バケツ
『さーて今日のニュースはこちら!なんとあの神出鬼没のヒーロー、蝶男を題材とした映画が海外で製作されるようです!監督は前作「ゾンビッチ」で一躍ブレイクした…』
陸海空は朝食を頬張りながら、気だるげにテレビのチャンネルを切り替えた。
「ったく、毎日毎日アイツの話題ばっかよォ~!飽きるっつーの!お前どう?アイツそんなカッコイイか?」
彼の呼びかけに、隣に腰掛けていた天は、スマホをいじりながらアンニュイな表情で答えた。
「別に。私の好きな人の方が100倍カッコイイし」
「この前言ってた奴か?どんな奴なんだよ、ソイツ」
天はフンッと高飛車に鼻を鳴らすと、呟いた。
「ワイルドだけどクールで…アンタとは正反対の人よ。ああ…もう一度会いたい」
そう言うと天は恍惚とした表情で、両の指を組んだ。
「ああ…そうですか」
陸海は呆れ果てた様子で言った。
そのころ、時を同じくして…。
「スゲー!蝶男映画化すんの?見てェ~」
「…お前、アイツ好きなのか?」
薄井幸は同じ食卓を囲んでいる弟の厚に、冷めた口調で尋ねた。年季の入ったテーブルには、質素な食事が並んでいる。
「当たり前じゃん、強いし超カッケーし。一回くらい生で見てぇよな~。じゃ、ごちそーさん」
厚は朝食を米粒一つ残さずキレイに平らげると、食器を片付けて玄関に向かった。
扉を開けると、玄関先に天然パーマでずんぐりした体系の、冴えない少年が手持ち無沙汰に佇んでいた。厚は彼に軽く挨拶をしながら親し気に歩み寄った。
「よう、タケ。待たせた」
「うっす」
「おい」
背後からの声に厚が振り返ると、いつの間にか彼の姉がスクールバッグを片手に立っていた。
「寝ぼけてるのか?バッグ忘れてるぞ、まったく…」
「いっけね。悪い、姉ちゃん」
厚がバッグを受け取ると、姉はそそくさと家に戻っていった。
「お前の姉ちゃん、相変わらずおっかねーなー」
「まーな」
「まあ…そういうトコがたまんねーんだけどな、ヒヒ」
「………」
その後、学校に向かう道すがら、厚は思い出したかのように口を開いた。
「そうだ!昨日姉ちゃんにこれ貰ったんだ。お前にだけ特別に見せてやるよ!」
そう言うと彼は制服のポケットから手の平サイズのフィギュアを取り出し、誇らしげにタケの前へ差し出した。
「どうだ?超イカすだろ?」
「……おお、そうだな。スゲーイカしてるわ」
タケは棒読み気味にそう答えた。
そうこうしてるうちに、2人は学校の校門前に到着した。すると、厚の隣でタケが大きなため息をついた。
「あーあ、行きたくねーなぁ」
厚は少し伏し目がちになると、暗い表情で囁いた。
「…そうだな」
「お前の姉ちゃん知ってんのか?学校のこと」
「…いや」
下駄箱で靴を履き替えると、彼等は重い足取りで二階にある教室へと向かった。戸を開けた途端、2人は顔面に冷たいものを感じた。どうやら水を浴びせられたようだ。しかも臭いからして汚水だろう。顔を拭って前を確認すると、数人の軽薄そうな男子生徒がバケツを手にせせら笑っていた。呆気にとられている2人に彼等は言い放った。
「ようホモコンビ、今日も仲良く一緒に登校かぁ?」
「朝の眠気覚ましはどうよ?これで水も滴るいい男だなぁ!」
厚は無言で拳を握りしめた。
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