第6話 謎の金髪美女

 フィレンツェ、サンタ・マリア・ノヴェッラ駅から外に出ると、まばゆいばかりのオレンジがかった照明が建物をライトアップしており、まるで闇夜に浮かび上がった黄金の街のようで美しかった。


 すると、どこで待っていたのか、また例の黒ずくめが美羽たちに近づいてきた。


 裕星が美羽の手を引いて傍に引き寄せると、男は裕星たちに向かって「お待ちしておりました。さあ皆さま、こちらにどうぞ」

 近くに停めてあるリムジンを手で示した。


「またか……」

 裕星が呟くと、美羽が先に男に頭を下げた。

「こんな素敵なサプライズをありがとうございます」


 男は少し口角を上げて微笑んだが、すぐに無表情になり、裕星たちがリムジンに乗り込むのをただ見守っているだけだった。



 フィレンツェの夜はまだまだこれからだった。イタリアではレストランは夜8時頃から開くところが多い。一日中店が開いている事が多い日本では考えられないが、生活習慣の違いもあるのかもしれない。

 軽食とコーヒーの立ち飲みができるバールは、日本で言うカフェのようなものだが、立ち飲みが多く、テーブル数は限られている。そこは一日中開いている。レストラン以外でも、ほとんどの店は長いシエスタという2、3時間の昼休みの間、閉まっているのだ。


 

 リムジンは裕星たちを乗せて近くのレストランへと向かった。

 レストランは高級イタリアシーフード料理などを出す日本にも何店か店舗を持つ有名な高級店だった。


 新鮮な地中海料理を始め、様々な客に対応するバラエティ豊かな料理に舌鼓を打ちながら、一行は夜のフィレンツェで料理と夜景を堪能していた。



 夜も更けてきたので、裕星は黒ずくめにホテルの場所を訊くと、黒ずくめがホテルへはまたリムジンで送り届けると言う。

 しかし、リョウタと陸はすっかりワインで出来上がっているせいか、別の場所でもう少し飲んでから帰ると言い出す始末。

 すると、黒ずくめは、リムジンを一台置いておくから、先にホテルに帰る班と、まだ飲みに行きたい班に分かれてはどうかと訊いてきた。


 提案にすぐさま賛同したのは陸とリョウタだった。しかし、光太は、彼らが二人きりだと心配だと言う理由で、二人に付き添うことを申し出てくれた。


 結局、ホテルに向かうことになったのは、裕星と美羽そして大沢の三人だった。


 リムジンが送り届けた先は、フィレンツェでも有名な5つ星ホテルだった。

 ベッキオ橋からすぐのロケーションにあり、部屋のベランダからは、夜のアルノ川に映る対岸の建物の幻想的な灯りが見える。また、ここは誰しもが知るフェラガモ一族が経営する禁煙の宿泊施設でもある。


 裕星と美羽の2人はまたしてもスイートルームに通された。


「裕くん、ここまで来ても、オチェアーノさんが一体何者か分からないわね。こんな素晴らしい旅行に、私だけでなく事務所の皆さんまで招待して下さるなんて、一体どなたなのかな」


「そうだな……でも、ちょっと気味が悪いな。見ず知らずの俺たちにここまでする目的はなんなんだ?」

 裕星はベランダのカーテンを開けて見事な夜景に目を奪われながら、部屋で茫然と立ち尽くしている美羽に背中越しに言った。


「怖い……わよね」


「ああ、尋常じゃないくらい贅沢な旅行だな。これが美羽の両親への礼なのか?」


「うーん、でも、まだ最終目的地まで何かを見つけてほしいという主旨だったから、これはまだお礼の内には入ってないのかもね」

 さすがの美羽もオチェアーノのあまりの豪華な接待に不安を感じ始めていた。


 するとその時、部屋のドアをノックする音がした。


「はい?」

 ドアの方へ行こうとする美羽に、裕星は腕で制止して自分から先にドアに近づいた。

 ドアスコープからそっと覗くと、ドアの前に立っているのはどうやら外国人の女性のようだった。


「誰だろ。白人の女だ」

 裕星が美羽に振り向いて首を傾げた。

「どなたかしら? 私が出てみようか? でも、まさかドアを開けた途端、パンッなんてピストルで撃ったりしないわよね?」


「美羽は洋画の観すぎだよ! このホテルはそんな警備の甘いところじゃないから大丈夫だろう」

 そう言うと裕星はカチャリとロックを解いて、ゆっくりドアを開けた。


 開いたドアの向こうにいたのは、人目を引くほど美しい金髪の女性だった。


「Buona sera ボナセーラ(こんばんは)」

 女性はニコニコと微笑みながらイタリア語で挨拶をした。


「どなたですか?」

 裕星が咄嗟に日本語で返すと、「私はMichela・Angelo(ミケーラ・アンジェロ)といいます。実はあなた方のこれからの案内役を頼まれて来ました」と流暢な日本語で答えた。


「誰に?」

 裕星は疑く目を細めながら女性に訊くと、彼女はポケットから身分証のようなものを出して見せた。


 そこには、INTERNATIONAL CRIMINAL POLICE ORGANIZATION ――つまり頭文字を取ってINTERPOL インターポール(国際刑事警察機構)と表示されていたのだ。


「イ、インターポール?」

 裕星が驚いて大きな声を出すと、ミケーラは思わず裕星をグイと押して自分も部屋に入り込むと、後ろ手にドアをバタンと閉めて、シーと人差し指を口元に当てた。


「裕くん、どうしたの?」

 美羽は慌てて、後ろに倒れかけた裕星に走り寄った。


「あら、あなたが美羽さんね? 私はミケーラ・アンジェロと言います。インターポールで働いています。今回はオチェアーノさんからあなた方のボディガードを頼まれて来ました」と微笑んだ。


「ボディガードだなんて、別にそんな危険な旅じゃないのに……」

 美羽が困った表情で言うと、「ボディガードと言っても物々しく警備をするわけじゃないんです。ここからはフランチェスコに代わって私が旅の案内をさせていただくだけですから」と裕星にウィンクをしてみせた。


「フランチェスコって?」

 美羽が首をかしげると、「背の高い黒いスーツの男がいませんでしたか?」ミケーラが微笑んだ。


「あー、あの人、フランチェスコさんっていうのね?」


「そのフランチェスコに代わって、君が今度はどこに案内するっていうんだ?」

 裕星が彼女をまだ信用できずに訊き返した。


「明日はここからまた次の場所に行きます。私が案内しますので、それまではフィレンツェを楽しんでくださいね」

 ニッコリとすると、呆気に取られている二人を置いてさっさと出て行ってしまったのだった。

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