5.旧交は人肌で温まらない
おれがバルグリフの
魔術の師匠の元を飛び出し、冒険者を志したおれは、同じ駆け出しだったバルグリフと出会った。
「破壊魔法はできないよ」
冒険者の集まる酒場は「竜と迷宮を進め」という名の店だった。店の一画には、魔獣退治だの隊商の護衛だのといった仕事依頼の張り紙が、壁一面に張り出されている。その壁の近くで、
「その……差支えなければ、君になにができるのかな? 攻撃ができない
エルフの郷の出身であることを差し引いても、こいつの慇懃無礼さには悪意があった。
「
「ふうん……」
馬鹿にしたような笑いを口元に張り付けたまま、目を逸らしたリッグズの横からバルグリフが口を出す。
「や、魔法がわかるやつにいてもらえるのはありがたいし、こういうのは縁が大事だ! 一緒にやろう!」
そうして、おれはその後しばらくバルグリフたちと行動を共にするようになった。まずは基本の
実のところ、バルグリフは腕は立ったがそれ以上に弁が立った。自分がいかに優れているかを強調し、依頼者や町の名士たちといつの間にか顔をつなぎ、指名の依頼をちょくちょく取って来た。その一方で、小心者で名誉欲が強く、「自分の振る舞いが周囲にどう見えるか」ばかりを気にするような男でもあった。
依頼をこなし、
リッグズや他の仲間はだいたい、バルグリフの味方をした。そもそもリッグズは最初からおれのことを見下していたみたいだ。エルフの癖に権威主義的で、「
「……ひがむのはよしたらどうかな、ラッド。君に破壊魔法ができないからって、他の
ある日、リッグズは得意気な顔でそう言った。隣には栗色の豊かな髪に魔導帽をかぶった女がいる。その日も相変わらず、店の中にはダブ・ミュージックが鳴り響いていた。
「彼女はペイリー。破壊魔法のエキスパートだよ」
「初めまして、ラッドさん。もっとも、一緒に仕事をすることはなさそうですけれど……」
彼女はそのあどけない顔を、心底残念だという風に動かしながらそう言った。
「……どういうことよ?」
おれは言った。リッグズにもペイリーにでもなく、その後ろでばつが悪そうにしていたバルグリフにだ。バルグリフはなにか言おうとしていたが、それを遮ってリッグズが口を開く。
「君はもういらないよ、ラッド」
「……ちょっと待てよ。急になんだよ」
なおも黙っているバルグリフに、おれは声をあげる。
「なんとか言えよバルグリフ!」
「……俺たちはもっと上を目指す。そのためにはお前は必要ないんだよ」
「よくもそんなことが言えるな。おれがこれまでどれだけこの
「これからは
「……そんな……」
隣でリッグズが得意気な顔をする。
「その点、ペイリーのような美しい女性ならアピールにも抜群というわけだ。君と違ってね」
「ふふ、リッグズったら……そんなこと言ったらこの人が可愛そうよ」
いやに親し気な雰囲気を出すリッグズとペイリー。ああ、そうかい、そういう感じかい――
「……わかったよ、あとはそっちでよろしくやりなよ」
おれはそう言って酒場のテーブルから立ち上がった。
「ああ、ちょっと待ってラッド」
「……なに?」
リッグズから呼び止められておれは振り返る。
「金に困ったら声をかけてくれ。ペイリーの荷物を運ぶ人足が必要になるからね」
「…………ッ!」
さすがに睨みつけはしたものの、リッグズはペイリーの肩を抱いてへらへらとしていた。その横で一見、神妙な顔をしているバルグリフに一瞥を送り、おれはため息をついて酒場を出た――
* * *
「……やっぱりここにいたか」
かつては冒険者の集まる酒場だった「竜と迷宮を進め」亭だが、冒険者ギルドが設立されてからはそちらが中心となり、今ではすっかり寂れてしまっていた。店主さえもいない静かな店の中、薄暗いカウンターの一角に座る大柄な男に、おれは声をかける。
「…………」
「なに勝手に座ってんだ。近ぇよ」
「嫌がらせに決まってんだろ」
口を開いたバルグリフにそう言い返し、おれはそこらに転がっていたジョッキに、酒瓶から酒を注いだ。
「なにしろ、お前らには散々迷惑を被ったんだ、こっちは」
「……あんな陰険な真似をしてた連中が救国の勇者? そんなのに殺されたんじゃ、魔王も浮かばれないよな」
ジョッキに満たされた質の悪い蒸留酒を煽り、おれは言う。バルグリフは一瞬、ハッとした顔でおれを見た。もうそれで、おれは全てを悟ってしまっていた。
おれは言葉を選び、口に出す。
「……リッグズはなぜ死ななければならなかった?」
バルグリフは唇を震わせながらジョッキを持ち上げたり、降ろしたりしていた。おれは構わずに喋る。
「まあ、くだらないヤツだったけどさ……それでも、魔王を倒した英雄のひとりになったんだろ? あんな死に方をしていいはずがない」
「…………」
「お前らが実際に魔王を倒したか、どうかはどうでもいいけどな……少なくとも、なにかの火種にはもうなってるみたいだ。一体、なにが起こって……」
「……う、うるさい! うるさいうるさいうるさい!!」
バルグリフが不意に、絞り出すような声を挙げた。
「なんだお前は! いきなり出て来てなんなんだ! 冒険者崩れの
「お、おい。落ち着いて……」
「うるさいってんだよォ!」
バルグリフが急に、酒瓶を手にして振り回す。おれはすんでのところでそれをかわし、床に転がる。
「魔王を倒したのは俺だ! それでなにが悪い! 俺は救国の勇者なんだよォ!」
なおもバルグリフは酒瓶を振り回し、襲って来る。くそっ、錯乱しやがって――
おれは酒瓶を振り下ろすバルグリフの腕に手を添え――身体を反転させて足を払うようにその懐へと潜り込む!
――ズダァン!
「が……ッ!?」
おれに投げ飛ばされ、一回転して床にたたきつけられたバルグリフが呻いた。
「いい加減にしろよバルグリフ。ケンカではおれに一度も勝ったことがないのを忘れたか?」
「…………ッ!」
倒れたまま、血走った目でおれを睨むバルグリフ。おれは膝の埃を払い、立ち上がる。
「また会いに来る……くれぐれも夜道には気をつけてくれ」
今の騒ぎで店を覗き込む人の目があった。おれはバルグリフをその場に残し、足早に立ち去った。
* * *
翌日。
おれは元から引き受けていた魔導器鑑定の仕事をこなすために出かけていた。また資格が狙って来るかもとは思ったが、ずっと閉じこもっているわけにもいかない。
幸い、特別なこともなく仕事を済ませ、
曇り空の下、小雨が降っているにも関わらず、露店街には人が多く行き交っていた。細工物や日用品などが売られる露店が多く立ち並び、市民だけでなく貴族の屋敷の使用人なども多く訪れる場所だ。買い物と関係なく、傘の下で談笑する娘たちや、流行りの図柄について尋ねる者の声、怒鳴り合いのケンカなど、様々な声が飛び交う中を、おれはぶらぶらと歩いた。
ふと、小さな露店が目に入る。腰の曲がった男が、分厚い紙入れをいくつも並べているだけの店――
「一昨日、殺された勇者の仲間に関しての話はあるかい?」
男はおれを見上げ、ニヤリと笑った。紙入れのひとつを取り上げ、中から一枚の紙を取り出してみせた。同時に、
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早朝、城門前広場で槍に貫かれ、ひとりの男が死んでいた。魔王を倒した勇者の仲間、エルフ族のリッグズ――そのような強者を、誰が殺せたのか。近隣の者たちの中に争う音、炸裂する魔法の光などを見聞きした者もいない。まるで、リッグズの死だけが広場に突如、現れたようだ。
魔王を殺したのは勇者バルグリフではないという噂さえ、ある。もしそうなら、リッグズは口封じに殺されたのではないだろうか――
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「この話、売れてる?」
「ええ、そりゃもうねぇ」
おれの問いかけに店主は下碑た笑いを浮かべた。
「ついこの間まで人気ナンバー1だったのが、勇者の魔王討伐の動向でね……それが終わって商売あがったりかと思ったらこれですわ。いやいや、ありがたいこって」
ヒッヒッヒッ、と笑う店主に紙切れを返し、おれはまた歩き出した。
やはり、あの一件がきっかけで、魔王を倒したのがバルグリフではないという噂が広まり出したらしい。もしかすると、聖典教会が噂を流しているのかもしれない。あるいは、リッグズを殺したのも聖典教会の仕業か――? なにしろ、聖典騎士団には勇者たちと同じか、それ以上の強者がいるのだし――
そんなことを考えながら人混みをかき分け、おれは歩いていた――と、おれに語り掛ける声が脳内に飛び込んできた。
『ラッド……話がある。町はずれの円形闘場跡へ来い』
「……バルグリフ?」
* * *
そもそも、古代魔法帝国の遺跡の周りに人が集まってできたのが王都だ。
その遺跡のひとつが、円形闘場跡。町からはだいぶ離れた岩がちな場所にあるので、人はあまり訪れない。魔獣が棲みついていることさえある。
時刻は夕暮れに差し掛かったころ。円形闘場の真ん中に、鎧を着込み、抜き身の剣を手に提げたバルグリフがおれを待ち構えていた。
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