#2:権力闘争よもやまばなし

「ようこそ、我らが水仙坂学園へ。編入を心から歓迎しよう、終日七未人。俺が生徒会長の朝霧紅助だ」

 出てきたのは、ぱっと見では精悍そうでスポーツマンのような男だった。ぱっと見、というのは、武道の心得のある俺から見ればやつが鍛えていないのは明白だからだ。円真ほどではないが、男にしては随分小柄で、どこかなまっひょろいところがある。まあ、それを加味しても第一印象が特別悪くなるような男ではないから、その辺りは朱里といい勝負なのかもしれない。朱里は生まれついて自然と余裕を醸し出していたが、紅助はどちらかというと、計算された所作で余裕を作り出すタイプに思われた。そう考えると行動に計算がない分、朱央は朱里に似ているのだろうかと評価をあらためた。

「俺のコレクションを見ていたのか?」

 俺が壁際にいたのを見て、紅助は満足そうに笑った。

「『学内自治法』の恩恵だ。最初に聞いたときは親父も与太な法律を考えるものだと思ったが、こうしてみると自由があってなかなかいい」

 自由なのは『学内自治法』だけでなく、水仙坂学園の方針も大きいはずだがな。元来、『学内自治法』は生徒への締め付けを強化するための法律だったはずだ。生徒自治を促進しようとしている水仙坂が少々珍しい部類だ。

「特にそのチャイナレイクは一品だ。米軍の予備兵装だったのを大枚はたいて取り寄せたんだ。拳銃弾やライフル弾ならともかく、さすがにグレネード弾は手に入らんから試し撃ちができないのがどうもいかんが」

「そうだな。人間にしてはいい趣味をしている。まあ、ミリタリ趣味がいい趣味かどうかという点には目を瞑るがな」

 人間にしては、という部分に反応したのか、紅助はふふんと笑った。

「そうか。確かに円真のやつから聞いた通りの人間のようだ。『俺は人間じゃない』とかうそぶいているそうだな」

「うそぶいてはいない。事実を述べているだけだ」

「どちらでもいい。有能なのは事実なのだからな。一昨日の事件を解決したそうじゃないか」

 紅助は部屋をめぐり、革張りの椅子に近づく。

「妹たちがしきりに話していたよ。風紀委員会からすれば、事件を解決できず恥をかく前に解決してくれて万々歳、というところか」

「事件を解決できないのはお前たちも同じだろう? 今年度発生した四件の事件を、お前たちは解決できていないと聞いているぞ?」

 鼻で笑ってから、紅助は椅子に深々と腰掛ける。

「そうだな。表面だけ見ればそうなる」

「表面?」

「お前は来たばかりだから知らないだろうが、何となく察しているはずだ。俺たち生徒会警察と風紀委員会は対立している。それこそ互いに捜査の邪魔をするくらいにな。俺たちが十全に捜査できれば事件は解決するのだが、風紀委員会はそれが気に入らんのか邪魔をする。朱里もうっとおしいが、副委員長の湊というのが特に邪魔だ」

 それは少し意外だな。藍子のやつ、他人の足を引っ張るタイプには見えなかったが。

「その辺りの話は、お前も水仙坂ここで生活していればそのうち分かるだろう。ともかく、そういういざこざがあって捜査も思うように進まないわけだ。既にほぼ解決したも同然である今回の事件ですらそうなのだ。未解決の事件など、それはもう中々に厄介なことになっていた。警察の領域シマ争いの方がいくぶん牧歌的なくらいにな」

 そりゃあ、捜査機関が二つもあればそうなるのは必然か。学校はひとつの機関では困難だと思って複数用意したのかもしれないが、それが仇になっている。

「今し方も、美術部部室での捜査を指揮してきたところだ。お前の推理でほぼ解決しているが、後詰の捜査をな」

「なんだ? 生徒会警察は授業中も捜査をしているのか?」

「むしろ捜査は他の連中の邪魔が入らないように授業中にするのが基本だ」

 そうなのか。こいつらもいろいろ面倒なことをしているな。

「ところで話は変わるが…………」

 机の引き出しから何かを取り出しながら、紅助は話を続ける。

「お前は夜雷が連れてきたんだったよな。彼女とはどういう関係だ?」

 今日はやたら夜雷との関係を聞かれるな。

「いろいろあるんだ、俺もな。大した関係じゃない」

「そうか。ならいいんだ。俺はてっきり、お前が夜雷家の血縁かと思っていたんだが」

 血縁? どうしてそんな話が出るのだか。

「血縁ではないのか……。ふん、するとますます、お前を引き入れた夜雷の意図が読めないな。首輪でつないでいない人間など、引き込むのはリスクでしかないと思うのだが」

「何を言っている?」

 紅助は机の引き出しから小さい缶を取り出した。ガムか何かかと思ったが、蓋を開けたら臭いで分かった。噛みタバコだ。なるほど。銃刀法が問題にならないなら、未成年がタバコを呑むことも問題にはならないか。

「ちょっとしたいさかいの話だよ。人間じゃないお前にはあまり興味のないことだろうが、少し聞いておけ」

 噛みタバコを口に含みながら、紅助は話を続ける。

「さすがのお前も俺の叔父、朝霧赤次郎がこの学園の理事長だということは知っているだろう。だが、それ以外の理事会メンバーについては多くを知らないはずだ。だから教えておいてやるが、理事会は十名、四つの家によって構成されている」

「四つの家?」

「朝霧家、昼雨ひるさめ家、夕雲家、そして夜雷家の四つだ。基本的に各家三人ずつが理事として君臨し、この学園を牛耳っている。もっとも、単純な人数なら対等だが、理事長を擁する我が朝霧家がもっとも強い権力を有しているのは言うまでもない」

 四つの家で各三名ずつ? すると計算が合わないな。

「お前の言い分だと理事は十二名いることにならないか? でも理事は十人なんだろ?」

「そこがポイントだ。夜雷家だけは理事が一人しかいないんだ。言うまでもなく、夜雷緑だな」

「……………………」

「夜雷家は没落しているんだよ。本来なら、もはや水仙坂学園の理事を務める器ではない。だがしかし、学園を興した家のひとつだからな。お情けで一席与えられている」

 そこで紅助はぐいっと、体を前に倒した。

「ここまで説明すれば概ね、俺の言いたいことは分かるだろう?」

「生憎、俺は人間の言い分を先回りして勘案するような気の回し方はしない性質たちだ」

「だろうな。だったら一から説明してやる。夜雷家は言った通り没落している。だからこそ、理事会で少しでも力を維持するためにお前という探偵役を抜擢して連れてきたんだ」

 確か、一昨日の事件を除けば、今年度で既に四件の『疑似殺人授業』による案件が発生しているのだったな。そしてそれらはすべて未解決に終わり、学園側は犯人に報酬として四億を支払っている。そういう損害を回避するための策を用意したという功績で、夜雷は理事会である程度力を得られるという概算か。

 あいつ、そんな計算をしているとはまるで思えないが。

「だが考えてみろ。没落した夜雷家に付き従っても、お前には大した見返り《リターン》がないだろう?」

「かもな」

「だが俺たちは違う」

 胸を張るようにのけ反らせて、紅助はこちらを見た。

「お前には簡潔に言った方がいいだろうから言うぞ? 夜雷家を捨てて朝霧家おれたちにつけ。その方がお前にとっても利益があるだろう」

「お前や朱里に協力しろということか?」

「いや」

 と、紅助は俺の言い分を否定する。

「簡潔に、と言ったくせにあまり明確に言えていなかったな。まったく、根回しというのは含みを持たせながら話を進めるのが醍醐味だというのに……」

 そんな醍醐味は知らん。

「朱里にはつくな。風紀委員会にもだ。俺につけ、と提案しているんだ」

「………………ふうん」

 そう来たか。

 少し考える。朱里も一昨日、というか今朝もか。助力を散々申し込んできていたな。あのときは単に探偵役として俺を飼いならして、生徒会警察より多く事件を解決したいというだけのことかと思ったが……。兄である紅助が生徒会長、そしてそいつも俺を引き込みたいと来ている。

 背景を探った方がいいだろうな。

「どうしてそう俺を引き込みたがる? 確かに俺は人間じゃない。ゆえに人間を凌駕する。欲しくなるのは致し方ないだろう。だが、それだけで俺を求めているわけではないだろう?」

「それもそうだな」

「朱里のやつも俺を引き込もうと必死だったな。お前たちがどうしてそう対立するのか少し疑問だな。単に生徒会警察と風紀委員会という役割のもろ被りバッティング以上の何かがあるように見えるが?」

 気になるのは、先程のやつの話だ。あいつは家単位で話を持ち出してきた。裏返せばそれは、理事会に家単位での権力争いがあることの傍証だ。だから夜雷を捨てて朝霧につけと言ってきた。そのはずだ。ならば逆に、同じ朝霧家である紅助と朱里は争う理由がないはずだ。現に朱央は二人に対し敵愾心を抱いていないのだから。

 ………………いや、朱央はそもそもこの手の争いに疎いから比較に持ち出すだけ無駄か。

「忌々しいことがあるんだ」

 紅助は苦々しげに、噛みタバコと一緒に言葉を吐き出した。

「俺の親父、現文科省大臣の朝霧紅太郎のことだ。政治家といえば世襲がつきものだろう? 俺たち朝霧家も地盤と看板をそうやって引き継いできた。要するに跡継ぎだよ。親父の跡継ぎにふさわしいのは誰かという話になるんだ」

 そういえば政治家だったな、こいつらの父親は。

「普通なら俺が跡継ぎになるべきだ。そう思わないか? こういう言い方をするとうぬぼれているように聞こえるかもしれないが、事実を並べてみろ。俺は現に生徒会長をしている。それができるだけの能力と人望があるんだ。一方の朱里は委員長止まりだ。この時点で大きな差がある。にもかかわらず、だ!」

 声を荒げて紅助は訴える。

「一族の支持者の中には、朱里の方がふさわしいと言うやつが少なくない。まったく、どうなっているんだ?」

 ふむ、それは少しだけ興味深いことだ。紅助と朱里の能力は置いておいて、政治家の跡継ぎ争いという点に目を向ければ、基本的には紅助の圧勝だろう。そもそもが跡継ぎなんて旧弊な考え方をする家柄なら、長男である紅助を跡継ぎにしようと考えるのが自然だ。それに少しずつ時代が変化しているとはいえ、女性の政治家はいろいろと障害が多い。男と女で選べるなら断然男を選んだ方が好都合だと、支持者の側は考えるはずだ。

 にもかかわらず、紅助より朱里の方が跡継ぎにふさわしいという声が出るのか。よっぽど紅助の能力が低いのか、逆に朱里の能力が高いのか…………。出会ってすぐの俺には分からんことだ。

「だからお前の力を借りたいんだ、終日七未人」

「……俺がお前に何をしてやれるんだ?」

「単純だ。お前が生徒会警察の探偵役として事件を解決する、それだけでいい。そうすれば生徒会警察は実績を得られる。風紀委委員会よりも事件を解決したという実績をな。それだけでも、俺と朱里の評価には差が生まれるはずだ」

「……………………」

「もちろん、お前に見返りはやろう。なにせお前はそんな性格だ。普通に生きるのも難儀するだろう? 大学までは行けたとしても、そこから先が厳しい。俺が正式に朝霧家の後を継げば、お前の能力に見合った仕事と報酬を与えることもできる」

「………………ふん」

 見返りねえ。

「ひとつ気になったんだが」

「なんだ?」 

「お前につくか朱里につくか、という話をするのなら、朱央につくかどうかという可能性の話もしないと不公平だと思わないか?」

 眉をひそめる紅助に対し、俺は言葉を続ける。

「お前のことだから、俺と朱央の関係は知っているだろう。お前たちの中で一番付き合いが長いのは朱央だ。俺が朱央の側につくという可能性は考えなかったのか? 腐れ縁による情的なつながり。それこそ人間が好みそうな考えだ」

「朱央か。やつは話にならん」

 紅助のやつは、鼻で笑った。

「どうして妾腹の娘が跡継ぎ争いに出てくる? メリット云々の話をするのなら、むしろ夜雷につくよりも選択肢としてはないだろう。あいつはお前に何もしてやれない。精々、体を差し出すくらいのものでな」

「……」

「それとも案外、あいつの体が目当てなのか? 惚れているのか?」

「馬鹿が」

 これ以上、話すのは無駄だな。俺は踵を返して、部屋の扉に向かう。

「俺は人間じゃない。人間のような情緒では動かず、損得勘定でも動かない。恋愛感情はもっての外だ。それと――――」

 ドアノブに手を掛けながら、捨て台詞を吐く。

「仏の顔は三度まであるが、俺は短気なんでな。あと一度、俺を嫌な気分にさせたら容赦しない。まあ、何が俺の逆鱗なのかは、お前が自分で考えることだな」

 言うだけ言って、俺はその場を後にした。

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