ヒーロー見参

数秒前まで賑やかだった教室は、水を打ったように静まり返っていた。そんな中、井上の飛び散った脳漿や血を浴びた生徒の一人が、半狂乱で悲鳴を上げた。

「ヒョ…ヒョアアアアア!」

…と同時に、彼の頭部も破裂した。

「あばっ」

2人の死によって、ようやく教室は絶叫の渦に包まれた。

「ぎゃああああ」

「おわああああ」

厚の近くにいた者から順に、ポンポンと小気味よく頭部が破裂して、物言わぬ死体と化した。

「いやあああ!」

「ひいいいい!」

離れた席にいた生徒達は、教室の出口へと向かって、我先にと駆け出した。しかし厚がそちらへ目を向けると、それぞれ体のどこかが吹き飛んで、血飛沫を上げながら地面に倒れ込んだ。

「ぎぇっ」

「ぶっ」

どうやら1人だけ即死を免れた者がいるようだ。厚は片足を失ってもがき苦しむ少年の方へ、ゆっくりと歩み出した。

少年は犬猫のように服従のポーズをとりながら、必死に命乞いをした。

「ま、待ってくれ!俺はただ見てただけだろ!?見逃してくれよ!」

「…さっきソイツらと一緒に『殺せ』とか言ってなかったっけ?」

「えっ!?きっ気のせいだろ、気のせい」

厚は顎に手を当ててしばらく考え込むと、やがて口を開いた。

「わかった、見逃してやる」

「助かった…!」

少年は器用にも立ち上がると、片足飛びで出口へ向かった。厚は彼の背に向けてポツリと呟いた。

「やっぱ気が変わった」

「ひゃぶっ」

少年は全身が粉々に吹っ飛ぶと、壁や地面に派手に血痕を作った。溜飲が下がったのか、厚は軽く溜息をついた。

ふと後ろを振り向くと、教室の隅っこでタケが膝を抱えてガタガタと震えていた。彼は震え声で厚に言った。

「こっ殺さないでくれ厚…!俺ら親友だろ…!?なっ!?」

その眼には恐怖の色がありありと浮かんでいた。そんな彼に、厚は死んだ目で無感情に呟いた。

「…行けよ」

「うっ…!」

タケは厚の側を横切ると、猛烈な勢いで教室を飛び出して行った。その直後、廊下に彼の大声がこだました。

「助けてェ!変異者だ変異者ァ!みんな逃げろォ!」

それから数分もしないうちに、変異者の出現を知らせる校内放送が学校中に響き渡った。厚は躯の山となった室内を見渡しながら、ひとり乾いた笑みを浮かべた。

「ざまぁクズ共、俺…ツエーじゃん」

だが、すぐに沈んだ顔に変わると、彼は俯きながら独り言ちた。

「あーでも…もう家帰れないな…」




「あっ、ちょっとクソしてくる」

「いちいち言わんでいい」

昼食を終えた陸海は薄井にそう言い残すと、のそのそと教室から立ち去った。その後、静かに読書に謹んでいた薄井の耳に、何者かの声が轟いた。

(…姉ちゃん)

薄井は突然の事態に、思わず周囲を見渡した。

「今の声は…気のせいか?しかし…!」

(…気のせいじゃないって姉ちゃん、オレオレ。今、テレパシー的なアレで話してる。なんか俺、変異者になっちゃったっぽくてさ、学校の奴らを殺っちまったよ。だから、もう姉ちゃんには会えないな。最後にそれを伝えたくってさ。こんな事になってほんとゴメン。あんまり言ったことなかったけど…姉ちゃんの料理、超美味かったよ)

謎の声は一拍置くと、続けて言った。

(…あっ多分気づいてると思うけど、この前姉ちゃんのプリン食べたの俺だから)

声はそこで途切れた。

「厚…!」

薄井は本を放り出して立ち上がった。




一方、厚はめっきりと静かになった校舎の廊下を、あてもなく、とぼとぼと歩いていた。自分はどこに行こうとしているのだろうか、行く先も、ましてや未来も無いというのに。

すると突然、彼の背後で窓の割れる音がした。振り向くと、白いワイシャツを身に纏った、二つの触覚と色鮮やかな羽根を持つ、蝶を思わせる姿の怪人が仁王立ちしていた。そいつは厚を見据えながら、落ち着きのある口調で言った。

「…やぁ」

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ぼーいずどんとだい ゲロブス @gerobusu

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