プレゼント
「
早朝、机に突っ伏して居眠りをこいていた陸海空は、不意に頭部を叩かれて飛び起きた。顔を上げると、仏頂面の少女が立っていた。
「…てぇなァ!何すんだこの暴力女!細胞100個死んだぞ!」
「いくら呼んでも起きないお前が悪い」
薄井幸はぶっきらぼうにそう言うと、おもむろに制服のポケットから携帯を取り出した。
「お前に見せたいものがある」
「え~見なきゃ駄目ッスか?」
「いいから見ろ」
渡された携帯の画面をのぞき込むと、そこには青空にぼんやりと浮かぶ、奇妙な人影の映像が写っていた。
「そいつは蝶男と呼ばれている。この映像は目撃者が撮影したものだ。変異者の身でありながら、人々を他の変異者から助けて回っているそうだ。ここ最近、近辺で出現が確認された変異者は全て、そいつの手によって葬り去られている。活動の拠点は主にこの辺りのようだ」
「あーそういやチラッと聞いたな、その名前。とりあえず動画に低評価押しとこ…」
薄井は携帯を乱暴に取り返すと、続けて言った。
「それで…私が何を言いたいのか分かるだろ?」
「え?まったく分からんけど…」
「…かいつまんで言うぞ、お前はもう蛾男の姿に変身するな。目の前で誰かが襲われていようと、助けようとか思うな、見捨てろ。世間にとってはお前はただの凶悪な化け物だ。もし誰かに変身してるところを発見されて騒ぎにでもなれば、蝶男は大急ぎでお前を殺しに来るぞ。奴は強い、おそらく私や…お前よりもな」
陸海は腕を組むと、椅子の背もたれに寄りかかった。
「…そいつはおっかねーな。でもよー、俺もまたキレて暴走状態になりゃワンチャンあるんじゃねーか?まあ戦う理由なんか無ェけどよ」
「……甘い考えは捨てるんだな。とにかく、忠告はしたぞ」
それからというもの、蝶男はその存在感を急速に増していった。彼のニュースが連日連夜報道され、その強さと活躍はやがて海外にも知れ渡り、人気は更に爆発的なものになった。人々は彼を英雄と称賛した。やがていつしか蝶男は社会現象のひとつになっていた。しかし彼の身元や素性については、一切が謎に包まれていた。
「ただいま~…」
夜、薄井が台所で料理をしていると、黒い短髪の少年がのそのそとリビングに入ってきた。薄井は首を後ろに向けると、その少年に言った。
「…今日は遅かったな、
「ちょっとタケとゲーセン寄ってたわ」
そう言うと厚はテレビの電源を入れた。ニュース番組と思しき映像が画面に映し出された。
「えー速報です。○○市の路上に出現したカメムシのような姿の変異者を、飛来した蝶男が駆除した模様です」
アナウンサーが淡々とそう告げると、コメンテーターとして出演している高齢の男が、好々爺然とした笑みを浮かべながら興奮気味に語り出した。
「いやー彼は凄いね。彼が人類の味方で本当によかった。キチガイじみてますよ、この強さは」
「あの…そういった発言は不適切かと…」
アナウンサーが神妙な面持ちで非難すると、男は突如激昂して立ち上がった。
「なにぃっ!ケツの青い若造がこの私に意見するなど…ウッ!」
男は心臓を押さえると、白目を剥いて倒れ込んだ。
「竹中さん?どうされました?竹中さん?」
画面が切り替わり、『恐れ入りますがしばらくお待ちください』と書かれたテロップが表示された。
「………」
厚は無言でテレビの電源を切ると、リモコンをテーブルに置いた。その時、彼は台の上に置かれた、デフォルメされた小さなフィギュアに気づいた。
「うおっ!スゲッ!欲しかったヤツじゃん!姉ちゃんこれって…!」
「今日お前14の誕生日だろ、やるよ。そんなもんで悪いな」
薄井は背を向けたまま呟いた。厚は彼女の背に向けて、はにかみながら言った。
「…ありがとな、姉ちゃん」
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