5.襲撃

「しかし、あんまり収穫はなかったな」



 馬車の中でおれはそう呟く。この辺りの街道は魔獣の被害が大きかったらしいが、かなり復旧していて2頭立ての馬車がよく走る。これも、グスマン公爵の尽力によるものだろう。


 グスマンは貴族としてはかなり上等な部類だ。貴族の中には領民のことなどそっちのけで贅沢に明け暮れたり、遊び半分で領民を拷問するような者さえいるのだから。

いくら世襲の地位だとはいえ、さすがに公爵として王国の中で勢力を保つには民の支持も必要だということだろう。もっとも、それは同時にグスマンが侮れない曲者だということも示している。



「そうですか? なかなかの成果だったと思いますよ」



 エルロイが応じた。



「グスマン公爵は勇者が大魔王を倒したことに疑いは持っていない。バルグリフを殺したのも無関係と言っている。少なくとも表向きは」



 おれは指を折りながら情報を整理する。



「その息子ザルウィンは一時期、勇者のパーティにいたが離脱し、公爵の元で支援に回った、と……これくらいか」


「それと、グスマンがエロ親父だっていうこともだ」



 ルーネットが横から付け足し、おれはそれも指を折った。それを見たエルロイは金髪を揺らして笑い、言う。



「もうひとつありますよ。グスマン公爵は上帝神族アルコンと繋がりを持ってはいない」



 おれは驚いてエルロイに問い返す。



「なんでそんなことがわかるのさ?」


「わかりませんでしたか? 血の巡りの悪い人だ」


「おれの健康はどうでもいいから早く言えよ」



 エルロイは笑い、語り出す。



「ザルウィン・グスマン殿下の職能ジョブを見たのでしょう?」


「ああ、君主ロードだった」



 貴族としては一般的な職能ジョブだ。守護神は秩序の神ライフェル。もっとも、貴族の中にも学者スカラーであったり戦士ファイターであったり魔術師ウィザードであったり、他の職能ジョブとして洗礼を受けている者も多い。



「勇者の仲間だった時はどうかわかりませんが……少なくとも、彼が父の跡を継ぐと決めたのなら、職能ジョブも同じものを継ぐはずでしょう?」


「必然的に、グスマンも君主ロードだってことか。それがどうしたってのさ?」



 それは別に意外なことでもなんでもない。しかし、エルロイは指を立てて舌を鳴らす。



「忘れましたか? 上帝神族アルコンは支配者になれない」


「……あ」


「これは、人間の支配者に関わることがないことも意味します。パルゼイ家のように政治や権力と距離を置いているなら別ですが……少なくとも君主ロード職能ジョブを持つ者は上帝神族アルコンと契約はできないでしょう」



 そこで、ルーネットが身を乗り出した。



「古い民話や伝承にも、貧しい男が魔神と契約するものが少なくない。そのうちのいくつかは、男が権力を望み、王となった途端に魔神がいなくなり、破滅に向かうという説話的なものだ」


「なるほど、つまり権力者であるグスマンと上帝神族アルコンは契約しないってわけだ」


「もしグスマンが徹底して無私の人であったならわからなかったんですけど。ただまあ、世襲の支配階層を引き継いでいる者と契約する上帝神族アルコンはいないはずだ」



 おれはため息をついた。あのバケモノ女の裏にグスマンがいるという線はなくなった。しかし――



「……振り出しに戻っただけだな」


「それでいいんです。これを繰り返せば必ず真実に辿り着きますから」



 馬車の行く先にダルトサイドの街が見えてきた。周囲が薄暗くなり始めたが、夜には着きそうだ。少し遅くなってしまったが――



「…………ッ!!」



 不意に、馬車ががたん、と大きく揺れた。おれたちは固い椅子の上に放り出されて身体のあちこちを打つ。



「おい、どうした!?」



 ルーネットが御者に向かって叫んだ。おれは慌てて外の様子を確認する。馬が後ろ脚立ちになって暴れていた。その腹には、火のついた矢が刺さっている――



「……まずい! 出ろ!」



 おれは叫び、馬車から転がり出る。エルロイとルーネットも続いて飛び出したところで、馬車に矢が刺さって火がついた。



「襲撃か!」



 おれは身構え、周囲の魔力を探る――5人。いずれも強いものではないが――



「ルーネットさん! 射手は木の上だ!」



 叫んだ声に応じ、近くに立っていた木に向かってルーネットが魔法を放つ。



衝波インパルス!」



 空気の波が木を打ち、大きく枝が揺れる――と、その枝から人影が落下した。殺傷力の低い衝撃波を放つ魔法だが、射手を抑えるにはあれで充分。さすが、いい判断だ。


 他の魔力源が視界に現れた。手に斧や棍棒を持った男たち――いずれも粗末な服を着た農夫のような者たちだった。



「ウオオオオッ!!」



 そのうちのひとりが、おれに向かって襲い掛かる。舐めるなよ、対人戦なら――おれはいつものように、行動感知センス・インテンションで動きを読もうとする、が――



「……陳腐な不運だバナラック……!」



 身体を流れる魔力を見て、相手の意図する行動を察知する――その魔力の流れが、まったく見えない。こいつ、



「んぐっ!」



 斧で襲い掛かってきた男の攻撃を、ほうほうの体で地面に転がってかわす。そのままごろごろと距離を取り、おれは立ち上がって逃げの体制に入った。



「エルロイ、ルーネットさん、ごめん! おれは今回役に立たないわ!」



 行動感知センス・インテンションが通じなければ、おれの戦闘力は一般人以下だ。破壊魔法も使えないし、この相手は魔法も使って来ないらしい。ならばここはせいぜい生き残るために努力するしかない。



「……まったく、世話の焼ける!」



 ルーネットが剣を抜き、おれに襲い掛かった男の斧を叩き落とした。返す刀で、背後に追いすがる男の手元を斬り裂き、棍棒を取り落とさせる。



「プロの刺客じゃないな。なんだこいつら!?」


「魔法で誰かに操られてるんだ。たぶん、そこいらの農夫だよ」


「……殺すわけにいかないってことか」



 そう言うとルーネットは長剣ロングソードを身体の前で低く構え、逆の手を添えた。



「ウガアアアアッ!」



 棍棒を落とされた男が、そのまま覆いかぶさるようにして襲い掛かる!



「……はァッ!」



 ルーネットは構えた剣の柄で男の顎を殴りつける。そしてその反動を使い――



「せりゃぁっ!」



 逆から襲い掛かる別の男に、蹴りを繰り出す。ルーネットの履く分厚いブーツが、男の顎を正確に捉えた。



「……お見事」



 崩れ落ちる農夫の中に、立って油断なく構えを崩さないルーネット。この女騎士をあんまりからかわないようにしよう――と心に誓いつつ、おれはエルロイの方を見る。



「……黒流弾ブラック・バウンド



 男2人に対峙したエルロイの掌から、黒い弾丸が複数、曲線の軌道を描いて男たちに突き刺さる。その黒い光に打たれた男たちは、身体の力が抜けたように崩れ落ちた。



「ふう……助かった」



 いくらエルロイが上帝神族アルコンとして強大な力を持っていても、おれとエルロイだけだったら危なかったかもしれない――少なくともおれは。枢機卿が護衛をつけた判断は正しかったわけだ。



「……あとは頼みますよ、魔術破りの鼠ラット・ザ・クラッカー。ここから先は得意分野でしょう?」


「はいはい、わかってるよ」



 おれは倒れた男の額に手を当て、魔力の解析を試みる。恐らく、原理はグスマンの城でルーネットに施した擬験シムスティムと似たようなものだ。こちらはより強力に人の意識を支配することになるから、なにか媒介があるはず――



「……あった」



 首の後ろに魔力の源がある。ひっくり返してみれば、小さな傷跡が出来ていた。恐らく、この中に――



「……解析ハック



 やはり、小さな魔晶石を打ち込まれていた。おれは魔力の構造ストラクチャを辿り、かけられた魔術を紐解き、魔術解除ディスペルを施していく。



「……よし、あとは医者の仕事だ」



 5人全員に魔術解除ディスペルを施し、おれは息をついた。強力な魔術だったが、命に別状はないだろう。



「運ばなくていいか?」


「グスマンの手勢に尋問されても面倒だろ。放っておこう」



 おれたちは馬車のところに戻る。馬は手綱を振り切って逃げてしまったようだ。残された馬車には火がついて燃え盛り――その傍らに、御者の遺体があった。



「……間に合わなかったんだ。私の落ち度だ」



 首に刺さった矢を抜きながら、ルーネットが唇を噛む。



「悪いのはあんたじゃない。襲ってきたやつだ」



 ルーネットは頷き、呟く。



「……大魔王は倒されたというのに、まだ人が死ぬのだな」



 エルロイがルーネットの肩に手を置いた。いつになく真剣な表情だ。


 おれは倒れている農夫たちの身体を検めたが、ほとんど手ぶらだった。魔晶石を首筋に打ち込まれている以外には、不審な点はない、



上帝神族アルコンの仕業? いや……)



 先ほどの魔晶石――ある「目的」を遂行するようにあらかじめ構築プログラムした魔術を打ち込むことで、一般市民を刺客に仕立て上げる。5人を同時に操るなど離れ業のようにも見えるが、術者が直接操っているわけではないので魔力自体は大して必要ない。それに、こんな緻密な魔術を上帝神族アルコンが使うと考えるのはどうも座りが悪かった。魔紋もしっかりと偽装されている。



「……戦う相手が多すぎるな、と……」



 おれは立ち上がり、エルロイとルーネットと共にダルトサイドへと歩いて向かった。


 * * *


「それにしても、この辺りにまで刺客が襲ってくるとはね」



 ようやくたどり着いたダルトサイドで、見つけた宿屋インの食事を頬張りながら、おれたちは善後策を相談する。



「まあ、今回の襲撃も本気で命を取りに来てはいなかったと思いますが。農夫を刺客に仕立てるようなやり方は脅しのためでしょう」


「御者は死んだんだ。殺しても構わないとは思ってるだろ」



 エルロイはおれの反論を否定せず、黙ってジョッキを傾けた。その横でルーネットは拳を握りしめる。



「……聖典教会の持ち物である馬車を失い、御者まで命を落とさせてしまうとは……」



 ルーネットはジョッキを煽り、テーブルに叩きつけた。



「しかも無関係な民まで巻き込んで! お前たちは一体、なにに狙われているというんだ!?」


「……可能性として挙げられるのは、グスマン公爵か、あのバケモノ女か……」



 上帝神族アルコンの術としては違和感があったが、それでもその可能性がないわけじゃない。一方で、表では好色な面を見せていたグスマンが、裏でその相手であるルーネットも丸ごと抹殺を謀る――これもない話じゃない。



「あとは、グスマン公爵に忖度して取り入ろうとする貴族、とかか」


「他にも可能性はありますよ。聖典教会とかね」


「教会が!? 私もいるのだぞ!?」



 噛みつくルーネットにエルロイは「まあ落ち着いて」となだめる。



「しかし、ない話じゃないだろう? 聖典教会だって一枚岩じゃないはずだ」


「それは……」



 ルーネットは黙り込んでしまった。おれはチーズを口に放り込んでエールのジョッキを煽る。



「それにしても、こうなって来ると動きづらいな」



 なにしろ、襲われるのはこれで三度目だ。王都を離れていればそう襲われはしないと思ってはいたが、どうも甘かったらしい。



「足も失いましたねぇ。王都へ帰るのも大変だし、周辺を調べてまわるのも徒歩では限界があります」


「バルグリフが組織したっていう大陸義勇軍にも接触したいところだったが……」



 それを聞き、ルーネットはまたため息をついた。彼女のジョッキに酒を注ぎつつ、おれはエルロイに訊く。



「なにかいい案はないの、名探偵?」


「こういう世俗的な知恵はあなたの方が長けているでしょう、魔術破りの鼠ラット・ザ・クラッカー


「……間を取って聖典騎士様、どう?」


「私は落ち込んでいるんだ。軽口を叩く余裕はない」



 ――やいのやいのと話しているところへ、聞き覚えのある声が降って来た。



「あら、あなた方は……」



 振り向いてみると、そこには灰色の髪を背中に束ねた背の高い女が立っていた。



「アイジー殿か。こんな時間にこんなところでなにを?」



 ルーネットが応じる。ダルトサイドの南の外れで教会を営む司祭アイジー――相変わらず、泥で汚れた司祭服のまま、彼女は酒場のテーブルをかき分け、こちらへと歩いて来た。



「司祭アイジー殿? どうしてこんなところへ?」


「うちで作ったぶどう酒をこの宿の酒場で出してくれていまして。それでたまに顔を出すんです」



 ルーネットの問いかけに、アイジーはニコニコと笑いながら答えた。それにしても、その格好のまま来ることはないだろうに、とおれは思う。



「酒場に顔を出す司祭ってのも不思議だね」


「そうでもありませんよ。教区の司祭は地元の繋がりが命ですから。領主様から泥棒まで、広くつき合いがあるものです」



 アイジーはそう言って、またニコニコと笑う。なるほど、確かに迷宮団地城ダンジョン・マンションの酒場に現れる聖職者や、盗賊ギルドヤクザから金を借りて偉いことになる神官なんかも話には聞いたことがある。



「……ところで、なにかお困りのようでしたけど」



 アイジーは不意に、笑顔を消して言った。



「ああ、ちょっといろいろあって……」



 おれが言葉を濁していると、横からエルロイが言う。



「刺客に襲われましてね。魔術で操られた農夫に襲われ、御者も犠牲になってしまいました」


「まあ、なんてこと……それはお困りでしょう」



 アイジーはそれを聞いて、少し考える仕草を見せた。



「教会を訪れる信徒の方の中に、うまやをやっている方がいます。その方から馬を借りれないか、話をしてみましょうか」


「え……?」



 アイジーの申し出に、ルーネットは意外な顔をする。



「それは助かるが……よいのですか?」


「全ては聖典の導きです」



 アイジーはそう言って眉をハの字にする。



「それに……勇者バルグリフ様になにがあったのか、私も知りたいですから」

 

「……お言葉に甘えさせてもらいましょう、ラッド」



 エルロイが言った。



「馬が借りれるならちょうどいい。行くべきところがあります」


「……なに?」



 おれの不審な視線を受けたエルロイは金髪を揺らし、おれたちにだけ聞こえる声で囁いた。



を見ないことには謎は解けないでしょう? 魔王が倒された場所……魔王城ですよ」

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