#4:さまよう死者

「お前は、一昨日の事件の被害者だった美術部の部長か」

どうもハロー。大空晴人だ。以後よろしく」

 晴人は自然な流れで俺の隣に座った。このピアス男、人間じゃない俺でも文句を言う暇がないくらい絶妙な動きをする。

「そしてこっちは同じ美術部の後輩、溝彫みぞほりやいばだ。彼が噂の『さまよう死者』ってわけ」

 溝彫は気弱そうにぺこりとお辞儀をしてから、朱央の隣に座った。

「こんなところで会うとは奇遇だね。しかし俺は編入生を探していたんだ。是非お礼が言いたくてね」

「お前に礼を言われる筋合いはない」

「そうつれないことを言うなよ。編入生が事件を解決したんだろう? おかげで俺は『さまよう死者』にならずに済んだんだぜ。礼ならいくらでもするさ」

「だったらさっきから言っている『さまよう死者』とやらについて説明しろ。さっぱり分からんぞ」

分かった分かったオーキードーキー

 妙にまとっている空気の軽い男だ。

「まず第一に、この水仙坂学園では首輪がなければ様々なサービスが受けられない。その点は理解してるよな?」

「ああ」

 さっきちょうど、朱央から聞いたからな。

「裏返せば、これらは俺たちが首輪を身に着け、『疑似殺人授業』の被害者となることを決定させるためのシステムだ。学校で満足に生活をしたければ首輪をつけないといけねえ。だが首輪をつければ被害者になっちまうという寸法だ」

 あくまで『疑似殺人授業』において殺人と認定されるのは、首輪のスタンガンが起動した場合のみだから、まあそうなるよな。

「そしてここからが大事なんだが、この首輪は剥奪される場合がある」

「剥奪?」

 つまり条件次第で没収されるというわけか。

「そうとも。具体的には事件の被害者となり、その事件が未解決になった場合。それから容疑者と間違われ多数決で糾弾された場合。この二つの条件のどちらかを満たしてしまった場合、首輪は剥奪される」

 そうか。だから一昨日の事件で、俺が容疑者として糾弾されることが、犯人に間違われると「いろいろ不味い」と朱央は言っていたのか。

「容疑者と間違われた場合はともかく、事件の被害者となった場合死んだってことになるだろ? だから『さまよう死者』なんて呼ばれているんだ」

「一応単なるペナルティってわけじゃなくて……」

 横合いから朱央が補足する。

「一度被害者になった人が連続して狙われると不公平でしょ? そういうのを防ぐために首輪を取り上げてるって叔父さんが。ほら、首輪がなくなれば被害者にはならないから」

「だが要するにペナルティだろ。さっき言った条件が象徴的だ」

 首輪を剥奪される条件に『疑似殺人授業』に基づく殺人の実行の失敗をカウントしなかったのが分かりやすい。つまり一昨日の布張のような場合、彼女は首輪を剥奪されない。殺人を行って失敗した場合に剥奪してしまうと、そのリスクを恐れて殺人を行わないという選択肢が生まれやすくなる。そこで殺人実行時のリスクを取っ払っているわけだ。理事長の馬鹿は『疑似殺人授業』を盛んに行わせるために、そういう対応を取っているのだ。

「ちなみに」

 カレーをすくいながら、晴人が付け足す。

「剥奪されるのは首輪だけじゃなくナイフ型スタンガンもだ。つまり『さまよう死者』は根本的に『疑似殺人授業』から締め出される」

 ナイフに個人が登録されており、それが首輪と連動する仕組みである以上そうなるのか。ナイフの貸し借りもできないしな。

 だから小太りの男子生徒――溝彫は一昨日の事件で容疑者としての嫌疑をいの一番に解かれていたわけだ。藍子が言っていた、ルール上犯人にならないとはそういうことだったのか。

 ………………ちょっと待て。

「そこの溝彫も『さまよう死者』だって話だろ。で、首輪がないと食堂は利用できない。なのになんでこいつはここで呑気にカレーなんて食ってるんだ?」

「ああ、それはな」

 スプーンを置いて、水の入ったグラスを手にしながら晴人が言う。

「俺が単にこいつの代わりに食券を買ってやっただけぜ。首輪がないと使えないのはあくまで券売機だけだからな。誰かが肩代わりすれば案外普通に暮らせるんだよ」

 ふうん。そんなもんか。

「大空部長には感謝しているんです」

 ぽつりと溝彫は呟く。

「この学校だと、一種のスクールカーストみたいになっていて、『さまよう死者』は白い目で見られることが多くて。でも大空部長みたいに、『さまよう死者』にもちゃんと接してくれる人はいるんです」

 スクールカースト、ねえ。

「所詮人間同士の差なんてどんぐりの背比べなのにな。どうしてそんなに差異ちがいにこだわるんだか」

「そんなもんだよ」

 朱央が呟く。

「うちの学校、それなりに裕福な家庭の子たちが通っているから自己責任主義っていうのかな、そういうのが強いんだよ。『疑似殺人授業』の被害者になったのは警戒心の足りない自分のせい、容疑者に疑われたのは怪しい行動した自分のせいって感じで」

「自己責任か。人間の人生が人間個人だけで決定されると思い込む単純な傲慢だな。人間の人生を方向付ける要因ファクターは無数にあるというのに」

 あるいは新自由主義ネオリベラリズムの産物か。国を挙げて貧困を自己責任だのなんだの言い募って、マスメディアもそれに乗っかっているからな。そういう空気をここの生徒たちも機敏に感じて内面化しているんだろう。そもそも、そういう政府への無批判的姿勢が『学内自治法』なんて整合性の欠片もない法律を生み出しているわけだが。

 朝霧赤次郎の言い分を肯定するつもりもないが、この国の人間どもは自分の環境を作り出す政治というものに無頓着すぎる。俺は人間じゃないからどうでもいいが、この国で暮らす連中は人間だろうに、どうしたらそんなに無関心でいられる? 無関心だから政治の力を無視して自己責任主義に陥るのか、自己責任主義がはびこるから無関心なのか……。

「そういう自己責任主義がはびこるってことは、『さまよう死者』から復活する方法もあるんじゃないのか? 復活する方法があるからこそ『いつまでも復活せずにうだうだしているやつ』というレッテルを貼られて白眼視されるんだろう」

「ご名答」

 晴人は苦笑する。

「あるにはある。その方法はたったひとつ、『さまよう死者』が学校に与えた損失をあがなうことだ」

「損失?」

「一億円だ。学校が真犯人に報酬として支払う一億円。それと同額を学校に納めれば復活できる」

 それは無理な話だな。いくら裕福な家庭の出でも、一億は払えない。

「もちろんそんなことはできないから、一度『さまよう死者』になれば永遠にさまようってわけ。『疑似殺人授業』は中等部から適用されるから、もし中等部一年生の時点で『さまよう死者』になれば、以後六年間見下されながらの生活になる。中には『さまよう死者』になったことが原因で転校したやつもいるくらいだ」

 そりゃそうだろう。単純に見下される云々は置いても、水仙坂は私学なのだからそれなりの学費を取る。それなのに首輪を失えば払った学費に見合うサービスを受けられなくなるのだからな。この辺りの機微を理事長は分からないわけがないだろうが……いや、こんなとんちきな教育プログラムを考えてしまうくらいだから、案外分からなかったのかもな。

 ……『疑似殺人授業』をある種の推理ゲームとみなすのなら、もちろん、ゲームオーバーは必要だ。それは理解できる。問題は、だから教育プログラムがゲームになっているところだ。

 人間の人生はゲームじゃない。だから通常、ゲームオーバーは必要ないし、そもそも他人にゲームオーバーを突きつけられるいわれはない。人間の分際で、どうして他人の人生がゲームオーバーだと言えるのか。

「ところで、編入生は今日が編入初日だったな」

 話はうって変わる。

「それがどうかしたのか?」

「いや、部活はどうする気だと思ったんだ。水仙坂うちは部活の加入が強制じゃないが、さすがに初等部から高等部まであるだけあって部活の数も多いぞ」

「興味はないな」

 また部活の話か。こいつら編入生の俺にする話がふたつ目には部活なの、どうにかならんのか。朱里や紅助は部活の話が風紀委員会や生徒会警察に変わっただけだし。俺を勧誘しなかったのは藍子くらいのもんだ。

「もし悩んでいるなら美術部に来いよ。歓迎するぜ」

「駄目ですよ先輩!」

 朱央が横から口を挟む。

「ひーくんはキュー部に入るんです」

 キュー部? 何だっけそれ。

「そんな得体の知れない部活には入らない。なんだキュー部って。ルービックキュー部の略か?」

「違うよ! 一昨日説明したじゃん。恋のキューピット部」

「ああ」

 あのはた迷惑な部活か。そういえばキュー部とか略していたな。

「入らないぞ」

「ええっ!」

「なに入るのが当然だったのにみたいな反応してやがる」

「じゃあ」

 と、ここで溝彫が聞いてくる。

「編入生の先輩は何か興味のあることはないんですか。美術には興味ないんですか?」

「ないな。そもそも美術など、人間が適当に絵の具で色を付けたものを自分勝手に品評するだけの世界だ。俺に人間の価値観はそぐわない」

「えっとね溝彫くん。ひーくんは昔から絵を描くのがすごく下手だから美術部は無理だって言ってるの」

「勝手に翻訳するな!」

「見た子どもたちが全員ギャン泣きする地獄からの使者みたいな絵を描いてたのは事実でしょうが!」

「昔の話だ」

「それ、たぶん現在進行形の人が言う台詞だよ」

 そんなに酷かったか。昔は俺も自分を人間だと思っていたが、その頃から人ならざる気質がちょこちょこ現れていたようだな。

「ともかく、そもそも俺は人間の活動に興味がない。そうだな、しいて人間が作ったものの中で褒められるものを挙げるとすれば、推理小説とラーメン、あとは眼鏡くらいのもんだ」

「先輩、眼鏡フェチなんですか」

 なんでそうなる。

「違う。自分が恩恵を受けている道具はさすがの俺も評価せざるを得ないという話だ」

 自分が眼鏡を掛けているのに評価しないなんて馬鹿なことがあるか。

「へえ、推理小説が好きなのか」

 晴人が俺の言葉に反応した。

「だったらミステリ研究部はどうかな? 俺のクラスメイトが部長をしているんだ」

「ミス研か…………」

 そいつは少しだけ興味がある。この学校にそんなものがあるとはな。

「その部活が持っている蔵書次第では考えてやらんこともない」

 元が養護施設育ちだから、自前の本はそう多く持っていないのだ。ここの図書室がどの程度の大きさかまだ見ていないが、推理小説を中心に収集している所があるなら利用するに越したことがない。

「そういえば」

 何かを思い出したように、晴人が付け足す。

「あいつ――ミス研の部長なんだが、何か困ったことに巻き込まれているっぽいんだよな」

「……困ったこと?」

 まさか、また事件だとか言うんじゃないだろうな。

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