第15話 解かれた誤解

「何を見たって?」

 裕星は少し腕を解いて、美羽の肩を両手でそっとこちらに向かせた。


「キスしてた……」



「キス? 俺とミケーラが? どこで?」


「あのカフェ……」

 美羽はベランダの方を指さした。

 裕星の部屋と同じ方角を向いているシングルルームからも、あのカフェは見えた。


「――違う、だから、それは誤解だよ! 俺はミケーラにキスなんてしてない」


「でも……私は見たわ!」



「だから、それが誤解なんだよ。あのカフェで話していたことは今はまだ教えられないけど、本当に誤解なんだ。

 ミケーラが俺に顔を近づけたのを、キスしたように見えたのなら、それは……虫だ」


「――虫?」


「ああ、俺はこう見えて虫が苦手だからな。――あの時、俺がミケーラの後を尾行してただろ? 結局あいつに見つかって……、あいつがこの旅の目的を全て話してくれるというから、あのホテルのカフェに行ったんだ。

 そこでミケーラと話をしていたんだが、帰る間際に俺の髪の毛に大きな虫が留まってさ……。

 そうしたら、ミケーラが、……あいつは虫なんて全く平気な女みたいで、俺の髪の毛に留まっていた虫を取ってくれたんだ。

 もしかして、その様子がキスしたみたいに見えたのかもしれないな?

 頭の後ろ側だったからミケーラがいきなり俺の頭を押さえつけてきて、指で詰まんで捕ってくれたんだよ。俺としたことが虫一匹で慌てて恥ずかしかったよ」



「――そんな。でも、その後で二人嬉しそうに手を重ね合っていたよね?」


「――手を重ねてた?」


「テーブルの上で手を重ねてたのも見てたわ」


「――あぁ! それは、俺がコーヒーの金を払うと言って伝票を取ろうとしたら、あいつが俺の手を上から抑えつけて、自分が払うと言って伝票を奪ったときのことか?」


「ええっ? それ、本当に本当なの?」


「ああ、それ以外思いつかないけど。なんで俺が会ったばかりの、それも何でもない女にいきなりキスしたり、手を握ったりしないといけないんだ? 俺にはちゃんとここに好きな人がいるのに?」

 そう言うと、美羽の身体を振り向かせて正面からギュッと抱きしめた。


「バカだなぁ……ホントに美羽は早とちりなんだよ。そんな誤解で苦しんだりするな。俺は絶対にお前を裏切ったりしない、信じてくれ」


 うんうん、と美羽は涙をこぼしながら頷いた。


 その夜、美羽のシングルルームのベッドは朝までもぬけの殻だった。



 朝日が差し込むスイートルームの大きなベッドの上で、裕星と美羽は抱きあったまままだ眠っていた。

 裕星は目を擦りながら上半身を起こしてベッドの上でうーんと伸びをした。

 隣でスヤスヤと眠る天使の長い髪が額に掛かっているのを、指でそっと撫で上げると、つやつやとした髪の間から現れた美羽の白い肌が朝の光の中で透き通って一層美しく見えた。

 裕星はその美しい寝顔が愛しくて、そっと天使の頬にキスをしたのだった。


 美羽が一瞬瞼をギュッと固く閉じてからゆっくり開けると、すぐ目の前に裕星の顔があって、恥ずかしさでフフフとはにかんで掛け布団を引き上げ顔を半分隠している。



「おはよう、美羽」


「おはよ……」

 全部を言わない内、裕星は美羽の唇をスッと塞いだ。美羽の柔らかい唇がほんのり温かくて美羽の初々しさが愛おしかった。




 ポロンと鳴った美羽のケータイ着信音は、どうやら今日の目的地を知らせるオチェアーノからのメールだった。


『ヴェネツィア・テッセラ国際空港、別名マルコポーロ空港にプライベートジェットを用意しております。パイロットとアテンダントの二名でお連れします。午前中には空港へ向かってください。そこから最終目的地「レモンの島」へ飛びます。 オチェアーノより』




「また急だな。だけどこれでやっと最終目的地に着くのか――。オチェアーノの本当の目的がやっと分かるな。そして、社長や陸たちは今頃どうしているのか、連絡が取れるといいんだが」


「裕くん、それなんだけどね。これ、見て」

 美羽がさっきオチェアーノのメールの前に届いていたグループメールのメッセージを開いた。


『ヤホー! 裕星、美羽さん、元気に観光してる? 僕達は、社長、大沢さんと昨日合流したよ。それぞれ色んな所へ行けて楽しかったよ。裕星たちも楽しんでた? そろそろ4日目だしさ、最終目的地の連絡が来たら、僕達もそこに向かうね! 陸より』



「なんだぁ、これは! 結局あいつら勝手な行動をしていただけじゃないか? ったく! まあ、それならそれで良かった。拉致でも誘拐でもなかったんだからな。心配して損したよ」

 裕星は頭を抱えて、ハハハと笑った。


 そのグループメールに光太が返信して来た。

『お前ら、いい加減にしろよ! 俺たち心配してたんだぞ! もしこのまま消息が分からなければ、警察に届けようかとしていたくらいだ。もうこういう勝手な行動は慎んでくれ』


 光太の心配ももっともだった。あの黒ずくめの男に拉致され、どっかの臓器バンクにでも売り飛ばされたのかと深刻になっていたからだ。



「しかし、じゃあ、あのフランチェスコっていう黒ずくめは誰だったんだ? また考えたら謎が残るが、まあとりあえず、あいつらは無事みたいだな。

 美羽、返信してやってくれ。『レモンの島』、つまりカプリ島に行くってな」


「レモンの島ってカプリ島のことなの?」


「ああ、レモンが有名な特産物なので、島の愛称になってるんだよ」

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