第1話 謎の手紙

 修道院に隣接する孤児院「天使の家」で、美羽がいつものように子供たちの世話をしていたときのことである。

 午後4時、大学から帰ってきた美羽は、早速子供たちの笑顔に囲まれ大縄跳びやドロ警の鬼になって汗だくで遊んであげていた。


「美羽、お手紙が来ていますよ!」

 シスター伊藤が孤児院の玄関から園庭の美羽に手を振っている。


「ハイ、今すぐ行きまーす!」


 美羽は子供たちにごめんねと言って抜け出すと、ハァハァ息を切らしながら走ってやって来て大きく深呼吸をして息を整えている。


「はい、これ、さっき届いたのよ。でも、どなたからかは書かれてないわねぇ」

 シスター伊藤は一通の白い封筒を美羽に差し出した。


 美羽が、「天音美羽様」と達筆たっぴつな字で書かれた封書を裏返し差出人を確認したが、やはり真っ白なまま何も書かれてはいなかった。


「一体どなたからかしら……」

 独り言を言うと、「もしかして修道院でボランティアをしたときに来てくださったことがある方かもしれないわね」シスター伊藤も首をかしげている。


「ありがとうございます。後で読んでみます」

 美羽は封筒を受け取り寮の部屋に急いで戻った。


 部屋に入るや否や、美羽は封筒を机の上に置いてしばらく考えていた。

 いくら考えたところで誰からも手紙を貰ったことがない美羽には、差出人の宛ては全く思い当たらなかった。ただ消印の下にあるのは明らかに外国の切手だった。

 フゥーと息を吐くと、引き出しからハサミを取り出し慎重に封書の端を切り中の手紙を取り出した。



 ゆっくり手紙を開くと、そこには表書きと同様に達筆な字でこう書かれていたのだった。


『天音美羽さまへ 突然、不躾ぶしつけな手紙を失礼いたします。わたしは貴女を良く知るものです。

 貴女のご両親の昔の友人とでも言っておきましょう。


 この手紙を書いたのは、貴女にたってのお願いがあるからです。

 わたしのためにある事をしにただちにイタリアへと向かっていただきたくお願いしたいのです。

 実は、あるものをわたしに見つけてきてほしいのです。


 ご心配はいりません。貴女の行き先はわたしが随時ずいじメールで指示いたします。そして、飛行機やホテルの手配も既にしてあります。わたしは向こうで貴女をお待ちしております。


 貴女が戸惑われているのは、わたしの素性すじょうでしょうか? それにはご心配要りません。

 わたしは貴女のお父様とお母様に大変お世話になった者なのです。お二人にお礼を差し上げたいと思っておりましたが、お二人が亡くなられてそれも叶わず、せめて彼らのご家族にはわたくしの気持ちをもらって頂きたいとずっと願っておりました。

 そのために、ぜひわたしの願いのものを貴女に探してきて頂きたいのです。


 お礼をしたいと言いながら、わたしの要望を叶えて欲しいという矛盾むじゅんある無礼ぶれいをお許しください。

 この探し物の先にわたしがお礼したいものがあるのです。ぜひ私の願いを貴女にたくさせてくださいませんか?

 わたしの名前が分からないのはご不便でしょうから、こう呼んで下さいますか? オチェアーノより』



 美羽は手紙を読んで益々困惑してしまった。誰とも分からない人物に突然切羽詰せっぱつまった願いを聞いて欲しいと言われ、しかも、それが両親へのお礼の為と言われても、どうしてもすぐに理解することは出来なかった。


 しかし、もしこの手紙を無視してしまったら、差出人のオチェアーノと名乗る人物が、無念のまま亡くなってしまうのではないかと思うと、心臓がギュッとつまされる思いだった。


 美羽は封筒にまだ何か入っているのに気付いて、封筒を逆さに振った。

 ――すると、ヒラリとその中から出てきたのは、一通のローマ行のeチケットと行きと帰りの飛行機の旅程表だけだった。


 これ……もう私の飛行機のチケットが予約されてるってこと? えええ、どうしたらいいの……。


 ――そうだわ、裕くんに相談してみよう。




 美羽にとって唯一心の支えである裕星は、出会ってから今年で4年目だ。お互い気心も知れた恋人以上の家族のような存在になりつつあった。

 未だにお互いに忙しい毎日だったが、大学4年生の美羽とトップアイドルの裕星の二人が一緒になれる日は実際にはまだまだ遠い未来のことだ。

 しかし美羽はなかなか裕星と会えない寂しさをえ、一言の不満も漏らさず今まで裕星を陰ながら支えてきたのだった。


「あ、もしもし、裕くん? 今、お時間大丈夫?」


 <美羽? ちょうど休憩中だ。どうしたの?>


「実はね……」

 美羽は時々手紙の文章を読み上げながら裕星に相談した。


「これ……信じてもいいのかしら? 一体誰なのか見当も付かないし。ただ、私の両親の知り合いの方と書いてあるのよ。放っておけないわ」


 <──うーん、そうだな……。でもそいつ、怪しそうだな。どうしてそんな急に知り合いを名乗って、美羽をイタリアまで行かせようとしてるんだ? まさか美羽、一人で行くつもりじゃないだろうな?>


「裕くん、私だって一人で海外旅行なんてしたことないから、行けないわよ。だから裕くんに相談してるの」


 裕星はしばらく考え込んでいるようだったが、<よし、分かった! 俺も一緒に行くよ! 美羽だけを、行ったことも無い外国に、それもどこのどいつか得体えたいの知れない奴のところにやるわけにはいかないからな>


「裕くん、ありがとう! ――でも、お仕事の方は大丈夫なの?」


 <仕事なら、もうコンサートも終わったし、これから正月休みを取るつもりだったからちょうど良いよ。

 その旅程表にはイタリア旅行としか書いてないんだろ? それに帰りのチケットまで取っていて中間の旅程が書いてないなんてな……。一体、美羽に何をしてほしいんだか>



「そうよね。でも、お手紙によれば、メールで旅程は随時指示するって書いてあるの。

 とにかく、もう往復の飛行機の予約はされちゃったみたいだから、これを無駄にしてしまったら、この方に悪い気がして……向こうで待ってると書いてあるし、もしかして寝たきりのイタリア人のおじいちゃまかも……」



 <そうは言っても、美羽にしたら突然見ず知らずの奴からこんな手紙をもらって警戒するのは当然だろ? だから、美羽が本当に行きたくなかったら行かなくていいと俺は思うよ>


 裕星にそう言われ、美羽は電話を耳に当てたまま目を閉じて考えていたが、ふと、この手紙の人物が自分のことを頼ってくれているのなら、これも天からのおぼしなのだろうという気がしていた。


「行くわ! 私、イタリアに行ってくるわ!」

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