蝿と蛾
「何だ?通路側が騒がしい…なっ!?」
羽賀翔と陸海天はフードコートの入り口に目をやると、思わず絶句した。何とそこには、血か何かでところどころ赤く染まった灰色のパーカーを身に纏った、昆虫のような頭部をもつ謎の怪物が立っていた。
顔面のほとんどを巨大な赤い眼が占めており、顔中に細かい毛が密生していた。頭部前方の中央には太く短い触覚のようなものが生えていた。両手には二本の指に鋭い爪が光っている。その姿は、例えるなら蝿男と言ったところか。
そいつは天と眼が合うと、まっすぐ向かって来た。
「ヒュヒュ…見つけたぞ~天ちゃん!今から僕がソイツから救い出してあげるからねェ~!ダスティン・ホフマンみて~に…」
「ゲッ!」
「うわっ、なんだぁ?」
フードコート内の人々もその思わぬ珍客に気がついたのか、コート内が途端にざわつき始めた。蝿男の進行方向を歩いていた、手に紙コップを持った軽薄そうな2人組が、呑気に会話を始めた。
「スゲー、仮○ライダーじゃん仮○ライダー」
「なになに、これ撮影?」
「どけェ~…」
蝿男が右手を横に軽く振るうと、男達の首が宙を舞った。二つの頭部は、近くにいた親子連れのテーブル席に落下した。
「ぎゃああああ」
「おわああああ」
昼下がりの平和なフードコートは、いよいよ阿鼻叫喚の巷と化した。皆、奇声を上げながら、通路に続く出口へ我先にと駆け出した。
そんな中、天は恐怖で身動き一つ取れずにいた。頼みの綱である羽賀も、同様に口を開けたまま硬直している。
蝿男は二人の側まで近づくと、両手を擦り合わせながら言った。
「迎えに来たヨォ~天ちゃん…!」
「ちょ…ちょっと…!」
天は藁にも縋る思いで羽賀の袖を掴んだ。すると彼はわなわなと震え出し、突然絶叫した。
「う…うわああああ!!パパアアア!!ママアアアア!!」
羽賀は天の手を乱暴に振り解くと、二人に見送られながらギャアギャア泣き喚いてコートから走り去った。
「嘘…でしょ…?」
天は呆然として呟いた。蝿男の手がゆっくりと伸びて来る、天は観念したように目を閉じようとした。
「これでようやく二人きりだねェ天ちゃ…んっ!!?」
虫の知らせというやつか、蝿男は背後に何かの気配を感じ取り、振り返った。しかし時すでに遅し、眼前に黒い拳が迫っていた。
「ぶびいっ」
強烈な一撃をもらった蝿男は、窓をぶち破って落下していった。
一方、天は気が動転していた。突如現れた蝿のような変異者を、後からさらに現れた二体目の変異者がぶっ飛ばしたのだ。無地の青いTシャツを着た、その蛾を彷彿させる容姿の変異者に彼女は見覚えがあった。
「あ…あのニュースの…!」
蛾男は天を一瞥すると、無言のまま彼女に背を向け、窓に開いた穴から下へと飛び降りて行った。
ひとり取り残された天は、ただ唖然とするばかりだった。
蛾男の姿へと変異した陸海空は、駐車場の地面にスタイリッシュに着地すると、悠然と立ち上がり、小さく呟いた。
「ちょっとグキッていったわ、今」
数メートル先で倒れていた蝿男は、上体を起こすと、忌々し気に言った。
「な…何なんだお前はァ~!僕と天ちゃんの恋路を邪魔するなァ~!」
「テメェこそアイツの何なんだこのハエ野郎!」
陸海は蝿男へと向かって行った。
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