第9話 謎の女スパイ

「怖いわね。でも、そういえば昨日の夜、私達の部屋にやってきたイタリア人のミケーラさんという女性も、黒ずくめさん、あ、フランチェスコさんっていうらしいですけど、その方の知り合いみたいです。ここからはフランチェスコさんに代わってミケーラさんが私たちを案内すると言ってました」


「イタリア人の女?」

 光太は驚いて訊き返した。


「ああ、女だ。それもインターポールの人間らしい。そんなやつがなんで俺たちの案内をするのかと訊いたら、それもあのオチェアーノに頼まれた、としか言わないんだ」

 裕星が、美羽より先に光太に昨夜の出来事を話した。



「その女、実はスパイとか? 黒ずくめは本当はマフィアの子分で、そのマフィアを追っていた彼女が、マフィア一味のフリでオトリ捜査をしていて、たまたま俺たちを拉致したマフィアのしっぽを捕まえるために、俺たちに素性を明かして警護しようとした……とかかな?」

 光太の妄想はまるで外国映画のようだ。



「そうかもしれませんね!」

 美羽が光太の妄想に乗っかって興奮しながら言った。


「美羽、お前、そんなことよく信じるな。光太も光太だ。そんな事件に巻き込まれるほど、俺たちはこっちでは有名でもなんでもないし、俺たちを拉致したところで日本政府が多額の金を払うとは思わないだろ?

 それにここは戦場でもなんでもない。平和な国イタリアだよ。

 マフィアというより、孤独な老人が暇つぶしに俺たちをもてあそんでるだけさ」

 裕星が呆れたように二人を諭すが、美羽はまだ納得していないようだった。


 そこにブーブーと美羽のケータイが震えた。

「あ、メールだわ!」


 美羽がメールを開くと、それは当のオチェアーノからだった。


『花の都、フィレンツェはお楽しみいただけましたか? 地中海料理にも飽きた頃でしょう。明日は「水の都」へ向けてってくださいますか? そこへは列車で向かっていただきたい。

 ほんの二時間の旅ですが、そろそろ疲れが出てきてはいませんか? 


 そうそう、先日そちらに向かわせた私の友人の娘、ミケーラが今度はあなた方のお世話をいたします。

 彼女は信頼できる人間です。余談ですが、彼女の美貌びぼうは、かつてミスイタリアに選ばれたほどですから、男性陣はくれぐれも彼女の魅惑に溺れぬように。 オチェアーノより』



「これって……、やはりミケーラさんはオチェアーノさんの知り合いで間違いなかったですね。

 でも、フランチェスコさんのことは書いてないですね。

 あの方たちはただのスタッフさんかもしれませんね」

 美羽は自分のケータイを裕星に見せながら言った。



「まあ、しばらく様子を見ようか。社長や後の三人にしても、特にニュースになってるわけでも、俺たちに身代金の脅迫状が届いたわけでもないから、バタバタ騒がずに様子見と言うことで――」

 裕星に言われて、光太も美羽も頷いた。



「明日はヴェネチアか……」

 裕星が言うと、「え? ああ、そうか! 水の都ってヴェネチアのことね?」美羽が瞳を輝かせながら言った。

「でも……私、ここまでの間、まだ何もオチェアーノさんに頼まれてないんだけど……見つけてきてほしいものって何かしらね?」

 首を傾げながらため息を吐いている。






 翌朝早く、裕星と美羽、光太の三人はヴェネチアに向かう特急列車、イタロの車内にいた。

 二時間の列車の旅は三人にとっては長くも短くもない、お喋りをしている内にあっという間に着いてしまう距離だ。

 三人がお喋りに夢中になっていると、後ろの席から突然声を掛ける者がいた。



「ボンジョールノ!」

 三人が振り向くと、斜め後ろの席からさっと立ち上がってこちらに向かってきたのは――ミケーラだった。


「ミケーラさん? いつの間に……。前からそこにいらしたんですか?」

 美羽が立ち上がり通路に出て声を掛けると、

「ええ、昨日言ったでしょ? あなたたちをご案内すると。私は最初からここにいましたよ」と不敵ふてきな笑みをたたえた。


「あ、こちらがミケーラさんです」

 美羽が光太にミケーラを紹介した。

「ミケーラさん、こちらが光太さんです」


「ハーイ、初めまして、ミケーラ・アンジェロです」と右手を差し出した。


 二人が車内で立ったまま握手をすると、ミケーラは裕星の隣の席が空いているのを見て、「私、ここに座ってもいいかしら?」と指差した。


 通路に出ていた美羽は、ミケーラに自分の席を取られてしまったので、仕方なく光太の隣に座ることを余儀よぎなくされた。


 ミケーラは今までのことを光太にも説明した。自分が何者で、オチェアーノの指示で案内していることも。


 光太は黙って頷いて聞いていたが、ミケーラの素性を信じられないようだった。

「でも、ミケーラさん。僕たちはそんな危険な旅行をするわけじゃないですから、あなたの役目はないと思いますよ。現にオチェアーノさんからは美羽さんに行先の指示があるわけですしね」



「ええ、それもそうよね。でも、旅の安全をより確実にするために警護もできる私に頼んだんじゃないかしら? あなたたちがイタリアマフィアの餌食えじきにならないように」とニヤリとした。



「マフィア? やっぱりそんな人たちが本当にいるんですか?」

 美羽が声を大きくしたが、ミケーラは右のてのひらを美羽の前にかざして言葉を遮るようなジェスチャーをした。

「シー、どこかに本物のマフィアがいるかもしれないから、大きな声を出さないで。

 それから、マフィアは本当にいます。だから、私達インターポールはあるんです」

 どこか見下したように冷たい視線を美羽に投げかけた。


「……ごめんなさい」


 美羽がしゅんとしていると、光太がミケーラを睨んだ。

「美羽さんが心配するのもしょうがないですよ。俺たちの仲間が次々と姿を消してるんだからな」


「姿を消している?」

 ミケーラは光太を一瞥いちべつすると、「どうして早くそれを言わなかったの?」と訊いた。


「ああ、姿を消したというのは大袈裟だったな。俺たちと同行していた仲間がいたんだが、そいつらがどういうわけか、一人二人と別行動で勝手にいなくなってね。

 それを皆で心配していたんだ。当然、この旅行の主役である美羽さんとしても、その責任を感じていたと思うから心配するのは仕方ないと思うけどね」

 すると、ミケーラはオーケーと言って両手を肩の高さに上げた。

「で、彼らのことは何か分かったの?」



「どうやら、君が昨夜言っていたフランチェスコと関係があるみたいだけど、あの男は一体何者なんだ?」

 裕星が傍から割り込んでミケーラに訊いた。

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