お互い様
「悪いがそのバカを殺させはしないぞ」
薄井は仁王立ちで淡々と告げた。彼女の言葉を受けて、字見は返り血を浴びて赤く染まった顔に、飄々とした笑みを浮かべつつ言った。
「…へぇ、彼が大切なんだ」
「いや、そいつにはまだ金を返してもらってないんでね」
ゲッ、まだ覚えてたのかよ。だけどここはアイツに頑張ってもらわねーと…!
陸海は声を振り絞って薄井に助言を送った。
「き、気ィつけろ!コイツ指がメッチャ尖…」
「黙ってて」
字見は陸海の胸に突き刺さった剣の柄を握ると、より深くまで突き立てた。陸海は堪らず血を吹き出した。
「ゲゴプゥッ」
「…仕方ない、貴女には興味が無かったけれど、こうなったら死んでもらうしかないわね。はい、これは返すわ」
字見は握っていた剣を引き抜くと、陸海の絶叫を歯牙にもかけず、薄井目がけて勢いよく投擲した。薄井は胸元のポケットにあるボールペンを取り出すと、太刀のような形へと瞬時に変化させ、その細腕に似合わぬ力でそれを軽々と振るい、迫って来る剣を難なく弾いた。
「…ふーん、何となく分かっちゃったかも、貴女の力」
「ぐぐ…ふ、踏んだり蹴ったり過ぎるゥ…。もうヤダ…」
胸元から血を派手に迸らせながら、陸海は苦々し気に呟いた。
「…じゃあ私も本気で行こうかな」
字見が右手を横に振ると、その5指が一斉により鋭く、より長くなった。薄井は何も言わず、刀を両手で握り、正眼の構えを取った。
沈黙の中、一陣の風が二人の髪を揺らした。
次の瞬間、字見は常人には目で追う事すら出来ないスピードで、薄井の鼻先に突っ込むと、右手による攻撃を繰り出した。
薄井は間一髪でそれを防いだ。夜のしじまに擦過音が鳴り響いた。
「…やるな、危うく頭をハムみたいにスライスされるところだった」
「も~う…抵抗しないでよ~。すぐにあの世で彼に再会させてあげるのに」
「いや、俺まだ生きてるから…」
陸海のツッコミなどお構いなしで、字見はのべつ幕なしに攻撃を仕掛けた。薄井は押されながらも正確にそれを捌いた。
「そろそろ死んでくれてもいいのよ?薄井さ~んっ♪」
「…断る」
字見の横薙ぎをバックステップで間一髪躱した薄井はポケットから数本のペンを取り出し彼女へ投げつけた。ペンは空中でナイフに変化した。
そのうちの二本を字見は右手で弾いた。一本は彼女の右頬を掠めて後方の闇へと消えて行った。頬の血を拭うと、字見は言った。
「…ちょっとムカついちゃった」
「そうかい」
2人は同時に相手へと駆け出した。冷たい金属音を立てて薄井の刀と字見の右手がぶつかり合った。その直後、薄井の刀は回転しながら宙を舞っていた。パワー勝負を征したのは字見だった。
無防備になった薄井の腹部に、字見は右手の指先を突き立てた。
「………」
「終わったわね、このままアジの開きのように…」
勝利を確信した字見の右手を薄井がむんずと掴んだ。その途端、字見の右手がまるで粘土細工の如く、醜い歪な形へと変化した。字見は思わず悲鳴をあげた。
「ひィィッ…!このメスブタ何て事を…!私の世界一美しい右手が…」
「おっと、地が出たな」
脂汗をかきながら字見はたじろいだ。さっきまでの余裕が嘘のようだ。
「どうして刺されたのに平気なの…!?」
「お前の噂は聞いていたんでね、念のために服の中に分厚い本を忍ばせておいたよ。これでその右手は使い物にならないな。さて、形勢逆転だ」
薄井は新たなペンを取り出そうとした。
その時だった。
「―――待て」
背後からの声に薄井が振り返ると、いつの間にか背後に陸海が立っていた。傷はどうやら既に完治したらしい。驚異の再生力だ。
「…何故止める?」
薄井の質問に陸海は小さいため息をつくと、急に目をかっぴらいて叫んだ。
「さっきのお返しじゃコラァァ!」
陸海は右手だけを変異させると、字見が反応出来ない速度で彼女の顔面に拳を放った。
「ぼっ」
彼の一撃を受けた字見は、遥か彼方へと吹っ飛んで行った。彼女が夜空の星になったのを見送ると、陸海は右手を元へ戻した。
「…あースッキリした。いやー短い春だったぜ」
「百年の恋も冷めたようだな」
陸海は薄井の方へ振り向くと、ニヤニヤと笑みを浮かべた。
「……心配してついて来てくれたっ…てワケ?やっさしーい」
「何回も言わせるな、偶然通りかかっただけだ。誰がお前なんか心配するか」
やれやれと言った感じで陸海は頭をかいた。
「まーたそういうこと言う…素直じゃねーなぁ(じゃあ何で服の下に本なんか入れてんだっつーの)」
「お互い様だ」
陸海は苦笑した。
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