6.大魔王殺害の現場
聖祖イズは魔に問うた
「其は何とするものなりや」
大いなる魔の王は答えて言った
「光あれば影あり、秩序あれば混沌あり」
聖祖イズはさらに問うた
「其は何処より来たりしや」
魔の王は答えて言った
「我はどこからも現れぬ、我は歪みなり。我は魔ならぬ、その内よりただ魔を漏れ出ずるのみ。我は闇ならぬ、光を試す者なり」――
* * *
「……聖典教会の説法では、大魔王ゼロスはこのように語られています」
馬に揺られながらエルロイが言った。
「教会の一般的な解釈では、それは逃れ得ぬ災厄の象徴として現れます。数百年に一度、現れてイズのもたらした秩序が試され、闇の中で光を見上げた人々の絆はいっそう強固になっていく、と……」
「数年前に大魔王ゼロスが現れるまで、ただの喩え話だと解釈する者も多かった。神の試練を魔王に喩えたものだとな」
ルーネットが注釈を加えた。ふと、おれは気になったことを口にする。
「そういえば、前の大魔王は誰が倒したんだ?」
「なにしろ以前の記録は500年も昔のことだからな。伝承と入り混じって正確な話がなかなかわからないのだが……」
ルーネットは渋い顔で答える。
「残る記述によれば、以前の大魔王ゼロスは50年に渡り大陸を蹂躙し続けたのだという。そしていつの間にかいなくなったのだとか……」
「勇者はついに現れなかった、ってわけか」
おれはなおも残る違和感を言語化しようと試みる。
「……だけど、それなら……今回、魔獣が暴れまわったっていうこの状況を、『大魔王』の仕業だと確認したのは誰なんだ?」
「滅ぼされた国や街の生きのこりが証言している。ローブを纏った男が自ら魔獣を率い、『我は大魔王ゼロス、この世界に混沌をもたらさん』と名乗ったとな」
やはり、巨大な魔神の姿であるとか
「……しかし、自分で名乗るんだな、魔王。けっこう自己顕示欲が強い」
おれが呟くとエルロイが笑い、言う。
「その辺も教会が戒める不道徳のひとつを体現してますね。聖祖イズとしては封印しないといけなかったわけだ」
そんな話をしながら、おれたちは丸一昼夜をかけて北へと向かって行った。
ダルトサイドまでで
「これ、どちらにしろ馬車で行くのは難しかったなぁ」
おれが言うと、エルロイはからからと笑う。
「まぁ、どうにかして行くつもりではいましたけどね」
「どうやってさ? ダルトサイドから馬で3日はかかる距離だよ?」
「それはその時考えるつもりでした」
「案外行き当たりばったりなんだな、
「ひとつの事例で全てを判断するのは人間の悪癖ですよ」
「つまりお前が行き当たりばったりなだけってことか」
先行していたルーネットが馬を止め、こちらを振り返る。
「バカを言ってる場合ではない。ここから先、馬で行けるかどうかも怪しいぞ」
ルーネットの言う通りだった。道はほとんど消え失せて岩がちな荒野がひたすら続く。もうだいぶ前から登り坂が続き、後ろを振り返ればダルトサイドが遥か遠くの景色として見られた。
「あそこで馬を預かってもらいましょうか。そこからは徒歩ですね」
エルロイが指し示す先、斜面の上の大きな岩棚に、建てられている小屋がある。おれたちはそちらへ馬の首を向けた。
* * *
「馬を預かるのはいいけんども、ここから先は魔獣だらけだでな」
小屋にいたのはドワーフ族の男だった。元々この小屋に住み、この辺りで産出する魔晶石を掘って加工して暮らしていたのだという。大魔王ゼロスの侵攻が始まってからはしばらく、ダルトサイドに避難していて、ようやく最近戻ってきたところなのだとか。
「大魔王が出る前からそうでしたか?」
「ああ、そうだ。あのトガリ山には誰も近づかねぇ。ここだって、オラだから住めるんだ」
小屋の中には採掘道具などと一緒に、屈強なドワーフが振り回すに足る巨大な斧も置かれている。このドワーフの
「ここまで魔獣には遭わなかったけどなぁ」
「大魔王が死んだばかりだでな、今は少し落ち着いとるよ」
「いずれにしろ、用心に越したことはない、か」
ドワーフはおれたちを小屋に泊めてくれるそうだ。野宿をしないで済むのは素直にありがたい。
「勇者バルグリフもここを通ったのではないですか?」
食事をとりながら尋ねたエルロイに、ドワーフは首を傾げる。
「その頃にはオラはダルトサイドに逃げてたからな。わからねが……街で勇者一行たちを見たことはある。オラのが強そうだったな」
「あなたなら大魔王を倒せた?」
「おお、1対1でかかって来たらな!」
おれたちは笑い、夜はふけていった。
「1対1なら倒せた、か。そうかもしれないな」
ドワーフの振舞ってくれた鍋をつつきながら、エルロイがぽつりと呟く。
「ねえラッド。僕らが知るべき真実とは、『誰が魔王を倒したか』ではないんじゃないでしょうか」
おれは黙って、獣肉の出汁が効いたスープを啜った。
* * *
翌日。
日の出と共に、ドワーフの庵を出て、岩がちな山道をひたすら登る。進むごとに地形は険しく、足場は悪くなっていった。人が出入りする必要のない城ほど堅固なものはない。これに比べればダルトサイドが天然の要害なんて言われるのも、積み木の城に等しい。
こんなところで魔獣に襲われでもしたら話にならないので、おれは
「……だから体力の消費も激しいんだよ! ちょっと待て!」
「貧弱なのだな、
「早く来ないと置いていきますよ」
「結界がなくなって困るのはお前らだぞ!」
ペースをあわせることを知らない2人が自然と先行し、おれがその後からついていく形になる。
「だいたい、お前
「君は人間に向かって、人を2人担いで走れって要求しますか? しないでしょう?」
――そんなこんなで、目的の場所に辿り着いたのは昼をだいぶ過ぎてからになった。
「これが……魔王の城か」
伝承に曰く、北の山。ドワーフのいうトガリ山。岩がちな山を登ったその奥に、そびえる巨大な岩の壁。
「この中に入れって?」
本当にただの岩山にしか見えない。どこかに入り口があるとしても、広大な山のどこを探したらいいものか検討もつかなかった。
「勇者バルグリフは入り口を見つけたってことですよね」
「伝承には『陽の沈む門』という記述がある。西側の岩肌にあるのかもしれない」
そう言いながら、おれたちは山道を回り込もうとする――と、おれの結界に反応するものがあった。
「……止まれ、魔獣だ!」
おれは2人に警告を発しながら、反応のあった方に
「まずい、いきなり囲まれてる」
「なんだって!?」
ルーネットが剣を抜き、身構える。エルロイは金髪に指を通して軽く体を揺すり、リラックスさせて警戒の体勢になった。魔力の源が、包囲を狭めて近づいてくる――
――オオオォッ!
咆哮と共に、大きな魔力がその姿を現した。岩の上に姿を現す均整のとれたその姿は、獅子の身体にサソリの尾、老人のような顔を持つ魔獣――
「……
これは、かなりまずいか――いや――
――オオォンッ!
再び、
「10体ってところか? 分が悪いな」
ルーネットが言った。
「まずは3人固まって一箇所を突破し、地の利を得てから戦う方向を……」
「……待って」
おれはあることに気がついていた。先ほどの咆哮――魔力がこもっている。
「混沌言語か?」
おれはエルロイとルーネットを手で制し、
〈この耳障りな音をやめろ。頭が痛くてかなわん〉
「あ、ああ……そうか、すまない」
おれは結界の中に張り巡らせていた音波を解除した。
「身を守るために警戒する必要があった。いたずらに戦わないためでもあるから許して欲しい、敵意はない」
おれはそのメッセージを混沌言語に編換し、
混沌言語は一種の念話だ。魔力そのものに意味を込め、やり取りをする。暗号としても使われるが、元は魔獣の言葉を古代の
〈人間よ、魔王の城になんの用だ?〉
さすがに知恵ある魔獣だ。大魔王亡き後、無暗に戦う気はないらしい。
「……っていうことなんだが、さてなんと返す?」
おれは振り返ってエルロイとルーネットに相談する。会話が成立するとはいえ、こちらの事情を細々説明して理解されるとは思えない。
「そうですね……」
エルロイは金髪を揺らして少し考え、言った。
「こう伝えてください。『魔王とはなにか、知りに来た』と」
おれは頷き、それを
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