ゴミ捨て場
その後、陸海は先程カツアゲから救った少年と2人、黙々と帰りの道を歩いていた。薄井はこれからバイトがあるとのことで、途中で別れた。気まずい沈黙に耐え兼ねて、陸海が重い口を開こうとした時、少年が言った。
「えっと…僕は
「全然違う、陸海空。逆に野口って誰」
学という少年は、はにかんだ表情で頭をかいた。
「すいません、野口って感じがしたんで…。さっきは本当にありがとうございました」
そう言うと、学はまた頭を下げた。彼の丁重な姿勢に、陸海はまた得意げな笑みを浮かべた。
「いーから気にすんなって、俺はああいう調子乗った奴をいじ…」
「あの回し蹴り、凄い動きでしたね。格闘技か何かやってるんですか?」
「いや…別に」
だから最後までセリフ言わせろよ、どいつもこいつもよ…。
陸海は不貞腐れて愛想の無い返事をした。
「まるで変異者みたいな迫力でした。あっ、誉め言葉ですよ?」
「ハハ…そいつぁどうも」
そりゃ変異者だからな。
それからまた水を打ったかのように沈黙が続いた。陸海は居ても立っても居られずにその場をなんとか取り繕うと、当たり障りの無い会話を持ちかけた。
「あ…アンタ少年ジャ○プとか読む?」
「いえ…あんまり…ですね」
「ふーん、じゃあゲームとか映画とか…音楽は?」
「それもあんまり…」
「そんじゃーあれか?何かトラックに轢かれて最強になるやつ」
「え?何ですか、それ」
「………」
「………」
気まずッッ!何だよコイツ、何か楽しみねーのかよ。まいったな…俺こういう空気嫌いなんだよ。
「…アンタ好きな女とかいんの?」
何を聞いてんだか、俺は。
「…一応、いますけど」
陸海の急な問いに、学は遠慮がちに答えた。
「へぇ、学校の奴?」
「教えてもいいですけど、絶対に笑わないで下さいね?」
「笑わねーよぉ~、俺がそんな無神経な奴に見えるぅ?」
そう言って陸海は軽薄そうに笑った。学は気恥ずかしそうにボソリと呟いた。
「…蝶野繭」
「ブブーーーッ!ブブブッ!」
お約束とばかりに、陸海は派手に噴き出した。そんな彼を学は恨めしそうに見つめた。
「…笑わないって言ったのに…」
「わ、悪かったって!それ、確か萌え系のアニメキャラの名前だよな?ブフッ」
学は突如、目を輝かせて饒舌に語り出した。
「…そうですけど、本当に好きなんですよ!グッズも大量に持ってますし、セリフは全て暗記出来ます。あっ、未見なら今度アニメのBD貸しましょうか?勿論スマホの待ち受け画像も彼女です。親からはバカにされてますけど、何と言われようと僕は気にしません。そう、繭は僕にとって、生きるよすが…」
呆然とする陸海の様子に気づいたのか、ハッと我に返ったように、彼は話すのを止めた。
「す…すいません、少し熱くなってしまいましたね」
「お…おう、まあ気にすんなよ、ちょっと引いたけど。でも…何か羨ましいな」
「な、何がですか?」
学は不思議そうに尋ねた。
「いや…俺は生まれてこの方、取り立てて何かに熱を上げたことがねぇ空っぽ人間だからよ、アンタみたいに夢中になれるものがありゃ、ちっとは楽しいんだろうなと思ったのさ。嫌味じゃないぜ?」
陸海は淡々と語った。偽らざる感情だった。
「の…野口君」
「だから俺は陸…」
「あっすいません、僕の家こっちなんで…本当に今日は助かりました」
学は食い気味にそう言って、家の方へと歩き出したかに思えたが、すぐに足を止めて陸海の方へ振り向くと、言った。
「…君が空っぽなら、きっと僕も空っぽですよ」
陸海と別れ、学が家の近くのゴミ捨て場に通りかかった時だった。乱雑に積まれているゴミ袋が、ガサガサと音を立てながら揺れ始めた。
学が視線を向けると、その中から猫くらいの大きさの何かが勢いよく飛び出して来た。学は仰天して尻餅をついた。
「ひぃっ!な、何だ…!?」
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