江口モドキ

「ところで…」

浅井は意地の悪そうな表情で、陸海に耳打ちした。

「授業中に何想像してたの?」

彼女の言葉に、陸海は全身に雷が走ったような衝撃を受けた。

ゲッ、どこまで広まってんだよ。つーかバカ正直に言える訳ねーだろ、本人に向かって。ドン引かれるわ。

「はえ?何の話れすか~?」

「はいトボけた~。もしかして薄井さんの事でも考えてた?」

「何でサッ…アイツの名前が出てくんだよ…」

ニヤニヤと笑う浅井に翻弄されながらも、陸海は彼女と下校する事に決めた。二人で教室を出た矢先、背後から朗々とした声が聞こえた。

「おい亜那!」

死んだ目で陸海が振り返ると、廊下の少し先に、長髪で長身痩躯の少年、君野静が立っていた。その後ろには2人の『コバンザメ』もいた。いずれもサッカー部の連中である。

うわっ、出たよ江口モドキ。

陸海がゲンナリしていると、彼は自慢の髪を撫でつけながらこう続けた。

「今からラウンドワン行こうぜぇ。つか何そんなボッキ男とツルんでんだよ、帰り道で強姦されるぜ?」

コバンザメ達は、阿吽の呼吸で下卑た笑い声を上げた。

「あのやろ、いくら事実とはいえ…!」

陸海が何かしら言い返そうとする前に、浅井が口を開いた。

「…悪いけど今日はパスしとく。別に誰とツルもうがあたしの勝手でしょ?」

どこか棘々しさを感じさせる、冷たい口調だった。

「そーだこの野郎!人の勝手…」

「おいおい…まさかソイツに惚の字って訳じゃねーだろうな?亜那」

呆れた様子で君野は言った。

浅井は一呼吸置いて答えた。

「…別にそういうのじゃないから」

…まあ、そうですよね~。いや、俺は最初から分かってましたよ?ウン。別に全然ショックとか受けてないから。

「じゃあ、とっととコッチ来いよ」

「しつこい男は嫌われるよ、粗チン野郎」

「なにっ…!?」

図星だったのか、君野は目に見えて動揺した。

「おい、言われてるぜ君野ォ~!」

「うるせぇ、お前らは黙ってろ!ぶっ殺すぞ!」

ゲラゲラと笑いこけるコバンザメ達に向かって、君野は真っ赤になりながら怒号を放った。どうやら相当、今の言葉が効いたらしい。

「ほら、行こ」

「ん、ああ…(何でそんなこと知ってんだ?コイツ…)」

陸海と浅井は、君野に背を向けて歩き出した。しかし、君野は尚も執念深く食い下がって来る。

「おい、待てコラ!」

浅井は駆け寄って来る君野の足元に、さりげなく能力を使って小さな穴を開けた。彼はそれに足をひっかけて、床に顔面を打ち付けた。

「ひゃぶぅ」

「ギャハハ!しっかりしろよエース!」

コバンザメ達は腹を抱えて大笑いした。

「行こ、陸海」

「ちょっとカワイソ…でもないかぁ」

君野は顔を上げると、鼻血と怒りで真っ赤になった顔で、去り行く2人の背中を睨んだ。その眼には殺意にも似たドス黒い感情が宿っていた。

「アイツらァ~!許さねえ…」

そう呟くや否や、彼の前歯が一本、地面に落下した。




校舎を出たところで、不意に浅井が言った。

「陸海さー、今週の土曜って暇?」

「土曜?あー確か午後から『キラーテンガ』シリーズの一挙放送が…」

陸海の返事に、浅井は心なしか残念そうな顔をした。

「そっかー残念、空いてたら一緒にイオンでも行きたかったんだけどさ」

「あー一挙放送ってのは記憶違いだったわ!行こうぜイオン~♪」







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る