わからず屋
薄井は剣を片手に、陸海の元へ向かって来る。その眼は獲物を発見した肉食獣のそれだ。陸海は身振り手振りを交えながら、必死に説得を試みた。
「おい待て!これは違うんだって!いや、もしかしたら違わないかもしんないけど!一旦話を聞け!」
必死の説得も意に介さず、薄井は着々と距離を詰めて来る。
「…言い訳出来る位には知能が残っているようだな」
クソォ~!話し合いは期待出来ねえなこりゃ…。しかしこいつ、普通のペンを剣に変えやがったが、もしかしてこの女も変異者なのか?見た目は普通の人間のようだがな…。まあ、今はンな事よりこの状況を乗り切るのが先決だ。とはいえ、後ろに逃げ場は無い、どうするべきか…。
その時、薄井が疾風の如く間合いを詰めてきた。そして陸海の胸元目がけて突きを放った。
「ひょっ」
陸海は無意識のうちに両足に力を込めていた。すると次の瞬間、彼の体は地上から10メートル程高く飛び上がっていた。勿論、彼が跳躍したのである。
突きを躱された薄井は上空を見上げると、呟いた。
「…なかなかの身体能力だな」
「うおおっ!俺飛んでる!?高所恐怖症なのにっ!?」
そのまま陸海は薄井を高々と飛び越えると、少し離れた位置にはたき落とされたハエのように頭から無様に落下した。
「ぶぎゅう、ちゃ、着地失敗…」
彼の醜態を冷めた眼で見ながら、薄井は言った。
「…いや、やはり知能はほとんど無いようだな。飾りか?その羽は…」
「え…」
陸海は片膝立ちのまま、後ろに首を捻った。
「あ…今気づいたわ、コレ」
薄井がまた歩みを寄せて来る。
「おっと」
陸海は慌てて立ち上がった。
「次は逃がさんぞ」
薄井が剣を構える。陸海は大きく深呼吸すると心を決めた。
やっぱ言ってわかる相手じゃないな…。仕方ねえ、一発ぶん殴って大人しくさせるしかねーか、まあ正当防衛だろ正当防衛。
「いきなり攻撃してきやがってェ~!トサカに来たぜ…!やってやろうじゃねーか、てめー」
すると薄井がポケットからもう一本のペンを取り出し、先程と同様に一瞬で剣へと変形させた。そう、二刀流ってヤツだ。
「あ、お手柔らかに…」
薄井は陸海の鼻先まで突っ込むと、2つの剣による猛烈な斬撃を仕掛けた。陸海は身をよじったり、しゃがんだり撥ねたりしながら、紙一重でそれらを躱した。やがて攻撃後の一瞬の隙をつき、2つの刃を鷲掴みにする事に成功した。
両手から血を滴らせながら、陸海は薄井に足払いを試みた。
「うっ」
薄井は体制を崩して仰向けに倒れ込んだ。陸海は目線を下の方に向けると呟いた。
「…黒かぁ」
起き上がろうとする薄井に、陸海は落ち着いた口ぶりで言った。
「どーだ男口調、どうやら俺の方が一枚上手だったようだな。今なら謝れば許してやるぜ?そもそも俺はお前と戦う気なんてさらさら無ぇんだからよ」
薄井は上体を起こすと、忌々し気に呟いた。
「…そんな言葉で騙されると思うか?この化け物が」
依然として、彼女の眼には闘志が宿っている。陸海は頭を抱えた。
「ええい、このわからず屋め…!そっちがその気なら俺にも考えがあるぜ…!」
陸海は薄井に背を向けると、小さく言った。
「逃げる」
「何っ!?」
路地の出口へと、陸海は駆け出した。その、人間時とは比べものにならない走る速度に、彼は自分で驚いた。
「…逃がすか」
薄井は右手に持っていた剣を、陸海へと投擲した。剣は真っ直ぐ彼目がけて飛んでいった。陸海はそれを首を曲げて確認すると、得意そうに笑った。
ケッ、その程度の攻撃、躱すのはワケないぜ…。
そう思っていた矢先、前方にある曲がり角から1人の女子高生が姿を見せた。陸海は青くなった。
ゲー!もしかして俺が避けたら、アイツに刺さるんじゃ…!でも、知ったこっちゃねーよ、悪いけどこっちだって死にたくねーんだ…。
だが、気付くと彼は剣の方へ向き直っていた。
あークソッ、やっちまったよ…。
剣が突っ込んでくる。陸海はそれを白刃取りのように、両手で受け止めようと試みたが、僅かに反応が遅れ、胸に剣が刃先まで突き刺さった。
「ぎぇぇぇぇ」
その勢いのまま、陸海は女子高生の足元まで吹っ飛んだ。
「ひぃっ…!へ、変異者…!化け物…!ぎゃああああ」
女子高生は泣き叫んで一目散に去って行った。
「チクショー…!あんなの助けなきゃよかった…」
剣が付き刺さったまま大の字で倒れる陸海に、左手に剣を携えた薄井が近づく。陸海はやけくそ気味に言った。
「何だよ、ホラ…一思いに殺せよ。あ、でもなるべく痛くないように…」
「お前は殺さん、どうやら見た目ほど凶暴な奴ではないのがわかったからな」
薄井は答えると、左手の剣をペンへと戻した。
「なんか…分かってくれたようで嬉しいんだけどさぁ、まずこの刺さってる奴どーにかしてくんない?メチャクチャ痛いんだけど…」
そう伝えると、陸海の肉体がゆっくりと人間に戻った。
「いや…戻んのおせーよ」
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