第17話 誤解ではなかったキスと愛の言葉

 裕星たち一行がカプリ島に到着すると、港にはすでに迎えのリムジンが用意されていた。

 三人が到着したカプリ島のホテルは、またしても最高級四つ星ホテル。何から何まで高級感があふれ、まるでどこかの宮殿のようだった。

 白とブルーを基調とした内装。ホテルが建つ断崖絶壁から見下ろした海原の景色はまた格別だった。


 美羽が目を大きく見開き、口をあんぐり開けてその外観に見惚れている。


「裕くん! ここ、すごく素敵だわ! オチェアーノさんが本当に何者か知りたくて仕方ないわ。でも、今までの旅行もホテルも、どうして私たちにこんなことまでしてくれるのでかしら。

 私の両親が誰かにこんな接待を受けるほどの恩人だったなんて、聞いたことがないけど……」


「まあ、いいんじゃないのか、せっかくの好意なんだから存分にあやかろうぜ」


 以前の裕星らしからぬ言葉に、美羽は驚いた。

「裕くん、前とは全然反応が違うよね? 一体何かあったの? そういえば、ミケーラさんと何をお話していたのかまだ聴いてないけど……」


「あ、いや、それは……くだらない話だよ! 美羽が心配するようなことはないから安心して! 俺はミケーラとは何でもないから」

 慌ててシドロモドロする裕星の様子をミケーラが遠目に見ていた。



「裕星、俺はここで行きたいとこがあるから単独行動をするよ。美羽さんのことをちゃんと守ってやれよ」

 光太に言われて、「ああお前に言われなくても大丈夫だ。俺たちの事は心配無用だよ」と口をへの字にした。


 チェックインを済ませて、美羽と裕星は一番見晴らしのいいスイートルームのドアを開けた。

 断崖絶壁の向こうに見えるマリンブルーの海にはキラキラと午前中の眩しい光が反射して、爽やかな海風がサラサラと吹き込んできた。


「うわあ~! 裕くん、本当に今回私は夢を見てるのかも。ほっぺをつねってくれない?」

 右の頬を裕星に斜めにして上げると、裕星はその頬を指でつまむふりで、いきなり唇を押し当てた。


 美羽のふっくらとした頬にキスをすると、裕星の鼻に美羽の髪から甘い香りが滑り込んできて、裕星はその香りに誘われるように思わず目を閉じて大きく息を吸い込んで美羽を抱きしめた。


「ゆ、裕くん、待って! もうっ、どうしたのよ」

 美羽が体をよじって逃げようとするが、ガッシリ裕星の筋肉質の腕に掴まれて身動きがとれない。


「裕くん……?」

 美羽が抵抗を止めて裕星の顔を見上げると、裕星は美羽の瞳をじっと見つめて言った。

「美羽……実は、俺、今日は美羽に言いたいことがあって……」


「言いたいこと?」


「うん。あのさ、美羽……俺……」

 言いかけたその時にドアベルが鳴った。

 そして同時に、ドンドンドンとドアを大きくノックする音がした。



「あ、はーい!」

 美羽は裕星の腕をするりと抜けて慌ててドアに走った。


 ドアスコープから覗くと、そこにいたのは――あのミケーラだった。



「ミケーラさん……?」


「どうした、美羽。誰だ?」


「あ……、ミケーラさんが……」


「ミケーラが? 何の用だろう? 美羽はいいからここで待ってて、俺が出るよ」

 裕星はそういうと、美羽を奥に引っ込めて自らドアを開けた。


「ハーイ、Yusei!」

 ミケーラが開いたドアから部屋の中にズカズカと入ってきた。


「ちょっと話があるの、ほら、あのことで……」

 そこまで言われると、裕星は何か理解したように頷いた。

「──ああ、分かった」

 即答すると、後ろを振り向いて、ベッドルームにいる美羽に声を掛けた。


「美羽、ちょっと出かけてくる。すぐに戻るから大丈夫だよ。ミケーラがオチェアーノのことで話があるらしい」

 そう言うと、そのままミケーラと出て行ってしまったのだった。


「裕くん? さっき何か言いかけたのにどうして? ミケーラさんと裕くんがどうしてオチェアーノさんの話をする必要があるの? オチェアーノさんに手紙を貰ったのは私なのに……」


 美羽はハァとため息を吐いてベッドに腰掛けた。


 ――やっぱり本当にミケーラさんは裕くんの事を好きなのかもしれない。このまま二人きりにしたら……何だか怖いわ。


 美羽は心の中の巨大な不安の渦に巻き込まれて溺れそうだった。


「うんそうよ、ここにいても不安になるだけだもの、二人の様子を見に行ってみようかしら。今度は私が後を付ける番ね」

 美羽は自分に気合を入れるように独り言を言うと、さっとキャップを深く被りドアを開けて外に出た。


 キョロキョロとロビーを探していると、今まさにエントランスから外に出て行こうとする裕星とミケーラの後ろ姿が見えた。


「あ、いた!」


 美羽が更にキャップを深く引っ張って顔を隠すようにしながら、彼らの数メートルほど後ろをついて抜き足で歩いている。


 ほどなくして、噴水のある庭園カフェのような所に来た。ここもホテルの敷地内だが、優雅で上品なカフェで、裕星のようなスタイルがよく背の高いスマートなアジア系の男性が、ミケーラのようなスラリとしたイタリア美人を連れて歩いているだけで、周りからは人目を引くほど美しいカップルに見えていた。


 美羽はその姿を見て、自分がみすぼらしく思えてならなかった。自分は孤児院育ちで何の取り柄もない普通の女性。だけど、ミケーラは家柄も良く、素晴らしい職業に就ける能力もあるのに、その上外見はまるでモデルような美しさだ。


「ああ、私、こんなことして何をしてるんだろ? コソコソして裕くんをまた疑うなんて……外見だけじゃなく心も彼女に負けているわ」

 美羽が目を閉じてフーッと息を吐いた。

 もうそろそろ戻ろうとしたその時、向こうのテーブルに、美羽に背中を向けて座っている裕星の声がかすかに聞えてきた。




「ああ……好きだよ。真剣に愛している」


 一瞬、美羽は背筋に冷たいものが走った。「好き? 愛してる? それ、どういうことなの? ミケーラさんのこと? それなら、やはりあれは嘘じゃなかったというの?」

 美羽がミケーラを見つめていると、ミケーラが数メートル向こうの木の陰に隠れてみている美羽に気づき目を合わせたのだった。


 あ、気付かれたかしら……。 


 美羽がハッとして立ち去ろうとすると、ミケーラはワザと大きな声で美羽に聞こえるように言った。


「裕星、本当ね? さっきの言葉。本当に心から愛してるというの? それならここでもう一度私に納得できるように言ってよ! 大きな声で私の心に届くようにね」


 ――えっ? 美羽が足がよろけそうになるのを必死でこらえながら振り向くと、背中を向けている裕星が、もう一度ハッキリした口調で答えた。


「ああ、さっき言ったのは本当だ。何度だって言ってやるよ! 心の底から愛している。こんなに好きな人はもう二度と現れないと思ってる。この気持ちはこれから一生変わらないだろうね」


 後ろ向きの裕星の表情は、美羽には見えてはいなかった。しかし、もうこの端的たんてきな言葉だけで十分だった。


 美羽は両手で口をふさいでヨロヨロと後ずさりしていると、ミケーラは美羽の方をチラリと見てニヤリと笑った。

 そして次の瞬間――ミケーラは立ち上がって裕星の席に近づくと、いきなり両手で裕星の頬を包むと、躊躇ためらいなく裕星の唇にキスをしたのだった。

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