#6:ああ、そうだな
布張札を犯人として確保してすぐ、現場である美術部部室はにわかに騒がしくなった。俺が犯人である線を考えて目撃証言を集めたり凶器を探したりしていた風紀委員会の連中がぞろぞろと戻ってきたからだ。まあ、事件はおおむね現場で完結しているからな。外を捜査する必要もなくなった。
円真はそそくさと消えた。どこかに連絡をしようとしている節があったから、たぶん生徒会警察を招集でもするつもりだろう。事件が急に解決して、明後日の月曜日から動こうなんて呑気なことも言えなくなったからな。
ついでにもう一人消えたのが朱央である。「わたしもお兄ちゃんに連絡しないと」とか何とか。わたしも……? そういえばあいつには朱里という姉だけじゃなくて兄もいたんだったな。なんか口ぶりから兄貴が生徒会警察の一員みたいな感じだが、まさかねえ。
「……で、そう、その順序だ」
残された俺は何もしていないわけではなく。一度説明した自分の推理を、もう何度か藍子に説明する羽目になった。別に藍子が特別理解力に欠けるのではなく、これはアプリで捜査情報を公開するために必要なことだった。俺は興味ないから風紀委員会の捜査結果として適当に提示してくれればいいのに、藍子は俺の推理として提示すると言ってきかなかった。まさか人ならざる俺が折れるとはな……。で、俺の名前で推理が提示される以上、齟齬があってはいけないから、提示する推理の文字起しと細部の確認を行っていたわけだ。
「なるほど……。これで問題ありませんね。では、一度委員長に確認してもらってから、月曜日までに公開できるよう取り計らいます」
「勝手にやってくれ」
ようやく終わった……ところで、部室に一人、入ってくる人間がいた。
「おーおー、やってるねえ」
入ってきたのは半袖ブラウスに黒いスラックス姿の女性だ。年は二十代半ばほど。髪は女にしては相当短いミディアムで、化粧っ気も薄い。
こいつを俺は知っている。というか、今回のすべての元凶だ。
「夜雷理事」
スマホで情報をまとめていた藍子が顔を上げて、侵入者に気づく。
「おっす。お疲れちゃん。いやー休日に事件なんて運がないねえ」
こいつこそ、俺をこの学校に連れてきた夜雷緑その人である。
「でもまあ、生徒会警察とバッティングしないし初動捜査は楽かな?」
「いえ、初動捜査というより、もう解決しましたから。理事の連れてきた編入生のお陰で」
「ほうほう」
夜雷と藍子が俺を見る。
「なーに? 『人間じゃない俺が事件を解決する保証はない』とかなんとか言ってたくせに、けっこうやる気だったわけ?」
「今回は興が乗っただけだ。次からは風紀委員会が勝手に解決しろ」
俺は夜雷を連れてこの場を後にすることにした。そもそも今日は俺の編入手続きに来たのであって、こんな事件に巻き込まれる予定はなかった。
「行くぞ」
「あいあい。あ、差し入れにアイス持ってきたから。朱里ちゃんに渡しておいたからみんな休憩するときに食べてねー」
「あ、あの、七未人さん!」
部室を去ろうとする俺と夜雷を、後ろから藍子が呼び止める。
「なんだ? まだ分からないことがあるのか?」
「そうですね。分からないことがあります」
さっき問題ないって言わなかったか?
「七未人さんの推理と、その前の捜査を見ていると、不思議に思うことがあります」
「ほう?」
「いつから、布張さんが犯人だと思っていたんですか? 七未人さん、まるで最初から布張さんが犯人だと思って推理をしていたように見えたんですが」
「まるでも何も、最初から布張が犯人だと思っていたぞ?」
だから早業殺人に必要な被害者を眠らせる道具としてクッキーに目を付けたし、一番に被害者に触った布張が凶器を持っていないか確認したわけで。
「正確には事件が起きた瞬間だな。俺が扉を蹴破って、布張が俺の脇をすり抜けた時点で早業殺人の可能性は検討していた」
「……………………でも、それは」
藍子が絶句して、口元に手を当てる。何かに気づき、怯えたような表情をしていた。
「……もうひとつ、いいですか?」
「……なんだ?」
「七未人さんは、知らなかったんですよね? 『疑似殺人授業』」
「ああ」
「知らなくて、でも早業殺人が行われるかもと思った?」
「ああ」
「ある種の殺人ごっこが水仙坂で行われていると知らずに、それでも早業殺人が行われると推測できていた?」
「ああ」
「…………じゃあ!」
息を詰まらせながら、藍子がほとんど叫んだ。
「早業殺人で本当に被害者が殺害されると思いながら横を通り抜ける布張さんを放置したんですか!?」
「ああ」
なるほど、何となく藍子の言いたいことが理解できた。
「それってつまり……、分かった上で被害者を見殺しにしようとしたってことですよ? 『疑似殺人授業』を知らない七未人さんの視点だと、布張さんは本当に被害者を殺害しようとしているようにしか見えなかったはずなんですから。それなのに、見逃したんですか?」
「ああ」
それがどうかしたのか。
「そんな……そんなのは、人間のしていいことじゃ……」
「ひとつ大事なことを忘れてるぞ」
俺は藍子に背を向けて、その場を後にする。もう、言うべきことはひとつしか残っていない。
「俺は、人間じゃない」
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