第21話 奇跡の青の洞窟

「ああ、何を盗み聞きしていたか知らないけど、美羽以外で俺が好きな人なんているか? だけど、ミケーラはわざとお前に意地悪をしたみたいだな」と美羽の頭をポンと軽く叩いた。


「裕くん!」

 美羽は、より一層裕星にギュッと抱きつくと、またボートがグラリと揺れたので、裕星は慌ててボートの縁を掴んでバランスを取った。


「美羽、安心しろ。何度でも言うから聞け! 俺は、美羽だけを愛してる。美羽しか愛してない! これで分かった?」

 裕星の声が洞窟の中でいつまでも反響していた。


 うん、と頷いたが、美羽の瞳からは涙が次々とこぼれ落ちた。



 早くここから出ないと凍えてしまいそうだったが、今慌てて泳いで美羽を岸辺まで連れて行くのは危険だ。この極寒の海中を、荒波を乗り越えて岸まで泳ぐのは、たとえ泳ぎの達者な裕星一人でもギリギリの体力だからだ。


 裕星は外に出ることを諦めて、美羽と一緒に洞窟内で夜を明かそうと決心した。

 自分の胸に体を寄せ寒さで震えている美羽の身体をギュッと抱きしめた。

 暗くて美羽がどんな表情をしているのかは全く見えなかったが、落ち着かせようと優しく額にキスをしたのだった。美羽も応えるように、ゆっくり目を閉じて、裕星の背中に腕を回した。


 洞窟の中で、二人きり、朝が来るまでずっと他愛もない話をしながら漆黒しっこくの夜を過ごした。

 まるで青の洞窟の胎内たいないに守られているかのような安堵感あんどかんに包まれ、波の音の響きを聞いているうちに、いつしか二人は眠りに落ちたのだった。





 瞼に明るい光を感じて裕星が目を覚ますと、洞窟の天井に眩しいほどの朝日が入り込んでいた。

 上半身を起こして洞窟の入り口に目をやると、洞窟の穴からはもう外の景色がすっかり見えている。

 裕星は慌てて美羽を揺り起こした。美羽が目を擦りながら体を起こし驚きの声を上げた。


「わぁ……綺麗! 裕くん、水面が青いわ! 見て、とっても綺麗な青い色になってる! 昨日とは全然違う。だから青の洞窟なのね!」

 昨日は曇っていて見ることが出来なかった絶景を目の前にして、美羽は感嘆の声を上げ、大きな瞳をさらに大きくしながら見惚みとれていた。


 いつの間にか洞窟の入り口をふさいでいた海水が引いて、いつもの高さになっていたのだ。裕星はボートのオールを掴んでゆっくり出口に向かってぎ出した。



 ゆっくりゆっくり、青の洞窟に別れを惜しみながら、やっと出口付近まで来ると、狭く低い穴を抜けるため、二人はまた仰向けになった。ボートは惰性だせいでそのまま外に向かってスィーと進んで行く。


 二人が仰向けで洞窟を出ると、急に眩しい太陽が目の前に現れ、美羽は思わず両手で目を覆った。

 昨日の嵐が嘘のように晴れ渡り、早朝の青の洞窟の前には、もうちらほらと気の早い観光客の姿が見えた。岸辺には、今到着したばかりのレスキュー隊が光太の指示を待って待機している。


 裕星は洞窟から出てくると、急いでボートを岸辺へと向かっていだ。

 岸に近づくと、レスキュー隊は裕星たちの船を引っ張って、ロープをくいに固定してくれた。


「裕星、美羽さん、大丈夫か?」

 光太が駆け寄ってきて美羽の手を引っ張って岸に上げてくれた。

 裕星はレスキュー隊に礼を言うと、自分自身で岸にヒョイと飛び移った。



「心配したよ。昨夜は二人とも帰らなかったから。レスキュー隊を待って、しばらく近くに停めた車の中で待機していたんだ」

 光太の心からの優しさに二人は心を打たれた。


「光太さん、私のために本当にご心配とご迷惑お掛けしました。ごめんなさい。こんなところで一晩中待っていてくれたんですか?」


「ああ、昨夜は結構大荒れの天気で、ちょっと寒かったけど。裕星の事だから絶対中に入って美羽さんを見つけていると信じてたよ。ただレスキューが来るのがちょっと遅かったみたいだけどね」


「光太、悪かったな。でも、お前のお蔭でここだと分かったんだ。本当に感謝する」


「いや、俺のお蔭じゃない。お前が美羽さんを救ったんだ」


「二人とも、本当にありがとうございました! 私は信頼できる方たちに囲まれて本当に幸せです!」

 美羽がほんのり笑顔を見せ、頭を下げた。三人は、ホテルに向かうタクシーの中でそれぞれに起きた昨日の出来事を話した。


「――そうだったんですか。ミケーラさんがそんなことを?」


「ああ、あいつ、始めは味方だと思っていたのに、段々雲行きが怪しくなってきて、信じられる人間なのか分からなくなったんだ」


 光太の言葉を聞いて、裕星が静かに話し始めた。

「あいつは、たぶん少し勘違いしていただけだよ。きっとその内、俺たちのことがわかれば、こんなことしなくなると思う。もう最終目的地だし、ラスボスも姿を現す頃だろうしな」と裕星が笑った。



「裕くん、ラスボスって、オチェアーノさんのこと何か分かったんですか? どんなお爺ちゃんなんですか?」


「爺さんか……」

 ハハハハと裕星が笑った。


「どうして笑うんですか?」


「いや、その爺さんと多分今日中には会えるはずだ。なにせ俺たちの旅もこれで終わりだからな」


 美羽には裕星の言葉が全く呑み込めなかった。




 美羽たちがホテルに着くと、そこにいたのは、浅加社長と秘書の大沢、そして、陸とリョウタだった。



「リョウタさん、陸さん、社長、大沢さん! 無事だったんですね?」


「やあ、美羽さん。裕星さんも光太さんもどこに行ってたんだよ? 朝からいないからさ、心配で探したよぉ」

 陸が駆け寄ってきて心配そうに言う。


「二人とも、なんだか小汚い格好だなあ。それに裕星はずぶ濡れじゃないか。こんな朝っぱらから、どこで何していたんだ? まさか服のまま興奮して冬の海で泳いでたのか?」

 浅加が呑気のんきにワハハハハ大声で笑った。


「心配掛けてすまない。俺たちはもう大丈夫だよ。さて、例の件だろ? それならまだ時間があるよな?」

 裕星がなにやら意味ありげに笑った。


「例の件?」

 光太と美羽が顔を見合わせた。


「ああ、なーんだ、裕星さんにはバレてたのかあ。それなら話は早いや。美羽さんたちは早くお風呂に入って綺麗にしてきなよ。僕達はそれまでお茶しながら待ってるからさ。それじゃ。お昼すぎにね!」陸がヘヘへと笑った。


「皆さん、何か知っていたんですか? それに、これから何をするつもりなんですか?」

 美羽は、やけに明るいメンバーたちを不思議に思って訊いた。

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