第19話 迫り来る命の危機

「知らないわ。私だって、ここは初めてだもの。でも、彼女が思う恋人たちが行く場所に行ったんじゃないの?」ホホホと笑った。

「そんなに心配すること? 彼女だってオトナでしょ? こんな島で迷子になったとしても、すぐに見つかりそうなものでしょ?」


 裕星はミケーラを一瞥いちべつすると、すぐに部屋に引き返してガイドブックやケータイで、カプリ島について調べ始めた。



「恋人たちが向かう場所。観光地だよな? でも、なぜ恋人限定なんだ?」


 裕星はブツブツ言いながらページをめくっていた。


「あっ!」

 裕星は声を上げた。そのページにはこう書かれている。




『カプリ島のシンボル的存在となっている『ファラリオーニ岩礁群』。圧倒されるような大きな奇岩きがんには、トンネルのように穴があいている。

「橋の下をくぐる時にキスをすると永遠の愛が叶う」あるいは「橋の下をくぐる時に願いを唱えると、その願いが叶う」というもの』





「ここなのか? でも、この場所にはボートか船で行かないといけない。ここに行ったからって、何も見つからないだろうに……」


 しかし、裕星は宛もないため、とりあえずファラリオーニ岩礁群に向かうことにした。

 遊覧船が出る船着き場に到着したが、美羽の姿はなかった。チケットを買って、小さな遊覧船から、辺りを見回して探したが、どこにもいなかった。


 しかたなく下船した裕星は、ケータイを取り出して美羽に掛けてみた。

 しかし、電話は「電源が切れている」と知らせる機械的なアナウンスが流れるだけだった。




 裕星が光太に電話をすると、光太はすぐに出た。

 <ちょうど良かった。裕星、今どこにいる? 美羽さんは戻ったのか?>


「俺は今、ファラリオーニの船着き場にいるんだが、ここには美羽はいないみたいだ。フロントには聞いてくれたのか?」


 <――ああ、フロントのスタッフが、俺たちと同行していた日本人の女性にメモを渡したと言っていたよ。そのメモを持ってきたのは、どうやらイタリア系の女性だったらしいんだが、詳しく聞いたら、その時、メモは二枚あったというんだ。最初二枚渡されたが、なぜかすぐ女性が戻ってきて一枚抜いて持って行ったらしい。


 一体どんなことが書かれていたのかは日本語でよくわからなかったと言っていた。

 このメモを託した女性ってミケーラで間違いないだろ? ミケーラから何か聞いてないか?>


「ミケーラが……、いや何も」

 光太から聞かされて、裕星は嫌な予感がした。


 ――ミケーラが何か企んだのかもしれない。

 もうすぐ夕暮れ時になる。捜すにも限界が来るだろう。しかし、もしあそこに向かったとしたら、美羽の身が危険だ。


 裕星は真っ直ぐタクシーで向かったのは――青の洞窟だった。

 裕星は美羽の言葉を思い出していた。


 ――美羽はフェリーの中で、カプリ島に着いたら青の洞窟に行きたいと言っていた。

 そこは、『詩人が恋人と再会した伝説の場所』として現地の人の間では言い伝えられていると本に書いてあったからだと――。

 もしかすると、本当の恋人同士が見つけられるものは、その洞窟の中にあると思ったんじゃないか?

 裕星の頭の中で、オチェアーノからの『本当の恋人同士が出逢い』という文字が美羽の言葉と重なったのだった。



 天気予報の通り、夕焼けだった空に段々と雲が増えてきている。もうすぐ雨が降りそうだ。

 タクシーの中で、裕星は不安に駆られていた。もし、美羽があそこに一人で行って足でも滑らせて海に落ちでもしたら……美羽は泳げない。考えたらキリがないほどの不安が押し寄せてきた。


 早く着かないと――。


 その頃、光太はミケーラに会うためにホテルに戻ってきていた。

 もう夕暮れ時、海の向こうにうっすらオレンジ色の夕焼雲が掛かっているが、それも数分で真っ暗になるだろう。

 美羽さんはいったいどこに行ったというのだろうか? ミケーラは今度は何を企んでいるのか?

 最終目的地まで来たと言うのに、なぜオチェアーノは姿を現さないのか……光太は疑問ばかりが頭に浮かんでいた。


 ちょうどそこにホテルのロビーをうろついているミケーラを見つけて、光太は全力で走って追いかけた。


「おい、待て! ちょっと君に聞きたいことがある」

 光太がミケーラの腕をガシッと掴んだのだった。



 その頃、裕星は青の洞窟の入り口まで辿りついていた。


 辺りは薄暗くなって風も強くなってきた。時折激しい雨が裕星の頬を叩き付けるように降ってくる。裕星は厚い雲のせいで真っ暗になった船着場で、目を凝らし、強い雨が目に入らないように両手で額を覆い洞窟のある崖を目を細めて探していた。


 青の洞窟内にはほんの小さな岩穴から中に入る。そこまでは小さな手漕ぎボートで行くのだが、流石にこの天候では船に乗る者は誰一人いなかった上に、岸にはボートが数隻繋がれて置かれたままだった。


 まさか……な。裕星は目を凝らして見てみたが、満潮で小さな岩穴はとっくに海水の下にあった。


 ――これでは中に入れるはずない。まさかと思ったが、ここじゃなかったのかもな。


 裕星は見当違いだったと諦めて戻ろうとしたその時、光太から電話が入った。



 <裕星、分かったよ! 今、ミケーラを捕まえて問いただした。オチェアーノからのメモはさっきフロントに聞いた通り、やはりミケーラが預けたものだったらしい。、最初は二枚あったが、その内の一枚をミケーラが抜き取ったそうだ──>


「ああ、それは分かった。要点を先に話せ!」

 裕星は光太の説明が長くて待ちきれずイライラして叫んだ。



 <つまり、その抜き取ったメモには『見つけて欲しいものは、場所や物のことではない』と書いてあったそうだ! 

 ミケーラはロビーで、海から上がってきたダイバーの話を聞いて、慌ててレスキューを頼もうかどうかウロウロしていたみたいだ。

 ダイバーたちの話では、彼らが海に入ったとき、どうやら日本人の女の子が一人で船に乗って洞窟の方へ漕いで行くのを見たらしい。それが美羽だったんじゃないかとミケーラも心配になったようだ。


 しかも、夕方から天候が悪化した上、運悪く満潮と重なるらしく、船頭も朝から休みで誰もいなかったらしいな。美羽さんはもしかすると一人で中に入って出られなくなったんじゃないのか?>




「何だって? ――やっぱり美羽はここに来ていたのか? だけど、今もうすでに洞窟は満潮で入れない。それでも中に入るなんて無謀なこと、泳げない美羽に出来るはずがない!」


 <──いや、午前中ならまだ入れたんだ。ホテルのスタッフに聞いたら、昼までなら晴れててまだ潮も引いていたらしい。

 もし、美羽さんが午前中に中に入っていたとしたら、船頭がいなかったから、ミケーラがダイバーたちに聞いた通り一人で船を漕いで洞窟の中に入ったんじゃないのか? 裕星、一枚目のメモの方には何て書いてあったんだ?>光太が声を大きくした。

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