#5:暴威の中で

 雨が激しい。地面を雨粒が叩きつけてけぶるほどに篠突いている。屋根の外に出たその一瞬で全身がずぶ濡れになる。それでもいっこうに構わないと思えた。ギリギリと痛むほどに高鳴る心臓が熱くて、冷たい雨に濡れるのは心地いいくらいだった。

 バシャバシャと、水溜まりを踏むごとに飛沫が跳ね返り、スラックスと靴を濡らしていく。水を吸って重くなる足は、それでも不快だとは思わなかった。

 かけていた眼鏡は雨粒だらけになって視界を歪ませる。もどかしくなって、眼鏡を外してシャツの胸ポケットに入れた。

 俺の住んでいるビルは学校のすぐ近くだ。それこそマユミたち小学生が遊び場にしかねないくらいに。だから走っていれば、息が切れるより先に学校に辿り着く。校門が見えたところで全力疾走を止めて、小走りになりながら様子を伺う。校門の前には二人、傘を差した男子生徒が立っていた。見張りか何かのつもりか。

 見張りの二人はこっちに気づき、互いに何かを囁き合う。ああ、これは紅助に警戒されていたな。俺が朱央を助けに来ると踏んでの警備だったか。どうやらあいつには俺がその程度には情に厚いやつに見えていたらしい。

 なんだって構わないが。

 一度緩めていた足に再び力を籠め、駆け出す。目標は右の見張りだ。見張りの二人は腰に差していたナイフ型スタンガンを引き抜いたが、しかし遅い。

 跳び上がる。そのままドロップキックで男子生徒の顔面を蹴り抜いた。そいつの顔面を足場にもう一度跳躍して、その場に着地する。吹っ飛ばした男子生徒は校門の鉄柵に頭を叩きつけて倒れた。

「なっ…………」

 もう一人も同じ目に遭わせてやる。驚いて硬直しているそいつの顎を、爪先で蹴り抜く。ふわりと体が浮いたその男子生徒は、そのまま宙を舞って鉄柵を超え、向こう側のアスファルトにぐちゃりと落ちた。

「ふむ」

 蹴り抜いた足を戻すとき、ナイフを踏んづけた。そこで思い出して、俺は自分の首を戒めていた首輪を外した。なるほど、ナイフ型スタンガンを接触させればこいつが起動するわけだから、非力なやつでも警備は務まるのだ。だったら首輪は外しておいた方が無難か。

 さて。

 首輪をその辺に放り捨てて、両足に力を籠めて跳ぶ。鉄柵の上に一度着地し、もう一度跳んで学校の敷地内に侵入した。

 確か藍子は以前、生徒会室のある校舎の地下に留置所があると言っていた。朱央がいるとすればそこだろう。まずはそこを目指そう。幸い、生徒会室には訪れたことがあるから場所は分かる。

 もしいなければ、学校中を更地にして探すだけだ。

「いたぞ!」

 ちょうど俺が目的地を決めたところで、向かうべき方向からぞろぞろと生徒たちがやってくる。レインコートを着込んで、各々、手にはナイフ型スタンガンを持っている。俺がわざとらしく自分の首元に指を当てて教えてやると、慌てたように連中はナイフを捨てて挑みかかってくる。

 だが、動きが素人だ。スタンガンに頼って徒手空拳をおろそかにしたな。まあ、人間は道具を扱うからこそ他の生物より進化したと言われているわけだし、スタンガンに頼るという発想は常識的なそれだ。人間じゃない俺には通じないが。

 取りあえず正面から挑みかかって来るやつを殴り飛ばした。適当な一撃テレフォンパンチだったがもろに入って、そいつは錐もみ状に回転して飛んでいく。

 それを合図に、次々と連中が襲ってくる。

 まず正面から来たもう一人を右足で蹴り飛ばす。すぐにステップを踏んで右足を戻し、今度は左足を出して、左からやってくるやつを蹴る。右から来たやつは顔面を掴んで地面に叩きつける。

「ははっ」

 楽しくなってきたが、ここで時間を浪費しても仕方ない。先に進むか。相撲の寄り切りのつもりで、正面から迫ってくる連中を全員まとめて力づくで押し返す。ある程度押し込んだところで連中がバランスを崩してドミノ倒しに転んだので、その上を遠慮なく踏んづけて駆け抜けていく。

「待て!」

 後ろから大勢が追ってくる。こうなると少し面倒だな。ゆっくり朱央を探せない。校舎内に入ると狭いところに追い込まれる。別にそれでも構わないが、後のことを考えると無視ばかりもできないわけだ。

 もう少し相手をしてやることにした。急速転回して、後ろから迫りくる一群を蹴り抜いた。数人を同時に吹き飛ばし、そいつらに巻き込まれて後ろにいた数人もバタバタと倒れる。それでもさらに迫りくる相手の袖を取り、背負い投げにして地面に叩きつける。さらに手ごろな場所にいたやつをひとり捕まえて、関節を極めた。

「地雷って知ってるよな」

 唐突に俺が妙なことを喋り出したせいもあって、連中の動きがぴたりと止まる。

「地面に埋めて使うあの爆弾だ。よく紛争地域なんかじゃ地雷原が問題になって、社会の資料集なんかじゃ手足をなくした子どもの写真を見たりするよな」

「い、痛てえええ!」

 俺が掴んだやつは関節を極められて痛そうに呻いたが、その全力のもがきをさらに上から力で押さえつける。

「さてそこで疑問だ。地雷ってのはあれで案外、踏んでも死なない代物でな。手足を失っても生き残るケースが多いらしい。しかしなんでだろうな。兵器なんだから踏んだやつを殺すだけの威力がないと意味がないと思わないか? ところがどっこい、実はちゃんと意味があって、地雷はその殺傷能力をあえて抑えられているんだ。なんでか分かるか。ん?」

「し、知らねえよ!」

「知ってろよ。兵器なんてのは人間の愚かさの象徴だぞ。人間がそれを学ばないでどうする」

 さらに押さえつける。ミシミシと骨が軋み始めた。

「正解は、殺さない方が効果的だからだよ。仲間が死ぬと兵士ってのは逆上して士気が上がることもある。だが爆発に巻き込まれ、生きながらも手足を失って苦しみもがく仲間を見たらどうだ? 次は自分がそうなるんじゃないかと思って士気が落ちる。それを狙って地雷はわざと殺傷能力を抑えているんだ」

 つまり。

「こうだ」

 体重をかけて、ぐっと押さえ込む。

 バキッと、辺りに音が響いた。

「ぎゃああああ!」

 手を離してやる。そいつは水溜まりの広がる地面に転がりながら、腕を抑えて呻いた。

「腕の骨を折った」

 俺を取り囲んでいた連中が一歩、下がった。

「さっきまでは適当に戦っていた。だがここからは違う。俺に挑んでくるやつは誰であろうと一本ずつ骨を折ってやる。こうなりたくなければ、大人しくしろ」

 じりじりと、連中は下がっていく。さっきまでは吹っ飛ばしただけだったから、実のところどの程度ダメージがあったのかイメージしづらかっただろう。だから勢い勝って俺に挑んできた。だから今度は、俺に挑めばどんなダメージを負うのか分かりやすく示してやった。

 まさか連中、傷病手当が紅助から出るわけではあるまい。課外活動に保険をかけるケースも多いが、『学内自治法』でほとんど無法地帯に置かれたこの水仙坂の生徒を、保護してくれる保険会社などいないだろうし。

 連中の進軍はぴたりと止まった。それを確認して、俺は振り返って今一度目的地を目指す。生徒会室のある校舎はすぐ目の前に迫っていた。

 しかし、ここからが本番か。

 校舎から二人、誰かが出てくる。レインコートを着てフードを被っているものだから顔がよく見えない。だが、その二人は片方が小柄でもう片方が大柄と、両極端な背格好をしている。

「随分暴れてくれたっすねえ」

 小柄な方がフードを脱いだ。そこにいたのは円居円真だった。じゃあもう片方が……。

「さすがに人間じゃないとホラ吹くだけのことはあるな」

 もう一人もフードを脱ぐ。円秀だ。

「白馬の王子様気取りってわけだ。なあ、終日七未人!」

「王子様は人間がなるものだろ。残念ながら俺は人間じゃない」

「よく言うぜ。確かにお前は相応以上の力があるんだろ。大抵のことは力ずくで何とかなる。だけどな、暴力はより強い暴力に屈するもんなんだぜ」

「それも、人間だけの理屈だな」

 こいつらが最後の壁というわけだ。しかし円秀はともかく円真は戦闘向きの体格らしく思えないが、どう戦う気だ。

 俺の視線を察してか、円真が笑う。

「じゃあ、僕たち兄弟の必殺フォーメーションを見せてやるっすよ」

 円真が跳び上がる。そしてそのまま、円秀の肩に乗った。肩車の格好だ。

「ただの肩車か」

 むしろ戦闘能力減ってないか?

「甘く見ないでほしいっすね。この体勢なら僕は両手両足を自在に繰り出すことができるっす。そこに兄貴の両手も加われば六本の手足が同時にあんたを襲うって寸法っす」

 ああ、そういう。試してみるか。

 俺は縮地を使わず、ただ適当に近づいてみた。円秀の右手が迫る。それを避けようとすると円真の左手が迫り、跳躍しようとすると今度は円真の右手が攻撃を仕掛けてくる。そうか。単純に手数が増えただけでなく、肩車したことで体格的にもリードできるわけだ。俺の頭上はるか上から円真の腕が迫ってくる。俺は体格的には恵まれていて、自分より大柄なやつとはまず戦ったことがないから、この感覚はなかなか慣れない。

 まあ、でも、この程度か。

 これくらいなら何とでもなる。こちとらイメトレで宇宙人と戦っているんだぞ。六本の手足がどうしたというんだ。

 一度距離を取ってから、もう一度距離を詰める。

 今度は縮地を使って。

「は、早っ………………」

 俺の動きを円秀たちは、目で追えなかったらしい。だろうな。まともに戦って強いやつなら、こんなトリッキーな手に頼らない。地力が弱いから奇策に頼る。

 文字通り手も足も出ないってやつだ。やつらが動くより先に、もう一度縮地を使って背後に回り込む。そうして円真の襟首を掴み、そのまま引き倒す。あっさり肩車は解除されて、円真は地面に叩きつけられた。追い打ちに倒れた円真の顔面を踏み潰す。

「この……」

 そこまでやってようやく動き出した円秀は、振り向きざまに拳を振ってくる。腰を低く落として相手の拳を躱し、胸部に正拳突きをぶちかます。骨の折れる感触があった。円秀は吹き飛んで、トラックに跳ねられたみたいに景気よく地面を転がっていった。俺が本当にトラックだったら異世界転生できたかもな。

「俺を止めたかったら、光線銃持った宇宙人でも連れてこい」

 言うだけ言って、俺は再び歩き出す。さすがにここまでやれば、完全に生徒会警察の連中も沈黙して、俺を止めようという馬鹿はいなくなった。

 校舎の中に入る。屋内は照明がついておらず薄暗かったが、目指すべき場所は分かった。留置所は地下にあると知っていたし、階段は入ってすぐのところに見えた。土足のまま先に進んで、階段を下りていく。

 ひょっとすると留置所の傍にも警備がいるかと思っていたが、どうやらさっきの騒ぎで警備に出られる生徒会警察の連中は全員出てきていたらしい。誰とも会わずに俺は留置所の入口に辿り着く。

 留置所はおそらく、本物の留置所を模倣して作られているのだろうと思わせた。まあ留置所なんて見たことないんだが、イメージとしてはそれっぽい。三部屋、鉄格子で区切られた部屋があり、朱央はその一番奥の部屋にいた。

「…………誰?」

 足音に気づいて、朱央が問いかけてくる。

「俺だ」

「……ひーくん?」

 薄暗がりの中、部屋の奥に朱央はうずくまっていた。地下だというのに、雨が地面を叩く音はよく聞こえる。

「なんで、ひーくんが」

「俺がここにいたら悪いのか?」

「だって……」

 立ち上がり、朱央は鉄格子に近づく。

「駄目……。この事件は、ひーくんが関わっていいことじゃない。だって、お姉ちゃんが死んだ事件だよ? ただの殺人事件じゃない。絶対に朝霧家を巻き込んだ騒動になる。そんなのに、ひーくんを巻き込めないよ」

「お前…………」

 ため息が出る。

「そういう権力争いとか裏の抗争とか、考える脳みそあったんだな」

「なっ…………」

 朱央が怒ったように鉄格子をガシャンガシャンと揺らした。新手の猿みたいだぞ。

「もうっ! こっちはひーくんの心配してるんだよ! それなのに冗談めかして」

「いや純粋に驚いて……。お前ってそういう計算できるタイプじゃなかったじゃん」

「そういうのはいいから! とにかく、ひーくんは関わったら駄目なんだよ!」

「なんで俺がお前の言うことを聞く必要があるんだ?」

「横暴!」

「『だいじょうぶ』だって……」

 朱央の抗議は無視して俺は話を続ける。

「お前、『だいじょうぶ』って言ったろ。いつもは大したことでもないのに『だいじょばない』って散々わめく癖に、肝心なとき、お前はいつも『だいじょうぶ』って言うんだ。それが大丈夫じゃないことくらい、俺だって分かる」

 六年前が、そうだった。

「……………………」

「六年のブランクはあったが、お前とは長いこと一緒にいたからな」

 鉄格子の隙間へ手を伸ばす。目の前にあった朱央の頭に触れて、撫でる。

「昔馴染みのよしみだ、たまには面倒見させろ」

「………………うん」

 朱央と俺は目を合わせる。あいつの顔は紅潮していた。

「顔赤いぞ。風邪でもひいたか?」

「赤くないですー。風邪って言うならひーくんの方がひきそうでしょ。そんなずぶ濡れになって」

「そうだな。少し寒い」

 ともかく、ここを出よう。鉄格子の扉は頑丈だったが、蹴破るのに困るほどではなかった。俺は朱央の手を取って留置所から引っ張り出す。

「でもここを出たらどこ行こう」

 ぐっと、強く手を握りながら朱央は俺に聞いてきた。

「俺の家に来ればいい」

「えー? あの建設現場?」

「何がえーだ。贅沢言うな。今、夜雷に頼んでお前の嫌疑を晴らす準備をしてもらってるから、それまでの我慢だ」

 まあ、事件が解決したとして朱央がこれまで通り朝霧家の人間として暮らせるかは、どうにも確信のないところだが。

 外に出る。傘は持ってきていないから、あっという間に朱央もずぶ濡れになってしまう。それでも気にすることなく、むしろ上機嫌なくらいで朱央は鼻歌まじりだった。

「待て!」

 だが、そんな俺たちを阻む者がいた。

「…………お兄ちゃん」

 朝霧紅助が、俺たちの目の前に現れた。生徒会警察の連中も体勢を整え直し、ずらりと並んで俺たちを囲んでいる。

「予想通り助けに来たわけだ、終日七未人」

 紅助は余裕ぶって両手をポケットに入れていた。その代わり、傘は別の生徒が持って、あいつにかざしている。

「だがあの警備を突破されるのは予想外だった。どうやら口だけの男じゃないらしい。しかしこれでお前たちの嫌疑はむしろはっきりした」

 生徒会警察の連中がナイフ型スタンガンを構える。俺は朱央の手を離して、彼女を後ろに隠した。

「逃げるってことは、朱央、お前にやましいことがあるって証拠だな」

「馬鹿言え。今まで無能をさらした生徒会警察に捕まったら誰だって逃げる。身に覚えのない罪を被せられるのは明白だからな」

「減らず口を……。いいか、俺たちはお前も引っ張れるんだぞ? 何せお前は多くの生徒に危害を加えた。暴行罪で捕まえてやる」

「やれるもんならやってみろ。たかが人間の分際で、俺を捕まえられると思うなよ」

 一歩、近づく。よし、何はともあれ、まずはあの馬鹿をぶん殴ることにしよう。その後の展開は適当で。

「待ちなさい!」

 もう一歩近づいて、縮地の有効射程に入ったところで、俺の動きを遮るように声がした。そして、生徒会警察の包囲を突き破ってレインコートの一団がずらずらと入り込んでくる。そして俺と朱央と、紅助たちの間に立ち塞がった。

「風紀委員会!」

 驚いたように朱央が言う。風紀委員会? じゃあさっきの声は。

「生徒会警察、これ以上の横暴は看過しません」

 一団の中から、一人、抜け出してくる。そいつはレインコートを着てフードを被っていたが、間違いなく藍子だった。

「風紀委員会が何の用だ?」

 紅助は呆れたようにため息を吐く。

「今回の事件は生徒会警察の管轄だ。理事長からそう決められている。お前らの出る幕じゃない」

「いいえ」

 毅然とした態度で、藍子は言い返す。

「水仙坂における捜査機関は生徒会警察と風紀委員会とされています。そしてこの二つは組織として同格。どちらが上も下もない。それは捜査権限についても同じこと。あなたがたが今回の事件を捜査する権限を持つのなら、我々も持つのです」

「だから――」

「理事長の決定はあくまでそれはそれ。我々が動いてはいけない理由にはなりません。第一、今まで散々『疑似殺人授業』では二つの組織を同格として動かしたじゃないですか。そして『疑似殺人授業』は本当の殺人事件捜査のための予行演習。ならば『疑似殺人授業』と同様に、実際の殺人事件である今回も二つの組織による捜査が行われてしかるべきです」

 言い負かされて、紅助は唇を噛んで黙り込む。

「今回の事件、我々風紀委員会は朝霧朱央を犯人とみなしていません。一方的なあなた方の判断により、一人の生徒の自由を侵害したことは非難に値します」

「…………黙れ、朱里の腰巾着が」

 絞り出すように、紅助は悪態をつく。

「あの女……死んでもまだ邪魔するのか。くそったれ。いいか! 仮に捜査権限を持っていたとしても、死んだのはお前らのトップだ。お前らの組織はガタガタになってるはずだ。ここは大人しく――」

「ご心配なく。風紀委員会において、事件の捜査は副委員長であるわたしに一任されていたので」

「………………!」

 最後の反撃もいなされ、紅助は怒りで顔を膨らませた。その怒りに呼応するように、生徒会警察の連中はナイフを構えてじりじりと近づいてくる。一触即発だ。

「はーい、ストップストップ」

 不意に、また声がした。こんな緊迫した状態には似つかわしくない、どこか間の抜けた声だ。

「生徒会警察も風紀委員会も止まれー。この喧嘩、理事のわたしが請け負った!」

 自然と、人垣が崩れていく。風紀委員会がやったような力づくではなく、そうなることが当たり前と言わんばかりに、勝手に人の山が崩れて道ができる。

 その道の先にいたのは、モルモットを抱え傘を差したスーツ姿の女。言うまでもなく夜雷だ。

「いやしっかしすごい雨。こんな日にみんなよくやるわ。ご苦労さんね」

 とぼけたことを言いながら、夜雷は人だかりの中央まで歩いていく。

「…………あ」

 俺の後ろで朱央が声を上げる。振り返ると、朱央の頭上に傘が差されていた。そしてそれを持っていたのは……。

「女の子を雨に濡らすもんじゃないぜ」

 ピアスの男子生徒。大空晴人だった。

「なんでここに?」

「いろいろあったんだ。あのとぼけたねーさんにこき使われてな」

 そんなもんかと思っていると、俺の視界の端でちらちらと黄色いものが揺れる。そっちを見るとマユミがいて、黄色い傘をこっちに差そうとしていた。俺とマユミでは身長差がありすぎて上手くいってないが。

「お前もか」

 マユミの傘は小さすぎるので、俺はとりあえず辞退することにした。

「夜雷緑!」

 紅助の声がして、俺たちはそっちを見た。

「何の用だ! お情けで理事の席にいるようなやつが出張っていい話じゃないぞ!」

「ところがどっこい、理事会全体の決定を伝えに来た」

「…………なに?」

「ついさっきの理事会で、今回の事件は生徒会警察と風紀委員会の合同捜査と相成った。そして今日の夜、早速第一回の合同捜査会議を発令する」

「会議だと?」

「そう。その会議の主題はひとつ。生徒会警察が有力な容疑者と目する朝霧朱央、彼女を容疑者とすることが適切か否か。まずはこの点を議論してもらう。容疑者を早合点して捜査を誤るなんてのは避けたいし、そもそも朱央ちゃんが容疑者と呼べるほど疑わしくなかった場合、その疑惑を解いて名誉を回復してあげる必要もあるからね。だからこの会議は全生徒に公開の上、行われる。各自準備をして備えること! 以上!」

 言うだけ言ったということだろう。満足げな表情で夜雷は消えていく。

「捜査会議、かあ」

 晴人の後ろから傘を差した早川がやってくる。こいつも動員されていたのか。

「うん。まずは朱央さんの嫌疑を晴らすのが先決だからね。それはいいけど……」

「何か気になることでもあるのか?」

 晴人が尋ねる。

「気になるというか、勘かな。終日くん、ひょっとしてもう事件の謎を解いているんじゃないかなって」

「えっ?」

 マユミが傘を揺らしながら驚く。

「人間じゃないお兄さん、本当?」

「ああ、分かってる」

「ひーくん」

 じろっと朱央がねめつける。

「小さい女の子の前だからって格好つけてない?」

「いや。事実だ。ただそれをみんなに納得させるにはいくつか足りないものがある。捜査会議までに揃えられれば完璧なんだが」

 夜雷のやつ。なんで今夜なんて設定にしたんだ?

 …………………………いや。

 今夜という設定はむしろ好都合か? 真犯人が証拠を隠滅するより先に抑えられれば。

「手伝うよ、終日くん」

 早川が俺の肩を叩く。

「君には前回の事件で助けられているからね。ミス研一同協力する」

「理雄がやるなら俺もやる」

 ため息交じりに晴人も手を挙げる。

「お前には殺した借りがあるからな」

「別に恨んではないけど、せっかくだから頼もうかな」

「わ、わたしもやるっ!」

 ぴょんぴょん跳ねて、マユミが存在感を出そうとする。

「……………………」

 普通なら子どものこいつは帰すべきだが、今は人手が欲しい。

「よし、お前には事件解決に一番重要な仕事を頼もう」

「分かった!」

 これで準備は整った。さあ、やるぞ。

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