ばったり
陸海達3人は呆然としていた。目の前には、口からだらだらと血を滴らせる異形の女、足元では、数秒前まで呑気に話していた友人の、頭部の上半分が欠損した亡骸が倒れている。
彼の命を奪った『変異者』の女は、蛇のそれを思わせる縦長の瞳孔をした眼で陸海達を見据えると、言った。
「若い男の血は美味いわァ…。次はアンタ達も食べてあげるゥ…」
マ、マジ勘弁…。
陸海が蛇に睨まれた蛙のようにフリーズしていると、背後にいた岡引が、陸海を押しのけて前に立った。そして普段の彼からは想像もつかない、非常に切迫した声で叫んだ。
「お前らは先に逃げろ!ここは俺が時間を稼…」
女が岡引の首に噛みついた。
「ギャアアアア!!」
彼の首筋から、トマトケチャップの小袋にフォークで穴を開けたように血が噴き出して、陸海の顔にこびり付いた。
ゲッ、眼に入った。
「吉崎…先生…」
そう言い残すと、岡引の腕がダランと垂れた。それが彼の最後の言葉だった。
死ぬ時まで吉崎かよ…!
「うひゃあああ!」
「ぎえええええ!」
残された二人は情けない悲鳴を上げると、後方に逃げ出した。それはもう、徒競走ならば入賞間違いなしの勢いで。
陸海は真っ赤な顔で脇目も振らず、住宅街をめちゃくちゃに駆け回った。もうどれくらい逃げ続けただろうか?彼は犬のように息を荒げながら。付近にあった電柱に寄りかかった。
「ハァハァ…そろそろ撒いたかな…アレ?」
側に鶴木の姿は無い。逃げるのに夢中で彼を気にする余裕も無かった。別の道に逃げたのだろうか?それとも今頃はもう…。
陸海の脳に、無惨な姿となった鶴木のイメージが浮かんだ。
蛾が集った電灯の、ぼやけた光に照らされながら、陸海は一人、思った。
…このまま逃げちゃお…。ホラ、アイツも上手く逃げ切ったかもしんないじゃん?明日、学校行ったら「昨日ヤバかったなマジで~」とか言いながらアホ面で平然と現れるんじゃないの?大体、俺が戻って何になるんだよ?別にアイツの事、そんな…友達とか思った事も無いし…。
「そりゃあ…まあ良い奴だったけどさ…」
陸海は高校に入学したばかりの事を思い出した。
彼が一人、退屈そうにしていると、最初に話しかけてきたのが鶴木達3人だった。馬鹿で冴えない、どうしようもない奴らだと、いつも思っていたが…。
「確かに…良い奴だったよなァ…!アイツら皆…クッソォ~!なんだよォ~!」
陸海は振り返ると、来た道を逆戻りした。
薄井幸は学校帰りの道を歩いていた。辺りも大分暗くなり、夜風がヒューヒューと寂しくも不気味に鳴っている。
すると、前方の十字路を白髪で長身の少年が、切羽詰まった様子で右から左へと横切って行った。しかもどういう訳か、その顔面は、血でも付いているかのように赤くなっていた。彼には見覚えがあった。同じクラスの…名前は確か陸海空。いつもぼんやりして、何をするにも精彩を欠いた様子の男…。
「………」
薄井は訝し気な表情を浮かべると、彼の後を尾ける事に決めた。
一方その頃───!!!
「フフフ…もう逃がさないよォ…!」
「あわわ…もうお仕舞だぁ…!ベッドの下にあるエロ本、処分しとけばよかった…!」
鶴木はジャッキーチェンの如く袋小路に入ってしまい、まさしく絶体絶命だった。カンフーマスターならばこの状況を打開出来るかもしれないが、彼はただの一般ピープル、そんな事は不可能だった。
背後には壁、目の前には化け物、鶴木は死を覚悟した。
…その時、化け物女に背後から何者かが掴みかかった。見ると、その正体は陸海だった。鶴木は驚きの声を上げた。
「むっ陸海!?」
「いーからボサッとしてないで逃げろ!馬鹿!」
陸海は手に持っていたカッターを、女の右目に突き刺した。女が金切り声を上げる。
「ギイヤアアア!!アンタよくもォ!」
女は陸海を振り解くと、トカゲのように鋭利な爪を彼の腹部に深々と突き立てた。
「げっ…」
陸海は吐血すると、地面に仰向けにバタリと倒れ込んだ。
「む、陸海…!」
血で染まっていくワイシャツを見ながら、陸海は思った。
あーあ…カッコつけた結果がこれですよ。何とかなるかもなんて『期待』した俺が馬鹿だったぜ…。やっぱ俺みてーなのはヒーローにはなれないってことか。おい、お前は死ぬんじゃねーぞ、鶴木。あ、ヤバい、意識が遠のく…。
女が陸海を見下ろしながら言った。
「…ったく、邪魔すんじゃないよダサ白髪。後で食べてあげるからそこで待ってな…」
その言葉に、陸海の指がピクリと動いた。
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