#6:合同捜査会議開幕

「それではこれより、第一回合同捜査会議を始める!」

 その日の午後七時。水仙坂学園でもっとも大きな講堂に、全校生徒を集めての捜査会議が発令された。使われている講堂に見覚えがあると思ったが、あれだ。夜雷がメールで送ってきた朝霧赤次郎の講演会の映像、あそこで使われているのと同じ場所だ。

 講堂の席には白い人影がうずうずと蠢いている。結構な人数だが、思っていたより多くはない……と考えて思い出す。そうか、確か『疑似殺人授業』の適用は中等部からだったな。なら実際の殺人事件である今回も、初等部の生徒は呼ばれていないか。そもそも小学生を殺人事件の会議に呼んでも仕方ないし。

 講堂の壇上、その両端に生徒会警察と風紀委員会の代表者が着いている。もちろん生徒会警察は朝霧紅助をはじめとする数人。こちらは湊藍子を中心とする数人に俺を含んでいる。俺は風紀委員会じゃないんだが、今回ばかりは文句を言っている場合じゃない。

 最大の容疑者であり話題の中心人物である朱央は壇上の中央にいる。この構図、捜査会議というより裁判に近いな。生徒会警察が検事側で、俺たちが弁護側か。

 司会進行を請け負っているのは教師のひとりだ。一応中立は、保たれているだろうか。

「まずは生徒会警察側から事件の全容について確認が入る。その後、生徒会警察は朝霧朱央を容疑者と目する理由を述べよ。それらが終わり次第、風紀委員会側からの反論を受け付ける」

 司会の言葉を受けて立ち上がったのは紅助だ。他人任せにする気はないと。

「既に学内新聞などであらかたの事情は聞き及んでいるだろうが、一度ここで事件を整理しよう」

 マイクを手に取り、紅助は話を進めていく。だてに生徒会長はしていないと見える、話し方によどみがない。

「事件は昨日の昼休みに起きた。現場は高等部校舎六階の風紀委員会詰め所。被害者は朝霧朱里。朱里は詰め所内で倒れていたところを発見された。第一発見者はそこにいる終日七未人と湊藍子、それから初等部の女子児童が一人だったな」

 事件の情報は便利を図って、『疑似殺人授業』の捜査情報を共有するアプリを利用して全生徒に通達されている。講堂の連中はスマホ画面を見ながら、紅助の話に耳を傾けている。

「この事件で特異なのは、現場が密室だということだ。終日の話が確かなら、詰め所にある二か所の扉のどちらもが施錠されていたし、窓も一か所を除き内側から施錠されていた。その一か所というのが、朱里の倒れていたすぐ側の窓だが、さすがに六階だ。ここが開いているからどうという話じゃない」

 講堂正面のスクリーンに簡単な図が出てくる。さすがに写真は……血も写っているだろうから大勢の手前避けたか。

「もうひとつ奇妙なのは凶器だ。朱里は胸部を撃たれて死亡している。撃たれた時点で即死だったのか、その後の多量出血が原因なのかは分からんがな。そして朱里を撃ったのは火縄銃で、これは生徒会室に飾ってあった俺の私物だ」

 今度は火縄銃の写真が出る。現場に転がっている状態のものと、おそらく以前に撮られたのだろう、生徒会室の壁にかかっている状態のものだ。後者は俺が以前生徒会室で見たのと同じ状態で、火縄銃の他に拳銃なども凄然と並んでいる。

「さて、これらの状態から考えて、俺たち生徒会警察は朝霧朱央が犯人だと睨んでいる。その理由は三つある」

 昨日からひとつ増えたな。

「ひとつは動機だ。朝霧朱央は朝霧家においてかなり弱い立場にいた。娘として認知されてはいるが、所詮妾腹の子。育てはするが何も継がせないという決まりになっていた。そういう状態から脱却し、朱央が朝霧家の跡継ぎになるには俺と朱里が邪魔だった。だから殺した。単純だ」

 そういえば妾腹の子がどうのとか、朝霧家にしてみればけっこう恥部に当たると思うのだが、あいつは臆面もなく言うなあ。まあ、自分の父親の恥部であって自分のことではないからかもな。

「ふたつ目は凶器だ。生徒会室に飾ってある俺の火縄銃を使うにはまず生徒会室の扉の鍵が必要になる。さらに火縄銃は壁に固定されているからそれを外さなければならないし、弾と火薬の入手も必要だ。だがこれらを朱央はクリアできる。まず生徒会室の鍵だが、俺が一本を持っている。家にも持ち帰っているから、俺の目を盗んで複製することは不可能じゃない。そして鍵が複製できれば生徒会室に忍び込み、火縄銃を固定している器具を確かめ手早く破壊する方法を調べることができる。当然、弾と火薬も火縄銃をあらかじめ使うと決めていれば調達できる」

「待ってください」

 ここで藍子が割って入る。

「わたしは銃火器に詳しくありませんが、弾と火薬などそう簡単に手に入るものですか?」

「難しくない」

 紅助は言い切る。

「というのも、火縄銃の構造は単純だ。推進力となる火薬と目標を撃ち抜く弾があればいい。火薬は弾を前に飛ばせればいいんだから、専用のものである必要すらない。花火か爆竹の火薬でもぶっこ抜けばそれで足りる。弾も銃口のサイズにあった金属球なら何でもいい。なんならそれらしい大きさに削った石でも構わない。火薬も弾も専用のものを使わないから銃の内部は大きく傷つくが、人ひとり殺すのにはそれで十分だ」

「……そうですか」

 何か言いたげな様子を見せたが、藍子はそこでひっこんだ。

「いいか? そして理由のみっつ目はアリバイだ。朝霧朱央には事件当時のアリバイがない」

 講堂が少し騒がしくなる。まあ、さっきまでのふたつは理屈と膏薬は何とやらで、納得しつつもピンと来てない生徒もいたんだろう。ところがアリバイというド直球のものが出てきて、にわかに朱央犯人説が強固になる。

「朱央から話を聞いたが、こいつは事件当時、手紙で何者かに体育館裏へ呼び出されていたそうだ。朱央は昼休み中待っていたが誰も来なかったし、その間に銃声のようなものも聞いたと言っているが、嘘だろう」

「その手紙はありますか?」

「ああ」

 ぱっと、スクリーンに手紙の写真が写し出される。そこには俺が昨日、朱央が隠すのを見たのと同じ手紙が出ている。だろうなとは思っていたが、やっぱり真犯人の罠だったのだ。この手紙で朱央を人気のないところに呼び出して、事件当時のアリバイを消したのだ。

「あの、これは……」

 藍子が口ごもる。講堂の聴衆もどこかいたたまれない感じの雰囲気を出していた。そりゃあな。

「ラブレターっぽいんですが、え…………朱央さんこんなのに騙されたんですか?」

 馬鹿なんじゃないですか、とあらかさまに続きそうだったのを、藍子は唾を飲んで堪えた。

「だ、だって……!」

 朱央は顔を真っ赤にして反論する。

「ラブレターなんて貰うの初めてだったし、その、こんな罠だと思わなかったし……」

「白々しいぞ」

 紅助が横槍を入れる。

「ラブレターを貰ったから体育館裏に行った、しかし誰も来なかったというストーリーで誤魔化そうとしたんだろうが、俺の目は節穴じゃない」

「お兄ちゃんは黙ってて!」

「いや俺が黙ったら話が進まねえだろ! あとそういう威厳の欠ける呼び方は止めろって言ってるだろ!」

 兄妹喧嘩はさておき。紅助は咳ばらいをして仕切り直す。

「その……以上が生徒会警察の見解だ」

「ひとつ質問が」

 再び藍子が口を開く。

「現場は密室だとあなた方は説明しましたが、その点を考慮するなら朱央さんに犯行は不可能では?」

「それか、しまった言い忘れてた」

 タブレットを操作しながら紅助はぼやく。

「生徒会室の鍵の話をしただろ。あれと理屈は同じだ。風紀委員会詰め所の鍵は朱里も一本持っていた。それを複製することもまた、朱央なら不可能じゃない。密室は特異だと言ったが、そこまで問題じゃないんだ」

「分かりました。ではこちらから反論を」

 藍子は立ち上がる。

「朱央さんのアリバイなら、既にこちらで立件しています」

「な、なに?」

 さすがの紅助も動揺したらしい。大きく前に乗り出した。

「その点については証言者を呼んでいますので、どうぞ」

 合図とともに、壇上の袖から二人出てくる。ひとりは早川で、もうひとりは初めて見る女子生徒だ。早川は藍子からマイクを受け取りつつ、女子生徒をエスコートするように壇の中央に近づく。

「そ、その女……『さまよう死者』か!」

 そう。紅助が呻くように、その女子生徒は首輪をつけていない。

「はい。じゃあ僕に話してくれたことをもう一度話してごらん」

 優しく導くと、早川はマイクを女子生徒に近づける。

「えっと。その……」

 女子生徒は少し怯えたように口ごもったが、やがて証言を始める。

「確かに、わたし、見ました。この人です。その……。お昼休みに、いつもわたしは体育館裏でご飯を食べるんですが、昨日はいつも通り体育館裏に行ったら、この人がいて……。なんて言うんだろう、すごくうきうきしていて近づくのが怖かったので、物陰からそっと見てすぐにその場を去ったんです。その後、パンって、銃声みたいなのが聞こえたのを覚えています」

 講堂がざわめく。この女子生徒の証言は決定的だ。朱央が体育館裏に呼び出されていることが明らかだし、しかも朱央が体育館裏にいるときに銃声が聞こえたとも言っている。これでアリバイは完璧だ。

「ひーくん、ひーくん」

 小声で朱央がこっちに呼び掛けてくる。

「なんかわたし、公開処刑されてる気分なんだけど! ラブレター貰ってうきうきしてたのが全校生徒にバレるってどんな羞恥プレイ?」

「お前があんな単純な罠に引っかかるのが悪い」

「むー」

「捏造だ!」

 俺たちのやり取りはともかく、紅助は歯噛みして抗議する。

「その女子生徒の証言は信用できない!」

「じゃあ僕から補足を」

 怯えて後ろに隠れた女子生徒を庇いなら、早川がマイクを手にする。

「僭越ながら生徒会長は、この学校で『さまよう死者』がどのような扱いを受けているかご存知ですか?」

「…………なに?」

「多くの学校設備の利用を制限され、他の生徒たちから『油断して殺された間抜け』とさげすまれる。それが彼女たちの現状です。そんな彼女たちは授業中はともかく、休み時間となるとこの学校に心休まる場所が少ない。それで各々、人の少ないところを選んでたまり場にすることが多いんです。だから僕は朱央さんのアリバイの話を聞いたとき、彼女たちなら目撃しているのではないかと思い情報を集めたんです」

 ちらりと後ろを見る。舞台袖には晴人もいた。なるほど、早川も晴人もそういえば、『さまよう死者』を見下すことなくきちんと扱っていたな。そんなこいつらだから、スムーズに『さまよう死者』から目撃証言を引き出せたんだろう。生徒会警察の連中だとこうはいかない。

「それがビンゴだっただけのこと。そもそもこの目撃証言を信じないというのなら、アリバイを云々する意味自体が無くなります。あなた方は朱央さんのアリバイを担保する証言を全部捏造と主張すればよくなってしまいますからね。あなた方にできるのは、彼女のアリバイ証言を信じて受け止めるか、信じないならアリバイ議論そのものを放棄するか、その二つにひとつ。どちらにせよ朱央さんに嫌疑をかける理由は消えますね」

 さすがにミス研部長は追い込み方が違う。なるほど紅助は延々と俺たちの出したアリバイ証言を捏造だと言い募ることはできる。だが、それをしてしまえばアリバイを議論すること自体が無意味だと白状しているようなものだ。ならばアリバイ議論自体が霧散し、朱央の嫌疑が消える。アリバイを主張するならあの女子生徒の証言を受け入れるしかないが、受け入れればやはり朱央の嫌疑は消えるのだ。しかも単に消えるのではなく、アリバイが担保され嫌疑が完全に晴れるという形で。

「そういうわけで戻ろうか。朱央さんも」

「やったー!」

 喜び勇んで朱央は俺たちのところに戻ってくる。

「ありがとうございます早川先輩! 湊先輩も!」

「あれ、俺は?」

「ひーくん何もしてないじゃん」

 そもそもこの場が用意されたのは俺が夜雷に電話したからで……。いや、言っても無駄か。

「俺の仕事はここからなんだよ」

 マイクを手に取り、立ち上がる。

壇上では司会の教師が途方に暮れた顔をしている。生徒会警察の意見はアリバイ証言の出現で空中分解した。ここからどう議論を進めるか悩むだろう。

「やはり、やはり捏造だ………………!」

 ぶつぶつと何ごとか呟く紅助に近づく。

「面倒なことは止めにしようぜ、朝霧紅助」

「…………なんだと?」

「朱央の疑惑は晴れた。これで少なくとも、今日の会議における一番の主題は解決した。だが本当にそうか?」

 くるりと向き直って、舞台中央に移動する。

「お前の気持ちも分かるぜ。アリバイ証言は重大だが、しかしあの女子生徒ひとりの主張だ。捏造を疑うことはできる。そもそも、仮にアリバイがあったとしても、動機が大きい。朱央が朱里を殺す理由はばっちりあるんだからな。そこは無視できない」

「何が言いたい?」

「俺が望むのは完璧に朱央の嫌疑を晴らすことだ。そのためにはただあいつのアリバイを明らかにするだけでは足りない。だから面倒なことは止めにしよう。古今東西、容疑者の嫌疑を晴らす一番いい方法はひとつと相場が決まっている」

 そう。

「ここで犯人を明らかにしよう」

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