第3話 豪華な夢の旅

「ああ、そうだけど?」

 裕星も日本語で答えると、「どうぞこちらに」

 男が手招きしたロビーの向こうの大きなウィンドーの外には、二台の黒塗りのリムジンが停められていた。


 裕星が恐る恐る空港の外に出てみると、二台のリムジンの運転手が一斉に外に出てきて、後部座席のドアを開けてこちらに向かって姿勢を正して待っている。


 浅加と大沢は空港の外に出て来るなり、驚いて声を上げた。

「うわぁ、どういうこと、これは一体!」


 すると、黒づくめの男が裕星に「皆さま、こちらの車でホテルにお送りさせていただきます。どうぞお乗りください」またもや流暢な日本語で案内した。


 そこに陸とリョウタ、光太もやって来てこの光景を見るなり、あんぐりと口を開けて言葉も出ずにいる。

「裕星さん、これって俺らが乗ってもいいの?」

 陸が裕星に耳打ちすると、「ああ、そうらしいな。たぶん、俺たちが乗る飛行機の到着時刻に合わせて待っていたんだろうな。美羽は知ってたか?」


「ううん、まさか! だって、誰からのご招待かも分からないのに。――でも、これは一体どういうことなの?」呆然と立ちつくしているままだった。



 黒づくめは皆が呆然としているのも構わず、次々と皆のスーツケースをリムジンに積み込み、「オチェアーノ様から伺っていますので、どうぞご安心ください」とにこやかな笑顔を見せた。


 美羽はここまで来たことすら大変な冒険だったが、こうなったらとことん手紙の人物を信じてみようと決心していた。


「裕くん、皆さん、せっかくのご厚意ですから乗りましょうよ!」

 美羽は自分の責任を感じて先頭だってリムジンに乗り込んだのだった。


 リムジンがローマ市内に入るや否や、夜の街にライトアップされた古の都市が目の前に開けてきた。

 テルミニ駅からまっすぐ大通りを走ると、間もなく正面に大きな灰色の円形状の歴史的建築物、コロッセオが見えてきた。

 そして、その脇から垣間見える古代都市の遺跡フォロロマーノ。

 やがてトレビの泉からスペイン広場に近づくと、階段の上に高級ホテルの外観が見えてきた。


「うわあ、スゴイよ! でもさあ、招待されてない俺たちの分までホテルを取っておいてくれるなんて、すごく親切な人だね! どうやって俺たちが来ることを知ったのかな?」

 陸がリムジンの窓から顔を出してホテルの外観を眺めながら興奮している。



 それぞれ社長と大沢、他のメンバーたちの部屋も既に予約されており、美羽と裕星は最上階のペントハウススイートルームに通された。

 人数が増えることをなぜ知っていたのか謎は深まる一方だったが、本来なら美羽一人旅のはずが、裕星を始め浅加社長と大沢秘書、メンバー全員の総勢7名がこの5つ星ホテルに泊まるだけでも相当な金額になるだろう。



 ホテルのフロントで、再三部屋の値段を尋ねていたのは秘書の大沢昌子だった。

 すると、ホテルのフロントスタッフが笑顔で答えた。

「お泊りの費用はもう頂いておりますのでご心配いりません」

 大沢が安心したのは言うまでもない。

 傍で聞いていた浅加も、まさか予約はされていても費用は自分達で負担するのだろうかとビクビクしていたが、ホッと胸を撫で下ろした。


 本来なら、ローマに着いたら、取り敢えずどこか安全なホテルに泊まれればいいだろう、くらいの大雑把な予算しか組んでいなかったからだ。


 美羽と裕星の部屋は最上階だけあって、ベランダに出るとローマの夜景が一望できる最高級の部屋だった。

 広い部屋にはグランドピアノが置かれ、その向こうにはクイーンサイズのベッドが一つだけ置かれていた。

 この地でいったいどんなことが待ち受けているのだろうか、裕星も美羽もまだ全く見当すらつかなかった。



 すると、美羽のケータイにポロンとメールが入った。美羽がケータイを開くと、


「美羽様へ 本日は長旅お疲れ様でした。どうぞごゆっくりお休みくださいませ。今日の予定はございません。どうぞ美味しいレストランでディナーをお楽しみくださいますよう。レストランはまたわたしがおススメの場所を予約しておきました。

 どうぞお気遣いなくいらっしゃって下さい」

 そのメールに添付されていたのは、ローマ市内の高級レストランの地図だった。


 美羽はさっそく浅加と大沢、他のメンバーたちにグループメールで知らせた。


 光太からはすぐに返信があり、『どうしてこんな高級なレストランに俺たちの分まで予約されているんですか? 美羽さん、俺たちも行って良いのかな?』と心配しているようだった。


 裕星がさっきレストランに確認の電話を入れたが、向こうの支配人は、「はい、7人でのご予約を承っております」と答えた。


『大丈夫です。予約が7人で入っていました。行くしかないですね』

 美羽がメールで皆に知らせた。



『ラッキー! 楽しみだな~』と即答の陸。

『お前ら、本当なら美羽さんだけが招待されてるんだぞ、少しは遠慮しろよ』とリョウタが気遣っている。

『本当に良いのかな? じゃあ正装しなくてはいけませんね』と光太らが次々と返信してきた。


 しかし、社長の浅加からは既読が付くだけでとうとうその日の返信はなかった。




 裕星は大きな部屋に美羽と二人きりになると、やたらと落ち着きなく歩き回っている。

 ベランダに出たかと思うと、リビングでイタリア語で全く理解できないテレビを付けてみたり、バスルームを覗きに行って、用もないのにトイレの水を流して操作を試してみたりしていた。


「裕くん、少し落ち着いてお食事前にお茶でも飲まない? ロビーでお茶をしながら皆さんを待つのはどうかしら」

 美羽がベランダから部屋に戻りながら声を掛けた。


 裕星は大きなベッドの前で立ち止まって考え込んでいたが、「あ、ああそうだな」

 コホンと一つ咳払いをして、美羽に近づいてきた。


「俺たち、ここに一緒に泊まるんだよな? ベッドは一つだけだぞ、いいのか?」

 さっきからウロウロして出た言葉があまりにも可笑おかしくて、美羽は笑いながら、「じゃあ、裕くんはソファーに寝る?」と言うと、

「ま、まさかっ、そんなことはしない。こんな寝心地のよさそうなベッドだし、俺もこっちで寝るよ。美羽こそ、寝相が悪くて俺を蹴飛けとばすなよ」

 照れて耳の後ろが赤くなってむず痒いのか、しきりにひとさし指でこすっている。





 ロビーに降りてきた2人がコーヒーを飲んでいると、光太が早速やってきた。


「やあ、裕星、部屋が凄く広くて驚いたよ。窓からは市内が一望できるスゴくいいロケーションだしな」

 いつもは冷静な光太らしからぬほど興奮した様子に、二人は顔を見合わせて笑った。


 陸が鼻歌交じりに下りてくると、リョウタもすぐ後からやって来た。


「あれ? 大沢さんと社長は?」

 陸が裕星に訊くと、「いや、まだだ。まあ、イタリアは初めてだから、もの珍しくて早速近くをうろついてるんじゃないのか?」とエントランスの方へ眼をやった。


 すると、案の定、大沢がエントランスからロビーに入って来た。

「ゴメンなさい、待たせた? それにしてもここは凄いわね。さっきスペイン階段の方へ行ってきたのよ。そしたら、夜になっても大勢の観光客で賑わってて、明日が楽しみだわ。明日は近場に観光にでも行ってみようかしら。それにね……」

 興奮しながら弾丸のような勢いで話している。


「ところで、浅加社長は一緒じゃなかったの?」

 陸が大沢の途切れそうもない話をさえぎって訊いた。

「社長? あら、私は見てないわ。部屋で疲れて寝ちゃってるんじゃないのかしら?」


「それじゃ、私電話してみますね」

 美羽がフロントから浅加の部屋に電話を入れたが、しばらく鳴らしていても一向に出る気配がなかった。

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