第六章 英雄と悪漢!?!?!?

みんなのヒーロー

新緑が映える並木道をシルバーのスポーツカーが一台、颯爽と走っていた。

アップテンポのクラブミュージックが爆音で鳴り響く中、助手席に座っている妖怪じみた厚化粧の女が呟いた。

「ね~、蝶男って知ってるぅ?」

女の彼氏と思われる後ろ髪を団子状にくくった男は、冷めた態度で答えた。

「何それ?ダッセー名前」

「なんか~最近SNSとかで話題になってんだけど~、蝶っぽい見た目の変異者らしくて、でも他の変異者から人を守ってくれるヒーローみたいだよ。超カッコよくない?蝶だけに」

「………フーン、それでソイツと俺どっちがカッコイイ?」

彼の問いに、女は甲高い声で笑い出した。

「バカ、そんなのリョー君に決まってんじゃん♡」

男は打って変わって満面の笑みになると、運転そっちのけで女の顎を撫でまわした。

「だよな~そうだよな~!まったくい奴よ、お前は…♡」

「ああん♡もっと言ってェ~ン♡」

…とその時、鈍い衝突音とともに激しい衝撃が車内の2人を襲った。

「ぼぇ」

「ぐげっ」

男は大慌てで前方を確認すると、ヒビの入ったフロントガラスの先に広がっている光景に、思わず絶句した。車から数メートル離れた位置に、男性がぐったりとした様子で、うつ伏せの状態で倒れていたのだ。そして更に最悪なことに、頭部からはこんこんと血が流れているではないか。

「やべぇ…!どーしよう…霊柩車…じゃなくて、消防車…でもなくて…!」

「ちょっとどーすんのよ!轢いたのアンタだからね!アタシは悪くないからね!」

「何だと!元はと言えばお前がチョウチョがどうとか言って、運転の邪魔してきたんだろうが!」

醜い罪の擦り合いをしていると、驚いたことに、轢かれた男性が突然、むくりと起き上がった。バカップル達はホッと胸を撫で下ろした。

「あ、生きてた…」

「なーんだ、意外と元気そうね♪めでたしめで…」

安心したのも束の間、立ち上がった男の姿は、鱗に覆われた緑色の顔面に、ギョロリと突き出た眼玉を持ち、口は大きく裂け、頭部には小さな突起があった。その姿はどこかカメレオンを彷彿とさせた。二人はまたもパニックに陥った。

「うわあ変異者だったぁ!」

「嫌アアア!もっかい轢いて!轢き殺して!」

「ぎゃあああ了解!」

男がアクセルを踏もうとした瞬間、変異者が車の方へ舌を猛スピードで伸長させた。それはひび割れたガラスを突き破ると、男の首へ突き刺さった。

「げっ」

「ひぃっ」

変異者が舌を引っ込めると、男は力尽きてハンドルに顔から突っ込んだ。ブーーというマヌケな音とともに車が急発進した。

「わおっ」

車は変異者を反れると、道路脇の街路樹に衝突した。女はエアバッグに熱烈な接吻をかますことになった。体の節々に痛みを覚えながらサイドミラーを確認すると、こちらへ歩み寄ってくる変異者の様子が映っていた。

女が悲鳴を上げようとした途端、鏡の中の変異者の体が突如バラバラになった。

「へっ?」

恐る恐る大破した車の外へ出ると、女は何かの気配を察し、上空を見上げた。そしてそこに奇妙なものを発見した。

頭部に2本の触覚を生やした、二つの巨大な黒い目と細長い口吻を持つ怪人が、太陽を背に白と黒が入り交じった鮮やかな模様の羽根を羽ばたかせていた。その姿はまるで天使のような神々しさを感じさせる一方で、同時に思わず震えあがるような威光を放っていた。そいつは女がまばたきした一瞬のうちに忽然と姿を消した。

取り残された女は一人、ポツリと呟いた。

「あれが…蝶男…」






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