#7:犯人はお前だ

 講堂が喧騒に包まれる。今回はあくまで朱央の嫌疑について話すだけだと思っていたら、いつの間にか本題にずぶりと切り込んでいるんだ。騒ぎもする。

「捜査会議? そんな回りくどいことは止めだ! 俺が犯人を知っているんだから、俺がそれを糾弾すれば全部終わる! それでいいだろう?」

「やれるものならやってみろ!」

「よろしい」

 一度マイクを口元から離し、咳払いをする。スマホを取り出して時間を確認する。少し、予想より展開が早い。もう少し時間を引き延ばしたかったが、不自然になってもいけないし。

「紅助、お前はこの事件において二つ、特異な点を述べていた。密室と凶器だ。その点をきちんと考えれば、この事件はたちどころに解決するんだよ」

 さて、いよいよ解決編だ。

「犯人はなぜ火縄銃を使ったと思う? 紅助、仮に犯人を朱央と仮定しても、だ。そうだとしても、火縄銃は使わないはずだろ」

「火縄銃はさっきも言ったように弾丸と火薬の入手が容易だ」

 紅助は腕を組んだ。

「なにせ代用品でも無理矢理使える。だが他の銃はそうもいかない」

「嘘はよくないなあ」

 思わず口元が緩む。

「あの生徒会室、あからさまに目立つ壁掛けの銃に目が行きがちだが、あの部屋の中に銃弾はきちんと保管されているはずだろう?」

「な、なにを……」

 本当は忍び込んで確認したいところだったが、ごり押しで行く。

「俺とお前が初めて会ったときに、お前自身が言ったんだ。米軍の装備だった珍しいグレネードランチャーを見ながら『拳銃弾やライフル弾ならともかく、さすがにグレネード弾は手に入らんから試し撃ちができないのがどうもいかんが』ってな」

「そ、それって……」

 後ろで早川が呟く。

「そう。グレネード弾は手に入らないが、拳銃弾やライフル弾なら手に入ると言わんばかりだ。事実手に入るだろう。あれだけ大量の銃を入手出来て、まさか銃弾を入手できないはずがない」

「お、俺はそんなこと言った覚えは……」

「ないか? だがどのみち、銃は入手出来て銃弾が手に入らないって方便は通らんだろ。グレネード弾クラスの大玉でもない限りな。少なくとも拳銃弾くらいは手に入るはずだ。暴力団でも手に入れられるものをまさか天下の朝霧家が入手できないはずがないもんな」

 これでいい。重要なのは実際のところどうかではなく、銃弾が入手できると聴衆に思わせることだ。実物をひとつでも生徒会室から押収できれば早かったんだがな。

「つまり生徒会室には銃も弾もある。なら火縄銃なんて長くて隠し持てず取り回しも難しい銃じゃなく、その辺の拳銃を持ち出せば用は足りるんだ。おあつらえ向きに、あそこには消音機サイレンサー付きのピストルもあったしな」

 それももちろん、俺が生徒会室にいたとき見ている。

「ではなぜ犯人は火縄銃を使ったのか。そこに重大な意味があると思わないか?」

「あっ!」

 後ろで朱央が思いついたように声を上げる。

「トリックだよひーくん! 犯人は何かトリックを仕掛けて、その都合で他の銃じゃなくて火縄銃が必要だったんだよ!」

「その通りだ。ではそのトリックとは何か。それは、これだ!」

 俺は懐から、一冊の本を取り出す。それは…………。

「……なんだ?」

 少し遠くて見えなかったらしい。紅助はじっとこっちを見た。

「江戸川乱歩全集。答えはここにある」

 思えば、俺が編入してから出くわした事件は全部そうだ。早業殺人、見えない人による超純密室。そして「火縄銃」。すべて元ネタがある。小説にしたら独創性がないと言われてしまいそうだが、人間の想像力ってのは限界がある。ほら、乱歩先生だって有名どころのトリックを少し捻るってことをよくあったし、ご愛敬ってやつだ。まあ別に俺は事件のトリックに独創性があろうとなかろうとどうでもいいが。

「乱歩、全集…………」

 それを聞いて、紅助はさっと顔を青ざめさせた。

「乱歩の処女作は一般的に『二銭銅貨』と言われているが、実はそれ以前に書かれた作品があったんだ。ああ、実は次に発表された『一枚の切符』の方が先に書かれていたとか、そういうマニアックな話じゃなくてな。乱歩はそれらより先にある作品を書いていた」

 それが「火縄銃」。

「これも超有名どころのトリックでな。銃を窓の傍に置いておくんだ。その窓ってのがまた曲者で、瓶底眼鏡みたいに分厚く凹凸がついていて、光を屈折させる代物だ。で、光は一点に集まり、銃に装填された火薬を焼き、破裂させる。それにより弾丸が発射され、うっかり射線上にいた人が死んでしまう。そしてもし現場が密室なら? 銃声を聞きつけて扉を蹴破った一同が目撃するのは、煙を吹く銃と撃たれた死体。しかし人の姿はどこにもいない。密室殺人の完成だ」

 まさに、今回の事件のように。

「こういう筋のミステリが海外にあるんだ。この辺は早川の方が詳しいと思うが……。ともかく、それを日本らしく火縄銃で再現しようとした乱歩の作品が『火縄銃』というわけだ」

 すなわち。

「今回、火縄銃はどこに置いてあった? 金魚鉢の横だ。そして当日は今日とは打って変わっての晴天。太陽の光は昼に高く上がり、金魚鉢に当たって一点に収束する。そこには火縄銃の口火があり、太陽光で焼かれた口火が切られてバンっという寸法だ」

「ちょっと待て!」

 大声で紅助が止めに入る。

「その推理はおかしい。考えてみろ。朱里は床に倒れていたんだぞ? つまり眠らされて座らされていたわけじゃない。だがそうでもしないと固定した火縄銃の射線上に朱里を置くことは不可能だ!」

「だろうな」

「だ、だろうなってお前…………」

 そう。このトリックでは不可能だ。火縄銃は金魚鉢の置かれたテーブルに横たえられていたのだから、それなりに高さがあった。朱里の胸部を撃ち抜くには、朱里を何らかの方法で眠らせた上で、射線上に置かなければならない。しかしどうやってそんなことをする? 薬を嗅がせる? ならばそのとき殺せばいい。睡眠薬を食べ物に混ぜる? ならばそのとき殺せばいい。

 これが美術部の一件とは大きな違いとなる。あのときはナイフ型スタンガンを当てる必要があったから、布張は早業殺人を選んだ。だが、ただ殺すだけなら密室も火縄銃もいらない。ただ殺すだけ、なら。

「ではこの火縄銃はいったい、何に使われたのか。銃声はしているし、煙は吹いているから確実に発射はしている。だがそれが空砲だったらどうだ? 現に弾丸は見つかっていないわけだし、これはあり得る話だ。もし火縄銃が空砲だったら、どうなる?」

「普通はその銃声が鳴った時刻を犯行推定時刻と思うよね」

 早川が後ろから援護する。隣で頭を掻いていた晴人もそれに同調する。

「あー、それと煙吹いた銃が転がるんだから、それが凶器だと思うわな」

 つまり。早川が気づく。

「これは密室トリックであると同時にアリバイトリックということか。犯人は室内で火縄銃を発射して朝霧委員長を殺害したと僕たちは思っていた。だから朱央さんのアリバイが問題になったけど……」

 すべては逆転する。

「そう。朱央にアリバイがないから怪しいという話は逆だ。これがアリバイトリックなら、アリバイがあるやつこそ怪しい」

「昼休みだぞ。大抵の人間にアリバイがある!」

 紅助が反論する。

「じゃあ紅助、お前はそのとき何していたんだ?」

「俺? 捜査だよ。ミス研の事件のな」

 美術部の事件のときも後詰の捜査をしていた。他の連中の邪魔が入らないよう、授業中にやっていると当人が以前話していたのを覚えている。

「中等部校舎にいたんだ。アリバイの話はピンと来ないが、俺は犯人じゃないだろ」

「ところがどっこい、火縄銃の謎を解くとだんだん怪しくなってくる」

「………………は?」

「火縄銃の効果のひとつは犯行推定時刻の誤認だった。そしてもうひとつの効果が、火縄銃を凶器と思わせることだ。つまり凶器は火縄銃以外の別のものだ。おそらく朱里は銃殺されているから、消音機サイレンサー付きの銃火器で撃ち殺されている。銃声は火縄銃のものしか聞いていないわけだしな」

「えっとつまり……」

 うーんと唸りながら、朱央が話についてこようとする。

「犯人はあらかじめお姉ちゃんを銃で静かに殺す。その後、火縄銃をおいて逃走。そして火縄銃がバンってこと?」

「それだと密室が謎として残る!」

 妹の意見を兄が否定する。

「それにそのトリックだと、お前が犯人になるんだぞ! 体育館裏が『さまよう死者』のたまり場になっているとあらかじめ調べておいて、銃の発射時刻に自分の姿を見せることができる!」

「そっか。じゃあ今のなし!」

「通じるか馬鹿!」

 朱央の推理は確かに一面では正しい。だが、これは順序が逆だ。

「密室の謎を解決しようとするなら、朱央、美術部の事件を思い返してみればいい。あのとき、密室を作ったのは誰だった?」

「誰って…………」

 晴人と朱央が顔を合わせる。

「大空先輩でしょ。自分で入って鍵を閉めた後、クッキーの睡眠薬でぐっすり寝ちゃって」

「ならそれと同じことが起きたんだ」

「え? じゃあお姉ちゃんが自分で閉めたってこと?」

 その通り。

「順序が逆なんだよ。犯人はあらかじめ詰め所に侵入して火縄銃を置いておく。そしてそのまま退散したんだ。その後でやってきた朱里が詰め所に入り、自分で鍵を閉めた。これで密室が完成する。火縄銃を朱里は怪しんだかもしれないが、本来詰め所は委員の連中が出入りする場所だ。朱里は火縄銃が本物だとも思わなかっただろうし、誰かが玩具を持ち込んだか、それとも生徒から玩具を没収したか程度に思ったんだろう。しいて触る動機がない。そのままにしておくさ」

 そして朱里が死んだあと、時限装置が起動してバンっだ。

「それはおかしいだろ!」

 大声で紅助ががなり立てる。

「説明がこんがらがっているぞ! 犯人があらかじめ火縄銃を置いた? そのとき詰め所の鍵はどうするんだ! 結局密室が謎として残っているじゃないか!」

 ため息が出る。どうしてこいつはこんなに鈍いんだ。

「真犯人が鍵を持っていれば解決するだろ。そもそもこの事件、密室は副次的なものにすぎない。真犯人からすれば密室になろうとそうでなかろうと、朱央を犯人に仕立てるのには何の不都合もないからな」

 朱里が鍵を閉めるかどうかは五分五分だ。だからそこは実のところ、全然重要じゃない。今回はたまたま密室になったというだけのことで。

「犯人が火縄銃を用いることで俺たちに与えたイメージは四つ。銃声がした時間が犯行推定時刻であること、凶器は火縄銃であること、発砲は詰め所内であること、そして犯行時に犯人は詰め所内にいて、犯行後逃げたということ。この四つがイメージとして与えられたなら、すべては逆だ。この逆を行く人間こそが犯人なんだ」

 つまり、犯人は銃声が鳴ったときアリバイがあって。

 火縄銃以外の銃火器を扱えて。

 詰め所外から銃を撃ち込めて。

 現場には犯行推定時刻より前にしか行けなかったもの。

「そろそろ、観念しろよ。俺はさっきからお前のことしか喋ってないんだ」

 俺は、そいつを見た。

 そいつ。

 朝霧紅助を。

「物語上の必然ってやつだ。この場で犯人足りえるのは、お前しかいない」

「な………………」

 紅助は顔を赤くして立ち上がる。それを無視して、俺は話を進める。

「そもそも火縄銃はお前の持ち物なんだ。お前なら好きに使える。お前はあらかじめ風紀委員会の詰め所に行き、所定の場所に火縄銃を置いた。鍵なら朱里の持っているものを複製すればいい。朱央ならできると言ったのはお前だ。朱央にできるならお前にもできる。詰め所の鍵を手に入れれば、後は休日にでも火縄銃を置く位置を念入りに探せばいい」

 確か、土日は生徒会警察と風紀委員会が交代で詰めていたはずだ。つまり生徒会警察が学校にいて、風紀委員会がいないというタイミングはいくらでもある。

「お前はミス研の事件の後詰捜査があったが、その前なら風紀委員会の詰め所に行けた。そして銃声が鳴ったとき、お前には他の生徒会警察の連中と一緒にいて、しかも中等部校舎にいたというおあつらえ向きの状態だ」

「そうだ! 俺は中等部校舎にいたんだ! どうやって朱里を殺――――」

「狙撃すればいい」

 シンプルに、俺は答えた。

「何も銃は拳銃だけじゃないだろ。お前は捜査中、十分程度抜けて屋上に行く。そこから風紀委員会の詰め所にいる朱里を狙撃すればいい。十分は少し長いが、中等部校舎から高等部校舎にいる朱里を殺しに行って戻ってくるだけの時間はないから、アリバイ自体は問題なく担保される」

 中等部と高等部の距離は五百どころか三百ない。アサルトライフルですらやろうと思えば撃ち抜ける。スナイパーライフルならもっと楽だろう。

「これが火縄銃の効果のうち、実は一番大きいんだ。火縄銃が詰め所内で転がっているイメージのせいで、多くの人間は銃が詰め所内で発砲されたと思い込んでいる。だが実際は、詰め所の外から狙撃したってわけだ」

 火縄銃という、いかにも有効射程の短そうな銃なのも大きい。人々は無意識に、銃が遠くから狙えるものだという認識を失っていた。

「やり口は簡単だ。朱里に電話すればいい。ちょっと話したいことがあるから、風紀委員会の詰め所に来てくれ。そして朱里が着いたら窓を開けてくれてと頼む。窓を開けたところでズドンだ。窓を開けさせたのは、銃弾で窓を割ってしまうと外から狙撃したのがバレるからだな」

 講堂内が騒然とする。

「そもそもこの事件。動機論ホワイダニットから見れば犯人はお前か朱央かの二択なんだよ。朱里が死んで得をするのは朱央だけじゃなく、朱里に後継者の座を奪われかけていたお前もなんだからな。そこでお前は朱里を殺し、朱央に罪をなすりつけるという手に出た」

「証拠は!」

 紅助は俺の胸倉を掴んだ。些細な反撃だから無視した。

「今はない」

「今は?」

「そろそろ来ると思うんだが……」

 そう思っていると、客席から二人がこちらに向かってくるのが見えた。ひとりは夜雷で、もうひとりはマユミだ。夜雷は手にノートパソコンとスマホを、マユミはずぶ濡れの重そうなゴム袋を持っている。

 そのゴム袋を見て、紅助は青ざめて俺の手を離した。

「頼まれてたやつ、終わったよ」

 夜雷はパソコンを開いて見せた。

「これが朱里ちゃんのスマホにあった通話履歴。いやあ、あの子のスマホがこの学校のWi-Fiと繋がっててよかった。おかげで簡単にハッキングできたよ」

「は、ハッキングぅ?」

 驚いたように紅助が叫ぶ。まあ、まさか自分の見下していた理事がハードソフト問わない電気工学の天才だとは思わなかっただろうな。『疑似殺人授業』に必要なスタンガンからアプリまで開発したのこいつなんだが。

「これによると、ほうほう、最後の通話は紅助くんになっているねえ」

 にやりと、夜雷は口元を歪めて笑う。

「しかも通話時刻はちょうど昼頃と来ている。これは一体何なのか、釈明がいるんじゃないかなあ」

「ぐ…………」

 だが、通話記録だけなら言い逃れができるだろう。俺はマユミから袋を受け取って、中を開いた。

「重かった。なにこれ?」

「見てのお楽しみだ。しかしどこにあった?」

「お兄さんが言ってた通り、給水塔の中にあった」

「なるほど。時間通りに見つけてこれて偉いぞ」

「えへへー」

 マユミの頭を撫でてやってから、袋の中身を取り出す。

 それは明らかな、しかしどこか奇妙な形をしたスナイパーライフルだった。

「VSSヴィントレス。ふん、趣味はやはり悪くない」

 コッキングすると、弾がひとつ飛び出し、舞台の上に転がる。

「面白い形の銃だね」

「こいつの特徴は、この黒くて太い銃身なんだ。これが実は全部消音機になっている。この銃は銃声のしない銃として設計されていて、だから後付けで消音機を取り付けた銃より静音性が高い。それと……」

 転がった弾丸を拾う。

「この銃弾にも秘密がある。亜音速弾といって、音速よりも遅く飛ぶ弾だ」

「遅いと良いの?」

「もちろん。いいか。音っていうのは振動だ。そして物体を音速で飛ばすと衝撃波ソニックブームが発生する。それが轟音の原因になる。だから音を出さないために、あえて速度を落とした銃弾を使うケースがあるんだ。それがこれというわけだ」

「つまり、絶対に音のしない銃なんだね!」

「その理解でいい」

 この銃はおそらく、生徒会室のコレクションに並んでいたものだ。それを犯行に使うのであらかじめ隠しておいた。だから俺が生徒会室を訪れたとき、天井近くに空きスペースがあった。元々飾ってあったものを隠したから。

「七未人さん」

 藍子が立ち上がり、こちらに近づいてくる。

「指紋検査をしましょう。それで終わりにできます」

「できるのか?」

「ええ」

 眼鏡をくいっと押し上げてから、藍子は紅助を見た。

「実は指紋検査用の器具を導入していたんです。もちろん、あるとバレれば指紋など残さないでしょうから、持っていることはずっと秘密にしていました。本当の事件が起きたときのための切り札として、朝霧委員長が残してくれていたんです」

 その最後の一言が決め手となったのか。

 朝霧紅助はどかりと膝をついて。

 それから動かなくなった。

「ゲームオーバーだ。朝霧紅助」

 俺の宣言に、講堂は静まり返った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る