白髪

「まず詳しい事情を聞きたいところだが…そうもいかないな。この場所に長居はできん、さっきの女子高生に見られちまったからな。ひとまず場所を変えよう」

薄井はそう淡々と述べると、陸海の胸に深々と突き刺さっている剣の柄を握りしめた。途端に陸海の顔が青くなった。

「あっタンマ!いきなり抜くのは…」

彼の言葉を歯牙にもかけず、薄井は無情にも剣を引き抜いた。赤黒い血が、クジラの潮吹きのように噴き出した。陸海の絶叫が周囲にこだました。

「ギャアアアア!止せって言おうとしたのにィ~!し、死ぬゥ~!」

足元で駄々っ子のようにもがく陸海に目もくれず、薄井は剣に付着した彼の血を払うと、先程と同じようにペンに戻し、胸ポケットにしまった。

「お前は変異者だ、1度串刺しにされたくらいじゃ死なん。その程度の傷ならすぐに再生する」

「2度目なんですけどぉ…」

悪態をつきながらも、陸海は彼女の言葉に従い、2人でその場を去る事に決めた。血まみれのワイシャツでうろつく訳にもいかないので、とりあえずスクールバックに入れていたブレザーを着た。

その後彼らは町の一角にある、寂れた外観の喫茶店に足を運んだ。愛想と人相の悪い店員との受付を済ませ、二人は端の席に座ると、お互いに注文をした。店内では高尚ぶったジャズが控えめな音量で鳴っていた。

…何でさっきまで自分を殺そうとしてきた相手と、呑気にカフェなんか行ってんだ俺は…まるでカップルみてーに…。

グラスの中の氷を見下ろしながら、あーだこーだ考え込んでいると、薄井が痺れを切らした様子で言った。

「おい、何ボケっとしてる、とっとと何があったのか話せ」

…いちいち言葉に棘があるやっちゃな、コイツ。

そう思いながらも、陸海は大雑把に事のいきさつを語った。

「…だからさ~、俺とダチの4人で下校してたら変異者に襲われて…2人は殺されちまって俺も刺されたんだけど…気が付いたら変異者と残ったダチがミンチになっててよぉ、俺は怪人蛾男になってた…ちゅー訳よ」

薄井は手元のアイスコーヒーを一口飲むと、口を開いた。

「…まあ、大体の事情は飲み込んだ。信じよう。お前は嘘をつける程、賢そうにも見えないしな」

ムカ~!出た!チクチク言葉~!

陸海が怒りで顔を顰めていると、薄井が続けて言った。

「…しかし、お前何故とっととそれを言わんのだ?」

「オメーが説明する前に襲って来たんだろーが!アホか!?」

ムキになって立ち上がった瞬間、右手に握っていたグラスに軽くヒビが入った。

「あっヤベ…怒られる」

「気を付けろ、変異者になった事でお前のフィジカルは格段に向上している。当然、握力もな」

「ああ…そのようね、ハイ」

陸海は大人しく座り直した。

普通の人間が突如凶暴な怪物になる、誰がいつそうなるかは、その瞬間まで誰にも分からない…。それが変異者だ。

その変異者に俺がなっちまうとはねぇ。信じられねーけど、信じるしかねーってことか。

「変異者になるには何らかのトリガーがある筈だ。それらしき心当たりは無いのか?大体の場合、感情の昂りが引き金になるパターンだが…」

「とりがぁ…?」

陸海は腕を組んでウンウン唸りながら追想しだした。

それから数分後、彼はいきなりハッとした表情を浮かべた。

「そういや…刺されて意識が途絶える直前に、変異者の野郎に髪の色をバカにされたような…。俺、ガキの時からこうでさ、結構気にしてんのよ。染めてもすぐ白くなるしな。少学生の時にもクラスの奴に馬鹿にされてよぉ、周りがドン引くレベルでブチ切れてたらしいんだよ、あんま覚えてねーけどな…。あれ?じゃあ何でその時に変異しなかったんだろ…」

薄井は呆れた様子で、ため息交じりに言った。

「変異者になるのは14歳を過ぎた者だけだ、そんな事も知らんのか?ま、恐らくそれが引き金になったと考えていいだろうな…。それで、意識を失っている間、お前は暴走状態となっていたのだろう」

「ほぇーそういう設定ね…」

カラカラに乾いた喉をコーラで潤すと、陸海はチェアにもたれかかりながら天井を見上げ、小さく呟いた。

「それで…鶴木の奴は俺の暴走に巻き込まれたってワケか」

薄井は少し間を開けて言った。

「まあ、そういう事になるが…お前が自分の意思でやった訳ではないだろう。それにお前が変異しなかったとしても、どっちみち殺されていただろうな。冷たい事を言うが、忘れろ」

陸海は白髪頭をかくと、死んだ目でそれに答えた。

「生憎だけどよ…忘れらんねーだろうし、忘れるつもりもねーんだな、これが。アイツら皆、な」

「…辛くなるだけだと思うがな」

「辛くて結構」

それから数秒間の沈黙が訪れた。微妙な雰囲気の中、陸海が突然、間抜けな声を上げた。

「あッ…!」

「何だ、まだ何か思い出したのか?」

「今、文無しなの思い出したわ…」







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