『疑似殺人授業』案件2:見られている密室・非人間はつられる
#1:一緒に登校は人間のイベント
美術部部室で起きた『疑似殺人事件』から二日後の月曜日。目的通り編入手続きも済ませた俺は、晴れて正式な水仙坂学園高等部生として登校することになった。
実は学校に通うこと自体久しぶりだったりする。六年前、自分が人間でないと気づいてから学校という枠にとらわれるのも馬鹿らしくなった、とか、そういう理由もあるにはあるのだが……。まあそれ以前にいろいろあったのだ、いろいろ。なにせ齢十六で自分が人間でないことを確信するような人生を送ってきたのだ。ごく普通に学校に通う生活なんて望むべくもなかったのは想像してほしいところだ。
別段、早起きが苦になるような生活もしていないが、どうにも憂鬱だな。高校に通うのは俺自身が承知したこととはいえ、どうにも面倒だという気分が先行してしまう。
「うわー……。話には聞いてたけどひーくん、こんなところ住んでたんだ」
そんな俺の気分を察知したのか否か、
「このビルは、確か夜雷家の持ち物だったわね」
ちなみに、俺を迎えに来たのは朱央だけではなかった。
「朱央がいるのは分かる。でもなんでお前もいるんだ?
「あら」
朱里はとぼけたように小首をかしげた。
「生徒会長として、『俺は人間じゃない』なんて宣う不良生徒にはきちんと首輪をつけておくべきだと思ってね」
「俺は犬でもないんだがな」
とはいえ、こいつら姉妹だからな。いかんせん似てないし、朱央に関しては一人っ子だった時期の方が俺との付き合いが長いから忘れがちだが。同じ家から出発したなら、一緒に学校に行くついでに俺を回収しようというのもあながちあり得ないことではないのか。
まあ別に、こいつらの案内などなくても学校にはいけるが。
「そういえば、藍子から聞いたわ」
道中、朱里が話しかけてくる。
「一昨日の事件、あなたが解決したそうね。なんだかんだ言いつつ、夜雷理事の連れてきた探偵役としての職務はこなしてくれるのかしら」
「どうだかな。あのときは興が乗ったから解決してやっただけだ」
現実で密室を見るのが珍しかったし、藍子も俺を煽ってきたからな。乗せられてやったにすぎない。
「次を解決する保証はない。第一、事件の解決はお前ら風紀委員会の仕事だ。俺に頼るな」
「それは当然。でも…………」
歩きながら、朱里が俺の顔を覗き込んでくる。
「あなたが風紀委員会に入ってくれればいろいろ助かるのだけど」
「断る。人間の尻に敷かれる趣味はないんでな」
「そのくせ、夜雷理事の尻には敷かれているふうだけど?」
妙に嫌なところをついてくるな。
「そういえばひーくん」
少し前を歩いていた朱央が聞いてくる。
「夜雷さんとはどういう関係なの?」
「いろいろあったんだ。いろいろな」
説明するにはそれこそ文庫本一冊分くらいの物語が必要なのだ。番外編ってやつだ。俺の人生にとっても、朱央の人生にとってもそう重要なことじゃない。
「唯一言えることがあるとすれば、人ならざる俺ですら、あいつに逆らうのは面倒だから避けているということだけだな」
その気になればあいつの言うことなどぶっちぎれるが、ぶっちぎったら後が厄介だ。ある程度は大人しく言うことを聞いておいた方がいい。人ならざる俺とて、その程度の損得計算は働く。
俺が自分を人間だと思っていたころを知っているやつほど面倒なものはないのだ。夜雷しかり、朱央しかり……。
「それにしても、梅雨に入って天気も悪いなあ」
朱央は顔を上げる。空には鈍色の重苦しい雲がのっぺりとかかっている。じりじりと迫りくる天井のような重圧感がある。いつ雨が降るともしれず、折り畳み傘が欠かせない季節だ。
水仙坂学園の校舎が見えてくると、にわかに道を歩く生徒の数が増えていく。みな一様な制服姿というのは当然としても、あの息が詰まりそうな首輪をしているのはどうにも異様な光景だな。
ちなみに俺はまだ首輪をしていない。貰っていないからだ。藍子は俺が夜雷と知り合いだからあらかじめ手に入るのではないかと邪推していたが、実際には編入手続きを経た一昨日ですら貰っていないわけだ。これは単に夜雷のやつが怠けて準備を怠っているのだが。
「生徒会警察からのお知らせです」
校門の前には何人かの生徒が並んで、声を張り上げていた。
「一昨日の土曜日、『疑似殺人授業』に基づく殺人事件が発生しました。詳細はアプリをご覧ください。容疑者への投票は実施中ですので、みなさん忘れないよう投票してください」
生徒会警察か。一昨日の事件が休日中に起きたから、その周知徹底をしているらしいな。
「まったく!」
朱央が呆れたように息を吐いた。
「解決したのはひーくんだし、捜査したのは風紀委員会なのに! なんで生徒会警察が喧伝してるの?」
「誰が喧伝しても同じだもの」
当の風紀委員長である朱里はあまり気にしている様子がなさそうだ。まあ、アプリとやらを見れば誰が何を調べたかは明らかなはずだからな。生徒会警察が手柄を横取りする心配もないのだろう。
「それにしても
「…………紅助?」
耕助、じゃあないよな。そりゃ金田一だ。朱里の言葉から察して、そいつが例の、朱央の兄か?
「終日先輩」
聞き覚えのある声が俺を呼ぶ。そちらを見ると、一昨日いた小柄な男子生徒――円居円真がいた。
「お前か……。俺の名前を知っているのはどういうことだ?」
確か俺は、こいつに自己紹介をしていないはずだが。
「あの後、朝霧会長から聞いたんすよ。夜雷理事が連れてきた編入生が先輩だって」
「ふうん」
これで話は繋がったな。つまるところ紅助とやらが朱央の兄で、かつ生徒会長というわけだ。生徒会警察の組織図は不明瞭だが、名前からして生徒会の下部組織だろうから、その紅助がトップを務めていると。
「それで? わざわざ話しかけてきて何の用だ」
「朝霧会長が先輩に会いたいそうっすよ。それで今から生徒会室に来てほしいと」
「……………………」
俺に会いたきゃそっちから出向くのが礼儀というものだと思うが……。しかし、朝霧紅助に興味があるのは俺も同じだ。風紀委員会と対を為す、『疑似殺人授業』における捜査機関のトップ。そして何より、朱央の兄だ。
「…………うん? そういえば朱央から見たとき、紅助は兄で朱里は姉なんだよな?」
「そうだよ?」
「じゃあ朱里から見て紅助は兄か、弟か?」
「一応、兄ね」
どうにも含んだ言い方で朱里が答える。
「私たちは双子で、同い年の三年生だから」
「ああ、なるほど」
双子か。そいつは想像していなかったな。一応というのも納得だな。双子における兄か姉かなんてのは戸籍上の区別でしかない。
しかし双子で片方が生徒会長、片方が風紀委員長か。しかもこの学園の理事長の甥姪の立場でもある、と。きな臭いっていうのはこういう臭いか? 親の七光りがぺかぺかしている。
「双子にしては似てないけどねー」
「それはそうでしょう。二卵性だから、普通の兄弟と同程度にしか似てないわ」
「普通の兄弟よりも似てないと思うよ?」
似てない妹の朱央が言うんだからよっぽどだろうな。
「まあいい。行くぞ。生徒会室とやらへ案内しろ」
ここで朱央と朱里とは別れ、俺は円真の案内で生徒会室に向かう。生徒会室は俺が一昨日入った、部室が並んでいたり職員室のある棟とは別の建物にあるようだ。というか、生徒会のためだけの小さな建物があって、そこの一部屋が生徒会室として機能しているらしい。
生徒会室に入る。
「随分、立派な部屋だな」
一瞬、校長室か理事長室かと思ったくらいだ。生徒会長とプレートの置かれた大きな木製デスクが窓際にどんと置かれている。対になる椅子は革張りの
「ソファに掛けて待ってるっす」
俺を案内した円真は生徒会長を呼びに出ていった。……いや、今いないのかよ。俺を呼んだんだからいろよ、最初から。
仕方なく来客用と思しきソファに腰掛ける。客を呼んでおいて待たせるというのはどういう了見だ。朱里といいやつといい、人を待たせる連中だ。
ソファに座ると、必然的に壁が見える。その壁は、なかなかに壮観な光景が広がっていた。
「銃か……」
銃、である。生徒会室の壁一面には銃火器の類が大量に飾り付けられていた。ハリウッド映画のスパイものみたいに。
せっかくなので座ったところだったが立ち上がり、近づいて見てみることにした。
すぐ近くにあったのはコルトM79、単発式のグレネードランチャーだ。隣には
置かれているのはグレネードランチャーのような大物ばかりではない。P90やMP7のようなPDWから、コルトガバメントのような拳銃まで、はてはSCARなどというアサルトライフルも飾ってある。試しにガバメントの一丁を手に取ろうと思ったが、さすがにきっちり固定されていて取れなかった。だがどう見ても本物で、模型のようには見えない。
ガバメントの隣には
少し上には火縄銃やペッパーボックスピストルといった
しかしこれ、どう見ても銃刀法違反だよな。さらに天井付近を見ると、ラックに空きスペースがあった。まだ増やす気か……いや、あの埃の積もり具合だと、つい先日まで何かが置かれていたようだが……。
と思ったところで、そういえば『学内自治法』の適用範囲内だということを思い出した。つまり日本国における銃刀法など、水仙坂学園では何の意味もないのだ。いや、それにしたって、どこかから輸入した銃をここへ運ぶまでは銃刀法の適用される日本国内を移動しているはずなのだが……。こんなコレクションを可能にしているのが、なるほど、朱央や紅助たちの父で現文科省大臣である朝霧紅太郎の威光というわけだ。権力を持つ人間がやりたい放題するのはいつの時代も変わらないな。
それにしても紅助のやつめ、遅いな。スマホで時間を確認すると、もう九時を過ぎている。朝のHRも終わって一限目が始まるぞ。朱央が上手く説明してくれているだろうが、結局、編入一日目を初っ端からサボっているような状態になっている。
「待たせたな」
俺がスマホをポケットに仕舞っていたところで、ようやく、生徒会室の扉が開き、目的の人物がお目見えする。
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