4.探偵とスパイス・シードル

「ここなら大丈夫でしょう」



 噴水の縁石に腰かけ、エルロイは言った。中央街区の中にある広場には人出が多く、周囲に屋台の露店もある。たしかに、ここなら狙われる可能性は低い。まあ、1日に2回襲撃を仕掛けてくる間抜けな刺客でもないだろうが。


 エルロイは近くにいた子どもに金をやり、屋台でスパイス・シードルを買って来るように頼んだ。



「……聞きたいことが山ほどあるんだけど」


「ふむ。知的好奇心に溢れているのはいいことですね」



 おれが言うと、エルロイはそう言って笑った。妙な男だ――おれはまず、なにから聞こうかと考えて口を開く。



「……探偵ディテクティブってのはどの神様に宣誓を立てるんだい?」



 職能洗礼クラス・バプテスを受けるときには、それぞれの職能系クラスを司る神に対して宣誓を立てる。魔術師ウィザードのおれは月神アルツクムに宣誓を立て、仕えていることになっている。



「”隠された知の女神”シュロウ・ロー。知りませんか?」


「聞いたこともないなァ」



 たしかに、「八大神」や「十二季神」に仕えるメジャーな職能系クラス以外にも数多くのマイナーな職能系クラスが存在していることは知っている。一生出会うこともないような職能系クラスもあるだろうとは思っていたけど。



「それにしても、探偵ディテクティブってのはなにをやるんだ?」


「読んで字のごとくですよ。発見するディテクトんです。探す、調べる、うかがう。隠されたものを見つけることを使命とするのが探偵という職能系クラスだ」


「……ずいぶんと狭い使命に思えるな」


「戦乱期には活躍したそうですよ。敵方の情報を探り、また撹乱する忍びとして。冒険者として古代遺跡に潜る者もいるそうです」



 ――それも聞いたことがないが、そういうものなのだろうか。先ほどの子どもが小さな樽を2つ持って戻ってきた。エルロイはそれを受け取り、1つをおれに渡してもうひとつの栓を抜き、口をつける。



「それで、その探偵がなんで神官の真似事なんかやってたのさ?」


「僕もね、追っているんです。大魔王を殺した者を」



 こともなげにエルロイは言った。おれは頭を抱える。



「正直、なにがなんだかわからないんだけど……順を追って説明してくれない?」


「ふむ、なにが正しい順番か、というのは議論のあるところですが」



 エルロイはそう言って少し、考える仕草を見せた。おれは自分の分のスパイス・シードルに口をつける。冷たくはないが、清涼な香りが鼻に抜けた。



「勇者バルグリフの魔王討伐を後援していたのが誰か、知っていますか?」



 エルロイが口を開く。



「いや、知らない。誰?」


「グスマン公爵です」


「……へぇ」



 とんだ大物の名前が出て来た。


 貴族が冒険者の後援者パトロンになり、資金やその他の援助を行うことは珍しくない。援助した冒険者が強力な魔獣を討伐したり、遺跡の探索などを達成すれば箔がつくし、自分の手駒として使うこともできるのだ。


 それにしても、グスマン公爵といえば現国王の従兄弟にあたり、傍系ながら王位継承順で5番目にあたる大貴族。まさかバルグリフがそんな大物にコネを作っていたとは――



「では、そのグスマン公爵が聖典教会と犬猿の仲だっていうことは?」


「……それは知ってる」



 なんでも前王が崩御したとき、自分が王位についてもおかしくなかったのに教皇の反対にあい、国王になれなかったことを根に持っているのだとか。



「グスマン公爵は生粋の王権強化論者だ。聖典騎士団を擁する教会としては、彼が王になれば困るでしょうね」


「……だろうね」



 王国直属の衛兵や騎士団とは別に独自の権力を振るう聖典騎士団を、グスマンは目の敵にしている。国王になれば真っ先にそこを切り崩そうとするだろう。



「つまりこうかい? グスマンが勇者の後援者として魔王討伐に貢献し、発言権を増して王位を狙うのを、聖典教会は牽制したい、と……」


論理的に正しいレクタ・ロジカ



 エルロイはにっこりと笑ってシードルの樽を掲げた。



「……つまりは教会と公爵の権力争いか」


「なんならグスマン公爵は、聖典マーテルも教会から取り上げたいでしょうね。洗礼情報ステータス魔信通貨クレジットを抑えれば国はやりたい放題だ」



 くだらない、とおれは呟き、シードルを煽って息をつく。



「それで教会は、グスマンを陥れるために勇者バルグリフが大魔王を殺していない、なんていう話をでっち上げた? それが神の使徒のやることかね」


「いや、恐らくそれは事実です」



 おれは驚いて振り向く。エルロイは一転して真剣な表情になっていた。



「神官ドーソンがそれに関わっているのも恐らくそうでしょう。だから君は狙われたんだ」


「あー……」



 つまりさっき襲ってきたのはグスマン公爵の手の者? なんてこった。おれみたいに善良なただの市民が、大貴族に目をつけられるなんて。



「だから言ったでしょ、身の安全を願うって」



 エルロイはそう言ってカラカラと笑った。他人事だと思って、こいつは。



「なにしろ君は勇者の元仲間で、ドーソン氏にも関わってしまっている。この件で”魔術破りの鼠ラット・ザ・クラッカー”は既に重要人物なんですよ」


「……おれをラットと呼ぶな」


「え、なんで。いいじゃないですか、ラットって」



 エルロイは急に身を乗り出す。



「白と黒の魔法を極めた”灰色の魔人ザ・グレイ”は魔術師にとって最高の称号でしょう? 光と闇の狭間で活躍する灰色の鼠……名誉な二つ名じゃないですか」


「当然、おれのことも調べてあるってわけね」


「ふふ、もちろんですよ。名探偵ですから」



 エルロイはニヤリと笑う。



「僕はさる高貴な方から依頼を受け、この件を明らかにするため動いている。君に力を貸して欲しいんだ、ラッド」


「高貴な方ってのは誰だ?」


「ディエリー・パイゼル様。パイゼル準公爵のご令嬢です」



 おれは唸る。パイゼル家と言えば、子爵でありながら国王でも口出しできない独自の地位を保っており、それを称して「準公爵」と呼ばれる家柄だ。その家業は謎に包まれているというが――


 おれは立ち上がった。



「政争に巻き込まれるのはごめんだ」



 そう言ってシードルの分の銅貨をエルロイに渡す。



「もう巻き込まれてるのに? また狙われますよ?」


「ま、自分でなんとかするよ」



 そう言っておれは手を振り、噴水広場を立ち去った。


 * * *


 その日はさすがに自分の寝ぐらには帰らず、迷宮団地城ダンジョン・マンションとは反対側の天幕街テント・タウンをぶらぶらとした。王都に出入りする隊商キャラバンが拠点としてキャンプを張り、彼らを客とする王都側の商人たちが小屋を建てる地だ。


 隊商キャラバンにはエルフ族や猪鬼人オークといった亜人も多く、町のどこかでは必ず焚火を囲んで宴をしている。それを目当てに紛れ込む王都の人間を相手に、宴の周りで敷布を広げ、商売をしている者も多い。一晩中、活気があるこの辺りなら、刺客が襲って来ることもないだろう。


 猪鬼人オークの一団に混じって酒を酌み交わしていると、自然、話題は魔王と勇者の話になる。



「やっぱり平和になった?」



 おれが水を向けると、青みがかった肌にモヒカン頭の猪鬼人オークは渋い顔をした。



「まだまだだナァ。魔獣は相変わらずだし、逆に盗賊なんかは増えたしナァ」


「そうだァ、冒険者崩れみたいな連中が多くてヨ」



 別の猪鬼人オークが相槌を打った。



「街道は聖典騎士団とかが守ってるんじゃないの?」


「まあそうだが、とても足りねェってのヨ。金はかかるけど、護衛を雇うしかねェなァ」



 長い髪を後ろで縛った別の猪鬼人オークが口を挟む。



「勇者サマが作った”大陸義勇戦士団”ってのはどうなったい? 国や町を越えて魔王から民を守るために活動してたってェじゃねェか」


「ありゃあダメだ、ダメだ。ふんぞり返って威張ってるばっかりでヨォ」


「そうなんだ」


「小さな村で貴族の真似事してる連中さァ。上手く取り入らなきゃ守ってももらえねェヨ」



 それから、猪鬼人オークたちは勇者とその仲間たちの噂をあれこれと話し出した。どれも、あまりいい噂とはいえないものばかりだ。


 勇者バルグリフ――彼の仲間を抜けてからの動向に詳しくはなかったが、猪鬼人オークたちが教えてくれた。


 魔王を討伐したバルグリフの冒険隊パーティは4人。戦士ファイターバルグリフ、エルフ族の斥候スカウトリッグズ、”大賢者メイガス”ペイリー、ドワーフの騎士ダルティッド。その内、ダルティッドは魔王との戦いで戦死した、ということらしい。ダルティッド以外はおれも面識のある連中だ。



「この前のパレードはすごかったナァ」


「どうせ貴族になるンだろ? 先に大陸義勇戦士団の方をなんとかしろってんだよナァ」



 猪鬼人オークたちは口々に言う。おれはそれを聞き流しながら、枢機卿やエルロイの言ったことについて考えていた。



「……おおい! なんかえらいことンなってるぞォ!」



 空が白み始めたころ、天幕街テント・タウンに騒ぎが起こった。



「なンだ? 城門前の広場?」


「おいおい、どうなってンだ?」



 誰かが駆け込んで来てもたらした速報ニュースが、あちこちで騒ぎと憶測とを呼び起こす。



「なにがあったって?」



 おれは近くを通った半妖人パルヴリングに声をかけ、尋ねる。半妖人パルヴリングは首を傾げた。



「なんでも、死体が出たって……」


「……なんだって?」



 既に、何人かが城門前広場へ向かっていた。おれも立ち上がり、その流れについていく。


 中央街区アップタウンから内門を隔てた外側に、広がる広大な外郭の中に天幕街テント・タウンは位置している。外郭を囲う大城壁の正面、大城門の内側に広がる城壁前の広場は、泉を中心にして石畳が広がり、日の出と共に市が立つわけだが――



「あれは……!?」



 泉の正面、石畳の真ん中に、巨大な槍が突き立っていた。そして、それに貫かれたなにかが、まるでモズの早贄のように――



「おい、あれ……もしかして……」



 集まって来た者たちの間に、ざわめきが広がっていたが、おれはひと足早くその正体に気がついていた。


 槍に貫かれているのは人間の遺体。それも、おれの顔見知り――勇者の仲間、斥候スカウトリッグズのものだった。

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