前売り券

「やあ有名人、地上波デビューおめでとう」

「な…何の話かなぁ?」

始業前の教室、陸海空と薄井幸は向かい合ってなにやら会話していた。ヘラヘラとした態度の陸海と、落ち着き払った様子の薄井、二人の様子は対照的だった。

「とぼけるな、ニュースでお前が他の変異者と戦っているのを見たぞ。今回は運よく正体がバレずに済んだようだが、何度もそう都合よく…」

薄井のお説教に、陸海はほとほとうんざりして頭をかいた。

「ああ~もう朝っぱらからうるさいな…!俺だって好きで戦った訳じゃねーっつの、まったく…」

「フン…」

薄井は本に栞を挟んで立ち上がると、陸海に背を向けて歩き始めた。

「ちょっと…どこ行くのよ、トイレ?」

「そうだよ、いちいち聞くな。デリカシーの無い奴だな…」

彼女が教室から去って行くと、陸海の側に一人の少年が、スクールバックを手に近寄って来た。

「おい」

「はい?何か用?」

「用も何もそこ俺の席だマヌケ。ところで…最近お前、薄井の奴と妙に仲いいよな、まさか付き合ってんのか?」

彼の言葉に、陸海は思わず苦笑した。

俺がアイツと?無い無い。

「ハハ、やだな~。ああいうの全然タイプじゃないんだけど…」

「ふ~ん…まあいいや、精々怒らせて刺されないよう気を付けろよ」

少年は半信半疑な様子で、バッグを机に置くと立ち去った。陸海は携帯に視線を落とすと、ポツリと独り言ちた。

「…生憎、もう刺されてるんだよなぁ~」

「何の話だ」

不意に声をかけられて、陸海は猫のように飛び上がった。

「ぎゃおっ」

顔を上げると、いつの間にか薄井が目の前に立っていた。陸海は腕をポリポリとかきながら言った。

「い…いや~ちょっと蚊に刺されちまったみたいでさぁ!お~かいーかいー、これだからやだねー夏場は…」

そんな彼を、薄井は怪訝そうに見つめるのだった。



午後3時30分、陸海天は帰り支度を終え、月野光とともに校舎を出た。するとそこに、若い頃のエドワード・ファーロングのような髪型をした、一人の少年が待ち構えていた。羽賀翔である。羽賀は二人を見据えると、キザッたらしい笑みを浮かべながら声をかけてきた。

「…ちょっといいかな?」

天の隣で光が体をクネクネさせながら、満面の笑みで媚びたような猫なで声を上げた。

「えっ!私ですかァ~!」

羽賀はフン、と小馬鹿にしたように鼻を鳴らしながら髪をかきあげると、遠慮がちに呟いた。

「いや…悪いけど君じゃない」

「あ…ですよねぇ~」

光は不気味なくらい一瞬で真顔になると、脇目も振らず足早に立ち去った。意外と物分かりがいい奴だ。

「これでお邪魔虫はいなくなったな」

そう言うと、羽賀はポケットに手を突っ込みながら光の方へ歩み寄った。彼を間近にして、高慢ちきな天も流石にいささか緊張した。

「…何ですか?」

天が聞くと、羽賀は無言でポケットから何かを取り出した。彼の手には何かの映画の前売り券が2枚、握られていた。

「友達と行く予定だったんだけど、ちょっと色々あってね…。よかったら君、一緒にどう?」

これはデートの誘いだろうか?天は羽賀の顔をちらりと見ると、品評を『開始』した。まあ、顔の方は合格だろう。スタイルも良い。私の恋人として申し分ない。

天は返事を決めた。

「…分かった、行く」




男は例の如く、天が帰ってくるのに備えて、家の窓から双眼鏡で外を覗いていた。彼女の姿を発見すると、男はにんまりと笑った。

「ひひ…おかえり天ちゃん~…フィッ!?!?!?」

男は思わず、すっとんきょうな声を上げた。天の隣を親し気に歩く、どこの馬の骨かも分からない少年の姿を発見したからだ。

「おい…誰だよあのクソ野郎は…!」

男は憤慨した。









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