4.公爵様の放蕩息子
「いや、お待たせしてすまんかったなぁ。ようこそ、
城の中にいくつもある広間の一室、城の角にあたる部屋にグスマンは現れた。公爵というからどんなにでっぷりと太った男が現れるかと思ったが、引き締まった身体に背が高く、堂々たる体躯の偉丈夫だ。ニコニコと微笑を浮かべ、訛りが強く軽い口調で語り掛けるが、その目線は鋭い。
グスマンはルーフィことルーネットに椅子を薦め、自らも座る。
「いやあ、まさか聖典騎士の方がおいではるとは思わなんだねぇ」
「…………」
ルーネットは「ここから先は任せる」と言って黙ってしまっていた。おれはルーネットの身体を通じ、グスマンの話にじっと耳を傾ける。
「ほな、御用をお伺いしよかい。わしに協力したいというけども……さて」
単刀直入に来た。どう応じようかと考えていると、後ろからエルロイが口を挟む。
「目的を忘れずに、ラッド。僕らの目的は飽くまで、勇者の情報を集めることです」
おれは頷き、ルーネットの口を借りて話す。
「……閣下が勇者バルグリフ様を支援し、大魔王ゼロスの討伐に貢献したことについて、まずは民のひとりとして感謝の気持ちを述べさせていただきます」
「そんな丁寧な言葉も言えるんですねぇ」
後ろからエルロイが茶々を入れるのに、「黙ってろ」と目線を返しておれは続ける。
「しかし聖典教会は、閣下のこの行いに対し、疑いを投げかける声明を出しました。教皇猊下を尊ぶ気持ちに変わりはありませんが、大魔王亡き後の大事なこの時期に、いたずらに国の分断を煽ったことを憂慮し、閣下に会おうと決めたのです」
「ふんふん、なるほどやねぇ」
グスマンは揉み手をしながらこちらの言葉にうなずき、応じる。
「あんたはどう思うの? バルグリフが大魔王を殺していないっていう話について」
「え……」
いきなり来た。ここは当たり障りなく言っておきたい。
「……バルグリフ様でなければ、一体誰が大魔王を倒したというのでしょう? 事実、魔王の城へと向かい、帰って来たのはバルグリフ様だけですし……」
「うん、うん、そやねぇ」
グスマンはニコニコと頷いている。おれはさらに言葉を継いでみる。
「閣下のご子息も勇者の
「ああ、そのことか。うん、まあその通りやな」
「……ぜひご子息様にもお会いしたいのですが」
おれが(偽名ルーフィことルーネットが……ややこしいな)言うとグスマンは少し変な顔をした。今のは少し強引だったか。
「城の離れにおる。訪ねていったらええ」
そう言ってグスマンは立ち上がる。
「それよりも……あんたがこちらに、なにを提供してくれるのかってことを聞かせてくれんかなぁ?」
「……それは……」
ルーネットがこちらに「なんとかしろ」と意識を向けているのを感じる。おれは慎重に言葉を選ぶ。
「聖典教会は真の勇者を探し出して、公爵閣下をけん制しようとしています。公爵閣下が聖典騎士団に影響力を及ぼそうとしている、と見ているからです」
これくらいいは言ってもいいだろう。おれはさらに言葉を継ぐ。
「しかし、聖典騎士のすべてが閣下を嫌っているわけではありません。むしろ、奉仕よりも政治に明け暮れる教会中枢より、閣下のような高潔な方に掌握してもらう方がいいと考える私のような者もいることを、知って欲しく……」
「ありがたいことだねぇ」
そう言って、グスマンはルーネットが座る二人掛けの
「それで、えっと……私がそうした者たちの連絡役になるということも可能で……その……」
「あんたのような美しい人が言うことを、わしが疑うはずなかろ?」
そう言ってグスマンはルーネットの手を握ってきた。うーん、
「ちょ、ちょっと……!?」
これはルーネットの自らの反応。
「なに、心配はいらんよ。わしに任せておけば悪いようにはせんからな」
そう言いながら迫って来るグスマンの顔。髪はきれいに撫でつけられてはいるが、さすがに肌には脂が浮き、くすみやあばたも目立つ。
「や、やめろ!」
ルーネットがたまらず立ち上がってしまった。あちゃあ、とは思うがこれは責められない。だが、なんとかこの場を取り繕わないと――
「……申し訳ありません、閣下……その、心の準備が……」
おれはルーネットの口を借り、言う。
「私は信仰と戦いに身を捧げた騎士で……その、殿方にそのような想いを寄せられるもあまりなくて……」
(あわせろよ、女騎士さん!)
おれは念じながらさらに言葉を継ぐ。
「……公爵閣下のような方からそのように想われるような女では……」
「そんなことはない、そなたは美しい人だ」
公爵閣下が乗って来た。立ち上がり、ルーネットの肩に手を回す。よしよし、いいぞ。
「……ずるいです。そんなこと言われたら……でも……」
おれが言うのにあわせ、ルーネットがグスマンの手を自分の手で取り、肩から離す。おお、やるじゃん。
「今日の私は聖典騎士です。鎧を着たままではお茶もできません……また、食事にでもお誘いください。鎧を脱いで伺いますから」
「ああ、ああ、もちろんだとも」
グスマンの顔がだらしなく歪んだ――落ちたな。俺は舌を湿らせ、ルーネットに次のセリフを言わせる。
「でも……バルグリフ様のお仲間にも美しい方がいました。その方にも同じことをされたんじゃ……」
「なにを言うんや。あのペイリーという
「ふふ、嘘でも嬉しいです」
グスマンはニタニタと笑い、調子に乗って言う。
「それに、
「……ダチ?」
「ああ、そうや。バルグリフとは目的を同じくした
グスマンは頷いて元の椅子に座り直す。
「……わしはなによりもこの大陸の平和を願っとる。領民を守ることが貴族の務めやからな。バルグリフとは同じ方向を向いとった」
その顔は先ほどの好色な親父の顔から一転して、公爵の顔になっていた。
「
「……その通りです」
おれは相槌を打ちながら、慎重に言葉を選ぶ。
「聖典教会は、この一件に公爵閣下が関わっていることを疑っています」
これは嘘だったが、まったくの嘘というわけでもない。少なくとも、そういうことがあってもおかしくない、とは思っているだろう。そしてグスマン側にとっても、別に新しい情報ではないはず――ここまでは言ってもいいだろう。
予想通り、グスマンはその話を鼻で笑う。
「まあそうだろうのう。だが、あり得んこっちゃ」
「ええ、私もそう思います」
これも嘘ではない。なにしろおれは
「極端に言えば、大魔王を倒したのがバルグリフでなくとも構わんのや。が、ヤツ以外に倒せた者がいたとも思わん」
ルーネットは頷き、おれは彼女の口を借りて告げる。
「……私はあちこちの街道で活動しておりますが、なにかあれば王都の『ゴブリン・キック』という店でラッドという男に言づけてください。それで私に話が通りますから」
「それはお前のいい人なんか?」
「まさか、昔ケチな悪さを見逃してやったことがあるだけです」
ルーネットは一礼して公爵の前を辞した。
* * *
「……父が迷惑をかけたようだ。代わりにもならぬが謝罪させてもらう」
城の離れの館、その裏手でザルウィン・グスマンは剣を振っていた。ルーネットが現れて「お父上からここだと伺って」と告げると、開口一番「変なことをされなかったか?」と来たのだ。
「いえ、まあそれは……」
うまく利用してやった、などとは言えない。ともあれ、ここはルーネットに任せても大丈夫そうだ。
貴人に対して
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ザルウィン・ハイルリック・グスマン
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「私がバルグリフ殿の
勇者と行動を共にしていた時のことをルーネットに訊かれ、ザルウィンは頷いてそう語った。
「私はただの公爵の息子でしかなく、大魔王ゼロスが破壊の限りを尽くすのを、城の中で黙って見ていなければならなかった。父もあの時は領内の守りを固めるのみ。それではなにも解決しない、自分が魔王を倒す……と父に啖呵を切って飛び出したというわけだ」
どうも、親父の方とは違うタイプであるらしい。髪の色は同じ栗色で体格も似ているが、表情は若々しい凛々しさに満ちている。
「……なぜ短期間で
ルーネットが問うと、ザルウィンは自嘲的に笑った。
「なにもわかっていなかったんだ、私は。彼らが僕を迎え入れたのは、父にコネが欲しかっただけなのさ」
「ああ……」
おれは即座にリッグズの顔を思い浮かべていた。ヤツが美辞麗句を並べ、ザルウィンを迎える様が目に浮かぶ。
「……ただ、それでよかったのだとも思っている」
ザルウィンが言葉を継ぎ、ルーネットが問い返す。
「と、いうと?」
「わかっていなかったのは彼らの真意だけじゃない。私は行く先々で魔獣と戦い、勇者と共に町を解放していった。しかし、魔獣を倒すだけで戦いは終わらなかったんだ」
ザルウィンは高台にある城から、麓に広がる農村の景色に目をやる。
「人の命は既に失われ、畑も家も荒れ果てて食べるものもない。剣を振るい、魔獣を倒すことだけが戦いではないことを、私は思い知った」
ザルウィンは振り返り、言う。
「バルグリフはただ戦っていただけじゃない。義勇軍を組織して辺境の村を守り、人々の暮らしを立て直すためにも行動していた。彼は私に言ったよ。『俺たちにできることは限界がある。でも、あんたには違うことができるはずだ』ってね」
「それで
「そうだ。そして彼らを父に紹介し、自分は父の下で支援と復興に尽力した。そこで、父がどれだけの仕事をしていたのかまた思い知ったわけだ」
ザルウィンは首を振った。
「今は城に閉じこもって勉強している。父の跡を継ぐためにね」
うーん、とおれは唸った。この男が勇者を出し抜き、大魔王を殺したという線はなさそうな気がする。
「……勇者バルグリフが死んだのはご存知ですか?」
ルーネットがそう訊くと、ザルウィンは目を伏せ、悲しそうに頷いた。
「本当に惜しい人を亡くしてしまった……一体誰がそんなことをしたのか」
そこでふと、気がついたように顔をあげ、ルーネットを見る。
「教会は父がバルグリフを殺したと思っているのか?」
「……そういうこともあり得るだろう、くらいには思っているでしょう」
これは俺が言った。ザルウィンは頷く。
「気を付けた方がいい。表では好色親父として振舞っているが、父は君のことも警戒しているはずだ」
「……そうでしょうね」
どうやら父も子も、一筋縄ではいかない相手のようだった。
「君とはまた会いたいな、
ザルウィンの差し出した手にルーネットは一瞬戸惑った。それは対等な関係性の証だからだが――つまり、教会からも父からも中立である、というこれは宣言になる。
少し考えたあと、ルーネットはその手を握り返した。
* * *
「……こんな真似をやらされるとはな」
城を出たルーネットは尾行を警戒しつつ、おれたちと合流した。馬車に乗り、おれたちはいったんダルトサイドに戻ることにしていた。ぶつぶつと愚痴るルーネットに、おれは言葉をかける。
「すまない、柄にないことをやらせてしまって」
「もしこれで私の立場が悪くなったらどうしてくれるんだ」
「その辺は枢機卿によく頼んでおくよ。まあバレやしないって」
ルーネットはぶすっとした顔で頷いた。おれは頭を掻く。
「でも、なかなかの演技だったよ。公爵に迫られたときなんか、こっちの話にうまくあわせてくれて助かった」
「……まあ、な」
ルーネットは軽くため息をついた。
「公爵閣下を手玉に取るというのは……その、悪くない気分だった」
おれはエルロイと顔を見合わせる。馬車は快調に街道を走っていた。
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