとわからないレベルだ。
教室に入ると辰っつあんが真っ先に話しかけてきた。
「聞いたよ、鉄太。おじいちゃんが大変なんだってね。洗濯に掃除に炊事にお見舞いを毎日1人でこなすなんてボクにはできない。だから退院するまではムリしないで。クラス委員の仕事ならボクに任せて」
「えっ!? 誰から聞いたの?」
確かこの事を知っているのは……。
「そんなわけでアタシも大変な目にあったけど、おじいちゃんが入院したならしょうがない。今までのことは許してあげたのよ」
大声でクラスの皆んなにベラベラと話しているのはソフィだ。
「おはよう、ソフィ。声が大きくて元気そうで何よりだ」
「あ、鉄太。もう松葉杖と包帯はいらなくなったんだね」
「いや、人のプライバシーを話すのはちょっとどうかな?」
「あれ、隠すようなことじゃないでしょ。それに落合先生に報告したなら知れ渡るのは時間の問題なんじゃない?」
「あっ! まだ報告してないや」
「ホホホ、アタシのおかげで気づいたんだから感謝することね」
冗談めかして勝ち誇って胸をそびやかすソフィ。
「そうだ、そういや金ができたんだけど喫茶店のパフェはどうする?」
「季節限定だからボヤボヤしていたら終わっちゃう。今月中には行くわよ。後で連絡先を教えてね」
と、そこで落合先生が教室に入ってきた。
「よっし、今日から給食が始まるぞ。良かったな、お前ら。それじゃ出席を取るぞ」
HRが始まった。
「それと鉄太のおじいさんが入院しているから、皆んなは鉄太を助けてやるように。もともと鉄太はおじいさんと二人暮らしだから大変だろうけど頑張れ。おい鉄太、自分だけで抱えんな。周りを頼ることを学べ」
出席を取り終えると落合先生は一言残して教室から出ていった。
「え……、じゃあ鉄太は今は一人で暮らしてるの?」
「うらやましい」
「
「なあ、今度遊びに行ってもいいか?」
教室ではそんな声が聞こえてきたと思ったらすぐに1限目の先生が入ってきて授業を始めた。
休み時間になるとソフィの周りには人の輪ができていた。
フランス人形のような可愛さに加え、気さくで親しみやすい性格。
ただ、お近づきになりたい男子共は相手にされていない。
よそのクラスから、果ては上級生までソフィを見に来るのだから当の本人はウンザリしているのが丸わかり。
オレの周りにも人の輪というほどではないけど、まあまあの質問攻めにあっていた。
オレは適当に答えてやり過ごした。
聞かれたらすべて答えるお人好しじゃないし、特に無三流については秘密にせねば。
確か、無三流を知られたら切腹しろ、なんてじいちゃンは言ってたっけ。
そんなこんなであっという間に給食の時間。
献立は酢豚、ごはん、味噌汁、ひじき。それに牛乳。
本音を言えば牛乳の代わりにほうじ茶が飲みたいのだけど今までの粗食に比べれば天国だ。
給食の時間は気の合った仲間と好きにグループを作って食べるのがお決まり。
さて、オレは誰と食べよう?
なんて思ってたら、
「良かったら私とご一緒しない?」
なんて声をかけられた。
文学少女の菊川さんから。
「うん、別にかまわないよ。誰と食べようか悩んでいたから助かるよ」
「そう、なら良かった」
来る者は拒まず。
2人して教室の隅に机を動かした。
日直の「いただきます」の号令と共に教室の中はにぎやかになる。
「ところで君のことは鉄太って呼べばいいんだっけ」
「そうだよ、菊川さん」
「ちょっと余所余所しいわね。これから友達になろうっていう人に対しては」
「友達?」
「鉄太は自己紹介で言ってたでしょ。友達を早く作りたいって」
「そういやそうだったかな」
「菊川さんはやめて」
「なら、お菊さん」
「うっかりお皿を割りそうだから却下」
「じゃあ、お菊ちゃん」
「まあ、それで妥協してあげる」
「ねえ、鉄太。これ、見たことある?」
お菊ちゃんは机の中から一冊の本、というよりは冊子を出した。
「いや、初めて見るけど何だい?」
箸を置いて手に取る。
「これは海老鯛中文芸部の春の季刊誌『四季だより』の春号。最新号よ。小説でもエッセイでも優れた作品は文芸部じゃなくても掲載できるようになったから頑張って何か書いて」
「なぜオレに頼む?」
「知らないの? クラス委員長の仕事ってクラスメイトの悩みを解決することなんだけど。もちろんこの後全員に声をかけるつもりだけどまずはクラス委員長の鉄太から。それに自己紹介で言ってたでしょ。友達を早く作りたいって。何か書き上げれば友達も早くできるかも」
「熱心なんだね。季刊誌制作に」
「私の姉は文芸部の部長なの。辰巳さんは生徒会長のお兄さんを誇りに思っているようだけど私も姉を誇らしく思っている」
「兄貴や姉貴がいるって少し羨ましいよ」
気がつくと話してばかりでほとんど食べていないことに気がついた。
案外お菊ちゃんは人を話しに乗せるのが上手いのかも知れない。
急いで酢豚とご飯をかっこみ牛乳で流し込んだ。
「それにしても、朝から見せつけてくれるじゃないの」
「ん? 何が?」
「ソフィと仲がいいのね」
「そう見えるか?」
「私にはご馳走してくれないのかな」
「彼氏にご馳走してもらえばいいんじゃないの」
「フン」
なぜかお菊ちゃんのご機嫌を損ねてしまったようだ。
だがすぐに小声で話しかけてきた。
「あのソフィは男子が苦手らしくってね。昔からモテモテなのにもったいない」
「きっとグイグイ来られるのが苦手なんだと思うよ」
「ならなんで鉄太とは平気なんだろ」
「う~ん、たぶん男子とは見られてないのと食べ物に対する執念かな」
「フフ、そうかもね。いずれにせよ男子たちのヤキモチに気をつけることね」
そう言うとお菊ちゃんはそう言うとオレの耳に唇を寄せて、
「ソフィは魔女だから注意して」
と、小声でささやいた。
「えっ!? それってどういう……」
唐突に分けの分からぬことを言い出したので問いただそうとしたが、チャイムが鳴ってしまった。
ローズ姉さんは確か魔女を自称していたが……。
まあ、気にするほどでもないだろう。
あっという間に放課後になった。
「鉄太はもう帰っていいよ。クラス委員の雑務はボクがやっとくから。おじいさんのお見舞いに洗濯に掃除に料理と大変なんだろう」
「ありがとう。甘えさせてもらうよ」
辰っつあんにサヨナラをして帰ろうとすると、虎雄に腕をつかまれた。
「お前はクラス委員の仕事を葵に押し付けて、今日一日中女とイチャイチャか。ちょっと校舎裏に面を貸せ。性根を叩き直してやる」
ドスの効いた声で目は据わっている。
「やめなよ虎雄。もうヤンチャはしないって皆んなと約束したでしょ」
「たとえ葵の頼みでも聞けねえな。ここでヤキを入れとかねえと。こいつは調子に乗っているからガツンと食らわさねえと、なあ!」
辰っつあんがたしなめても虎雄は興奮している。
「わかったよ、虎雄。校舎裏に付き合おう」
「ええっ! ダメだよ鉄太ァ。虎雄は強いんだよ」
「そうさ、おれは海老鯛小の虎と異名を取った男だ。観念しろよ、鉄太ァ!」
「大丈夫だよ、辰っつあん。虎雄はさ、『鉄太くん、お友達になりましょう』というのを少し乱暴に言ってるだけだ。拳を交えりゃすぐに友達になれるよ」
「葵は危ないからおれたちに関わらねえ方がいい」
辰っつあんは背を向けてどこかへ行ってしまった。
「さっさと片付けねえと邪魔が入る。だがすぐに終わらすから安心しろ」
「そうだな、早く校舎裏へ行こう」
実を言うとオレはウキウキしていた。
なにせ久しぶりのケンカだ。
まあ、加減はしてやるか。
なんてその時はそう思っていたんだ。
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