3.どうにも気に入らない
「ああ、あの神官のおっさんならよく憶えてるな」
故売屋のギルはいつも
「なんか気持ち悪いおっさんだったな。妙にニヤニヤしてよ」
「誰か別の奴から紹介されてきたのか?」
おれの質問にギルは首を捻った。
「それはわかんねえな。いつも仕事を受ける店で、故売屋のギルってのはあんたか、って声をかけられたんだ。ギルドの符丁も間違いなかったし……まあ誰かの顧客なのかとは思ったがね」
「そうか……」
――するとドーソンは、教会内で盗賊ギルドに繋がりを持った人間から、話を聞いてギルに接触したのだろうか? だとすれば、やはりドーソンは父である枢機卿を裏切り、大司教マーカスの一派に与していたのだろうか。
「で、
「ああ、ありがとな」
おれはそう言ってギルに酒を一杯奢り、その場を離れた。
時刻は深夜に近づき、遊戯窟の中はより一層混沌としてきている。人の欲望が欲望を呼び、渦巻く悪徳の奔流に、流されず立っているのがやっと、という感じだ。この場所は嫌いじゃないが、呑み込まれたら一気に流されてしまいそうでもある。あまり長時間いたくはない――が、一方でここは安全でもあるのだ。なにしろ盗賊ギルドのお膝元なのだから、ここで人を襲おうというやつはそうはいない。
おれは酒場のカウンターに座っている娼婦に声をかけた。
「……いくらだい?」
「あら、かわいい顔のお兄さんね」
銀色のアイラインを引いた女が、肩に置いたおれの手に自分の手を重ねる。わずかに尖った耳と黒い肌――
「あんたならおまけしちゃうわ。ね、座ってよ」
おれは
「ね、クスリはいる?」
「……やめとくよ。それと」
おれは女を引きはがし、懐から銀貨をいくつか取り出して握らせた。
「……なに?」
「金は余分に払うから、出ててもらえるか?」
「失礼しちゃうわね、あたしを買うつもりじゃなかったってこと?」
「それについては謝る。とにかくひとりにして欲しいんだ」
「ふうん……」
女はしばらくふてくされたような顔をしていたが、突如としてニカッと笑った。
「いいよ。その代わり、あとでちゃんと相手してよね。あんた、私の好みなんだ」
そう言って女はもう一度おれに抱き着き、首筋を強く吸ってから部屋を出て行った。
「ふう……」
商売女は好きじゃないが、まあ好みと言われて悪い気はしない――いや、今はそんな場合じゃない。おれは扉に近づいて、鍵がかかっていることを確かめる。念のため、
「さて、と」
おれは持っていた鞄から一冊の本を取り出す――魔王の城で手に入れた
おれは鞄からさらにいくつかの器具を取り出す。魔力に対する解像度を上げるための
そしておれは
「……いや、わかんねえなこれ」
数十分後、おれは絶望していた。だいたい、「なにか」ってなんだ。普通の
おれは四苦八苦しながら、
魔獣と話す混沌言語は、直接理解しようとすると、そもそもの感性が人間と異なるため、言語として把握することができないのだという。それと似たようなものだ。人間があとから理解したりすることを全く想定していない
徐々に、徐々に――全体像が見えてきて、おれはまたも舌を巻いた。魔術の基本は、精霊界から混沌の魔力を引き出し、それを秩序立てて力の方向付けを行い、物質界に顕現させる――
「うーん……」
解析を始めてからだいたい1時間半。依然としてまったく理解できない箇所もたくさんあるが、それでもざっくりとしたところはわかった。いずれにしろ、機能の大半は
「……気に入らないな」
ひとつ、おかしなものを見つけておれは舌打ちをした。その他の機能から独立した権限が、呪文の奥底に紛れていたのだ。他の機能は、いくつかのカテゴリにまとめることができ、相互に依存関係を作っている。しかし、この部分だけは他の機能に依らず、完全に独立している。入り口も違うので、普通のやり方では使用することもできないだろう。直接、この機能を叩くしかやりようがない。
その機能の用途はわからない。権限だけが
「……あとは
大聖堂の奥底に秘匿される、
「やめだ、やめ」
おれは
(これから、どうするか)
おれは天井を見ながら考えた。明日になったら、ゴブリン・キックに行ってエルロイやルーネットと会う。大司教マーカスの話はルーネットから聞けるだろう。大魔王の依り代だったクィゼロス・アングルムの情報はエルロイが探っているはずだ。
真実に近づいている実感はあった。あいつらと一緒なら、きっとやり遂げられるだろう――そこまで考えて、おれは思考を止めた。それはどうにも気に入らない考えだった。
だいたい、大魔王を誰が殺そうがおれに関係あるか。この依頼をやり遂げたとして、いったい何になる? パルゼイ家からの報酬は破格だし、貴族家につながりもできるし、聖典教会の枢機卿に恩が売れる。なんなら盗賊ギルドのフーヴァーにも少し大きい顔ができる。ただそれだけだ。ちくしょう、いいことづくめじゃないか――まったく、気に入らない。なんでおれがそんな、世のため人のためみたいなことをしなきゃならないんだ。おれは自分の魔術の技を使い、日銭を稼いでだらだら暮らせればそれでいいってのに。
「……真実は歴史にとって、大きな武器となる、か」
天井に向かっておれは呟き、そのまま目を閉じて眠りに落ちた。
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