チョロい人生

「は~るが来~た~♪は~るが来~た~♪ど~こ~に~来た~♪」

陸海空は調子っぱずれな歌を口ずさみながら、玄関に置かれた鏡で髪を整えていた。その顔には、締まりのない笑みを浮かべている。いつもの茫洋とした、半ば心ここにあらずといった様子とは大違いである。

リビングで朝食を取りながら、天は兄に冷ややかな視線を向けた。

「何アンタ、とうとうイカレた?昨日の夜から妙にハイで怖いんだけど」

陸海は得意そうな顔つきで振り返ると、言った。

「ははは、何とでも言うがいい。今、ようやく俺の灰色の人生にも転機が訪れたんだ、ハイにならずにいられるかよ」

「何だ空、まさか彼女でも出来たか?」

天と食卓を囲んでいた父が、興味津々といった様子で訪ねた。

「さっすが親父ィ、鋭いねぇ」

「マァ!空も隅に置けないわねぇ」

母がテーブルに身を乗り出して目を輝かせながら言った。

「じゃあ今夜はパーティーだな、パーティー!ヒャッホー!」

「そうしましょ!そうしましょ!」

陸海の両親達は立ち上がると、『パルプ・フィクション』のワンシーンの如く、リンボーダンスを開始し、まるで宝くじで一等でも当選したかのように大はしゃぎした。天はげんなりしながら、頬杖をついてそれを見ていた。

「ハァ…歳のせいか、やけに疲れたな」

息を荒げながら食卓に戻ると、父は在りし日を回顧するかのように、遠い目をしながら呟いた。

「そうかぁ、空ももうそんな歳かぁ。母さんとの馴れ初めを思い出すなぁ…確かあの日は雨が降って…」

「あっ!そろそろ行ってくるわ…!」

陸海は逃げるように家を後にした。

「わ…私も行かなきゃ…!」

次いで天も大慌てで席を立った。



欠伸を噛み殺しながら陸海が通学路を歩いていると、不意に背後から何者かに目隠しされた。急な視界のブラックアウトに、彼は間の抜けた声をあげた。

「ひょえっ」

「フフ、だーれだ?」

耳元で囁かれる、妙に艶めかしい声。答えは1つだ。

「あ…字見…?」

「…駄目、不正解。私の事はハナって呼んでって言ったでしょ?」

「オ、オッケー、花…」

目隠しが解かれた。振り返ると、そこには想像通りの人物が立っていた。彼女の名は字見花(あざみはな)。心を見透かされるような瞳をした、ミステリアスな雰囲気を持つ、まごううことなき美少女だ。

「フフ、正解。じゃあ学校に行きましょ」

そう言うなり、字見は彼の手を握って来た。陸海は思わず鼻の下が伸びた。

「え~っ!このまま行くのォ?!」

「別に普通でしょ、恋人同士なんだから」

「あ、そうでした」

じ…人生チョレ~~~!陸海は気色の悪い笑みを浮かべた。



「ヒュー!そこの彼女~」

学校に向かう道すがら、薄井幸は誰かに呼び止められた。声のした方を向くと、さっき横切ったコンビニの入り口前で、二人のチャラチャラした若者が彼女に手招きしながら何やら叫んでいた。

「ちょっとコッチ来なよ~、俺達とイイ事しようぜェ~」

「オメコすべえオメコー」

薄井は見て見ぬふりをして、また歩き出した。

「おいガン無視かよ~」

「傷付いちゃうなぁ、もう」

2人組はバタバタと彼女の方へ向かって来た。薄井は小さく舌打ちすると、彼等に言い放った。

「失せろ」

2人組は少しキョトンとした後、顔を見合わせて笑いだした。

「イイねェ~!強気な女は好きだぜェ」

「もう一度言うぞ、失せろ。3度目は無いからな」

2人の内、一人が薄井の隣に並ぶと、まるで蛇のように舌をチロチロと出しながら、顔をギリギリまで寄せてきた。

「そうつれない事言うなよォ、俺の舌テクでヘヴン見せてやっからよォ~!ルェ~ロレロ…」

突然、薄井が彼の舌を2本の指でむんずと掴んだ。

「おがっ」

薄井がそれを引っ張ると、次の瞬間、彼の舌はまるでカメレオンのように、地面につきそうなくらい伸長した。

「へげええええぇ!」

「うわっ!何じゃあ!」

「言っただろ、3度目は無いと…」

そう呟くと、薄井はティッシュで指を拭きながらその場を去った。



その後、薄井は学校に到着するや否や、校舎の玄関で特徴的な白髪頭の少年を発見した。陸海空である。彼の隣にいた少女を見て、薄井は呆気にとられた。

「あの女…は…?」



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