第22話 涙のプロポーズ

 先に答えたのは浅加だった。

「いや、それは後で話しますよ。今話したら、オチェアーノさんの計画を台無しにしてしまうからね。


 でも、俺は始めからオチェアーノさんに、美羽さんにイタリア行きの招待をしたら必ず裕星が事務所に休みの申請をする。その時は一緒に同行してきてくれと頼まれていたんだよ。


 ただし、陸やリョウタに先に知らせると、あいつら、芝居が下手だからバレると思って、徐々に知らせて抜けて行ってもらった。

 そして、途中で抜けたあいつらと合流しながらここまで別ルートでやって来たと言う訳だ」アハハハハと大きな声で笑った。



 それじゃあ後でな、とメンバーと浅加たち四人はゾロゾロと裏庭のカフェへと向かって行ったのだった。


「裕星、お前も何か知ってたのか、オチェアーノのこと?」光太に訊かれて、

「ああ。でも、それはミケーラを尾行して無理やり口をらせたからだ。そこでやっとオチェアーノの正体が分かったんだよ。それがあのヴェネツィアのときだ。それまで俺も全く何も知らなかったからな。

 その後俺もすぐにオチェアーノに連絡をしてこの計画のことを知った。

 陸もリョウタも大沢さんも、社長の計画に乗っかって別行動してたってこともな」


「お前を含め皆グルだったってことか?」


「人聞き悪いな。俺は少なくともつい昨日までは知らなかったんだからな」裕星が苦笑いした。


「まあ、どちらにしても、あいつらはマフィアに連れ去られたわけでもなんでもなかった。安心しろ。

 俺たちは腹が減ってるから、これから軽くブランチをしてから向かうことにするよ。な、美羽?」


「え、うん。なんだか全然納得がいかないけど、裕くんのことを信じるからね」美羽は少し不安そうに答えた。



 部屋に戻ると、美羽はシャワーを浴びて、部屋に用意されていた純白のワンピースに着替えた。その上にはオチェアーノからの手紙も添えられていた。

 美羽は、裕星と一緒に後で読もうと手紙をバッグの中にしまい込んだのだった。


 これから裕星と一緒にブランチをして、まだよくわからないが、午後には全員で何かをすることになっているらしい。


 美羽がテラスのカフェで裕星を待っていると、現れたのは、ベージュ色のスタイリッシュなジャケットに身を包み、まるで異国の王子のような出で立ちの裕星だった。裕星はいつにも増して眩しいくらいに魅力的だった。

 美羽がドキドキしながらテーブルに向かうと、裕星がサッと椅子を引いて座らせてくれた。


「裕くん、急にどうしたの?」


「イタリアはレディを大事にする国だからね。まあこれくらいは日常のマナーだよ」

 そう言ってから恥ずかしいのか鼻の下を人差し指でこすった。


「やっと食事にありつけるな。昨日の夜から何も食ってないからな。美羽にしたら、昨日の昼からだろ?」


「うん、もうお腹ペコペコすぎて気持ち悪くなりそうだったわ」ひょいと肩を上げて微笑んだ。



 カフェは幸運にもまだブレックファーストビュッフェをやっていた。


「ここなら好きなものを腹いっぱい食えるだろ? ここのもの全部食える勢いだよな?」と、ウィンクしてみせた。



「そんなことを言うと私本当に全部食べちゃうからね!」

 やっと見られた美羽の笑みは、裕星にとって誰よりも美しい女神のようだった。



 二人はブッフェで様々な南イタリア料理に舌鼓したづつみを打ちながら、最後にはカフェラテをゆっくり堪能たんのうしていた。


 今朝までに起きたあんな危険な冒険など無かったかのように、テラスで爽やかな風に吹かれて優雅な食事をしている。美羽はまるで夢を見ているような気持ちだった。


「美羽、実は、今日言っておくことがあるんだ。皆が集まる前に言っておきたくて……」


「どうしたの、急に」


「美羽、俺たちは今まで付き合ってきたけど、それはちゃんと正式に婚約したわけじゃないし、指輪を渡しただけだっただろ?

 プロポーズもしてなかったよな。それなのに、美羽はこんな俺に文句も言わずずっと付いて来てくれた。

 本当に美羽には感謝してる。そして、これからも俺に付いて来て欲しいんだ。俺には、美羽しかいない。それだけは言える。


 だから、今日はここで、先に美羽にちゃんとプロポーズしておきたい。皆に会う前に」



 そう言うと、裕星はテーブルから立ち上がり美羽に近づくと、ひざまづいた。


「美羽、今はまだいつになるか分からないけど、いつか俺と結婚してくれないか」

 そうして、イエローとホワイトを基調とした美しい花束を背中からサッと美羽の前に差し出した。さっきウエイターがワインを注ぎに来て、大きな紙バッグをそっと置いて行ったのはこのためだった。



「裕くん! こんなとこで……恥ずかしいわ。ほら、皆、見てるよ」



「美羽、俺は本気だよ。正式に俺のプロポーズを受けてくれる?」

 美羽をじっと見つめる裕星の目は真剣だった。



 美羽は周りに見られている恥ずかしさで躊躇ためらっていたが、いつの間にか瞳には涙がいっぱいに溜まっていた。

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」と裕星の花束を受け取った。


 すると、周りで見ていたレストランの客たちから一斉に歓声が上がった。


 ヒューヒューと口笛を鳴らして手を叩いたり「 Congratulation!おめでとう!」と口々にお祝いの言葉をくれた。


 美羽は恥ずかしかったが、裕星に肩を抱きすくめられ、至極の幸せを味わっていた。


 二人が、ありがとう、グラッチェ、と周りに頭を下げていると、一際ひときわ大きな拍手をしながらこちらに近づいて来る人物がいた。


「ミケーラさん?」

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