第16話 邪悪な恋心

「裕くんって本当に何でも知ってるのね! カッコいい!」

 美羽が無邪気に目を輝かせながら、拍手で賞賛している。


「これくらいガイドブックにも載ってるよ。ま、いいや、美羽は本当に幸せもんだよ。いちいち泣いたり笑ったり忙しいしな。――でも、その素直なところが、好きなんだ」

 何気ない裕星の言葉に、美羽はドキリとして真顔になった。


「裕くん……」


「ほ、ほら、支度しないと! 早く行くぞ! ロビーでもう光太が待ってると思うから」




 二人が一緒のロビーに降りると、光太がソファーに座って、もうチェックアウトも済ませていた。


「やあ、光太、昨日はすまなかった。昨日、美羽と話をすることができて、俺の誤解も解けたようだ。心配掛けたな」と照れて頭を掻いている。


「美羽さん、本当に大丈夫ですか?」

 光太は美羽に直接訊こうとして、裕星の言葉を素通りした。


「光太さん、ご心配お掛けしてすみませんでした! 私の早とちりでした」と美羽がすまなさそうに頭を下げた。

「実は、昨日、裕くんはミケーラさんとお話していただけで、……その、頭に虫が留まったのを取ってもらっていたのを、私が勝手に誤解してしまって……」もじもじしながら赤くなっている。




「そう、だったのか。裕星、本当なのか?」


「ああ、神に誓うよ。俺がなんであいつにキスしなくちゃいけないんだ? 全く何の感情もないのに」


 裕星が光太に言っているすぐ背後から、コホンと咳ばらいが聞えた。


 振り向くと、そこにミケーラが立っていた。


「あー、皆さん、ボンジョルノ! お迎えに参りました。これからナポリまでは自家用ジェットで向かいます。そして、ナポリからフェリーでカプリ島に入ります。

 ジェット機はマルコポーロ空港にありますから、一緒に参りましょう」

 裕星を時折ちらちらと見ながらも淡々と説明している。


 美羽は、あの時のキスは誤解だったとしても、ミケーラの気持ちは本当なのだと昨日の様子からハッキリと見てとれた。


「美羽さん、おはようございます! 昨夜はよく眠れましたか?」

 ミケーラは皆を送るため車を用意していたが、美羽が車に乗り込もうとしていたときに、突然美羽の背中から声を掛けてきた。


「――あ、はい、よく眠れました。ありがとうございます」

 美羽が笑顔で答えると、少し間があって「それは良かったわね」とミケーラが全くの無表情で答えた。



 ミケーラが用意した車は大きなバンで、運転手と助手席のミケーラ、二列目の座席には裕星と美羽、最後部には光太が座った。



 ミケーラは何かにつけて裕星の方を振り返りながら、話を進めていた。


「今日皆さんを連れていくカプリ島というところはレモンが特産物で、レモンの皮を入れて作った『リモンチェッロ』というリキュールで有名です。

 食後酒として飲まれますが、爽やかな飲み口で度数は30度ですが、あまり呑み過ぎると悪酔いしますよ」 


 ミケーラはカプリ島について様々な観光スポットを教えてくれていたが、その目線の先はいつも裕星だった。

 裕星はあまり人と目を合わせないせいか、ミケーラの説明は聞いているものの、ミケーラの極端な視線には気づいていないようだった。しかし、そのミケーラの様子に最後部にいた光太が気づいていた。




 4人は、ヴェネツィア・テッセラ国際空港(マルコポーロ空港)からプライベートジェットに乗り込み、ほんの一時間ちょっとでナポリ国際空港に到着した。

 ナポリ空港からはフェリーに乗り換えて、数十分ほどでカプリ島に到着する。



 フェリーが島に近づいて来る頃、裕星は美羽を誘って甲板に出た。近づいて来るカプリ島の港を、二人は欄干にもたれ海風に吹かれながら見ていた。


「わあ、裕くん、綺麗な島ね。白い断崖絶壁が見える。小さなお家も沢山見えるわ。見て、あの家、カラフルで綺麗ねぇ!」

 美羽が指さしながらはしゃぐ横で、裕星は風に吹かれながらカプリの外観を穏やかな表情で眺めていた。


 その頃、光太は船内をウロウロしているミケーラを見かけて呼び止めた。彼女は裕星を探してあちこち彷徨さまよい歩いていたのだった。


「おい、君。誰を探してるんだ? 裕星だったら、もうこれ以上あいつを追いかけ回さない方がいいぞ。あいつには美羽さんしか見えていない。二人は本当に信頼し合ってるからな。余計な邪魔はしない方が良い」


 ミケーラは裕星のことを名指しされ一瞬ドキリとしたが、平静を装った。

「私は別に……。ただ、Yuseiと話したいだけよ。彼は今まで会った男の中で、初めて心を動かされた人だから」ミケーラが気持ちを隠すこともせず明け透けに言った。


「そういうところが良くないな。君がいくら裕星を想っても無駄だ。あいつを追いかけると、美羽さんが悲しむ」


 ミケーラは黙って光太を見ていたが、「――ああ、そういうあなたはMiuさんのことが好きになったんでしょ?隠しても私には分かるわよ 」と笑った。



「まさか! 俺はそういうんじゃない。二人は俺の大事な仲間とその恋人だからだ」


「ふふふ、言い訳しても無駄よ。私は勘が良いんだから。彼女の事、好きじゃなければ、そんなに熱心に私を説得するはずないわね。あの時だって、ホテルのロビーで、まるで自分の恋人を守るような優しい目をして彼女を見てたわよね。そうなの、可哀そうに……片想いよね」と不敵な笑みを浮かべた。



「ふざけるな!」

 光太はつい大きな声を出して周りの逆達に振り向かれたため、これ以上は耐えられなくなってミケーラから離れようとした。


「ちょっと、待って。あなたがYuseiからMiuさんを奪ってくれたら、Yuseiは私に振り向いてくれるかもしれない。

 二人にとって好都合なことじゃない? どう、私の計画に乗らない?」



 ミケーラに腕を捕まれて、光太は乱暴にその腕を振り払った。

「断わる! 俺はお前とは違うんでね」

 光太は、ミケーラを睨むと甲板へと出て行ったのだった。




 光太が甲板に出ると、甲板から船内に戻ろうとしている裕星たちとばったり出くわした。


「おお光太、どうしたんだ? もうすぐ到着するというアナウンスが流れただろ? ミケーラは中なのか?」


「ああ、さっき会ったよ。俺もぐずぐずしていて景色を見逃した。残念だったよ。もう出口に向った方がいいな」


「光太さん、残念でしたね。でも、フェリーは帰りもありますから、ね! とーっても綺麗な海と島の景色でしたよ」美羽が光太に無邪気な笑顔を向けた。


 昨夜、思わず芽生えそうになった美羽への淡い気持ちが、ミケーラの誘導でほんの少し甦ってしまったように感じた光太は、頭を振り瞼をギュッと閉じて邪念を取り払った。

「美羽さん、今度こそ、オチェアーノの目的のものが分かると良いですね。俺もむずむずして仕方ないですよ」

 無理やり平静を装って、美羽に微笑み返したのだった。

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