6.勇者と鼠
「よく来たな、ラッド」
血走った目でバルグリフが言った。おれは答えて言う。
「バルグリフ……その剣でなにをしようってんだよ?」
「ふふふ……わかってんだぜ、ラッド。お前、勇者になった俺たちに嫉妬してんだろ?」
「……はぁ?」
バルグリフは剣を振り、切っ先を俺に向けて突き出す。
「お前は昔からそうだった! 俺のやることなすこと、気に入らねぇってケチつけやがって! それで
「待てよ、バルグリフ……落ち着け」
「リッグズも、ダルティッドも殺された! お前の仕業なんだろ? 俺たちへ復讐したいんだろ!?」
「……なんだって?」
ダルティッドって、それは魔王を討伐した内のひとり、戦死したっていうドワーフの騎士の名前じゃ――
「ダルティッドも殺されたのか?」
「とぼけるな!」
バルグリフが剣を振りかざし、斬りかかってきた。
「くっ……!」
おれはまっすぐに突き出されたその剣を避け、飛び退る。バルグリフが振り返った。その目はなにかに追い詰められて正気を失っていた。剣が反転し、横薙ぎにおれを襲う。さすが、速い――しかし――
――クンッ
剣がおれの身体を両断するよりも早く、おれは身を屈めていた。俺の頭上を白刃が通り抜ける。そのあとで、おれはバルグリフの身体をひと押ししてやる。
「ぬおあっ!?」
重心が崩れた一瞬に力を加えられ、バルグリフの巨体が泳いで地面につんのめった。
おれは倒れたバルグリフに呼びかける。
「よそう、バルグリフ! おれにケンカで勝てたことないだろ?」
「ああ、ケンカではな。だが……」
バルグリフが血走った目のまま、口元を歪める。
「殺し合いではどうかな?」
「…………!」
――ドウン!
その瞬間、逆方向から飛んできた雷撃を、おれは地面に転がって避けた。一瞬前まで俺が立っていた場所の石畳が、大きくえぐられてクレーターになる。
「破壊魔法……ッ!」
おれは振り向いた。先のとがった魔法帽を被る、小柄な人影がそこにいる。
「ペイリー!」
「久しぶり、ラッド。そして、さようなら」
ペイリーが
「……
おれは魔力の障壁を作り出し、放たれた雷撃を受け止める。
――ガギィィィッ!!
凄まじい音が闘技場に鳴り響き、半透明の魔力の膜に雷撃が突き刺さった。さすがペイリー。強力な破壊魔法だ――
「もらったッ! 死ねラッドォォ!!」
長剣を振りかざし、バルグリフが斬りかかって来た。
「……舐めるなよッ!」
おれは受け止めた雷撃から、
「……
おれが奪った雷撃が、障壁から分岐して伸び――バルグリフを撃つ!
「……ッが!?」
バルグリフは雷撃の直撃を受け、串刺しになったように足を止めた。
「……
続けて、ペイリーの雷撃を受け止めた
「え、あれ……? ちょっと……ッ!?」
雷撃の制御を奪われ、なお魔力を吸われ続けていることに気がついたペイリーが、魔法を切り離そうとする。力が抜けたその一瞬――
「
「……か、は……ッ」
バルグリフとペイリーが、白目を剥いて同時に倒れた。だから言ったのに――
「……なあ、バルグリフ」
おれは倒れたバルグリフの前にしゃがみ込み、剣を指から引きはがしながら尋ねる。
「確かにいろいろあったけどさ……それでも、お前たちがこんな、なにかに怯えるみたいに追い詰められてるのは忍びないよ。なにがあったのか、教えてくれないか?」
「…………」
「助けになるって言ってんの」
バルグリフはなおも黙っていたが、やがて、口を開いた。
「魔王は……死んだ」
「知ってる」
「俺たちが辿り着いたとき、もう死んでいた」
「……そういうことらしいな」
「俺たちは……長い旅の果てに魔王城へと乗り込んだ。城は魔王の支配する魔獣だらけで、それと戦いながら、城の玉座へ……」
バルグリフはそこで息をついた。
「玉座で、男が死んでいた。小柄な、四十絡みの……冴えない、ただの男だ。ナイフで心臓を貫いて……」
「……それは……」
それが、魔王――?
「それじゃ誰だ、大魔王ゼロスを殺したのは? 本当の勇者は誰なんだ?」
「それは……」
――その時だった。
一陣の黒い風が、おれとバルグリフの間を駆け抜けるのを、おれは見た。
その風に煽られ、おれは踏鞴を踏んで後ろに下がる。そして、目を開き、前を見る。
そこにあったものは、首から上が消し飛んだバルグリフの身体だった。
「……その辺にしておくことだねぇ」
声がした方を振り返り、見る。円形闘技場に建てられた
「せっかく魔王が死んだんだ。あんたら人間は素直に喜んでればいいのさ。身の程を超えるのは健康に良くないってねぇ?」
それは、女――の、ように見えた。ただし、青銅色の肌や白と黒が逆の目、炎のように揺らめく髪、6本ある指や背中に生える6枚の翼と長い尻尾を別にすれば、の話だ。
「なんだ、あんた……?」
魔獣――ではない。如何に知恵ある魔獣でも、大陸共通語をこんなに流暢に話す者など聞いたことがない。高度な知性を持ち、人間や亜人族とも異なる存在。生物としての形状を超越した姿。禍々しく、そして神々しい魔力の圧力。それは、まるで――
「悪魔……?」
思わず呟いた言葉に、異形の女が面倒くさそうな目を向ける。
「お前は別に殺さなくてもよかったんだけど……まあ、ついでに殺しておくか」
そう言うと、女は手にぶら下げていた2つの首――バルグリフとペイリーの首を投げ捨てて6枚の翼を広げ――瞬間、黒い風が襲った!
「……っ!!」
間一髪、横っ飛びにかわしてその一撃をおれは避ける――
「ちょこまかとすんなよォッ!」
黒い風が渦を巻き、反転してきたのを、またかわす。速度は速いが、動きは大雑把だ――だからといって、逃げ切れるようなものでもないけど!
「ああもう、めんどくさい!」
上空で振り返った女が、片腕を高く掲げた。その手のひらから、青白い光球が生まれてたちまちのうちに巨大な破壊の光となる。まさか、あの輝きは――
「
しかもあのデカさ、この闘技場が丸ごと吹っ飛ぶだけじゃすまないぞ――!
「そぉらっ!」
光球が投げ降ろされた。独特の音を発しながら、巨大な破滅の光が、落ちてくる。くそっ、こんなもの――
「ええい、やるしかないか!」
おれは
「……ダメだ……ッ! こんな巨大なもの……」
――ズァァッ!!
その時、障壁に別の魔力が流れて来た。なんだ――誰かが別の魔法を――?
「
聞き覚えのある声がした。そちらを振り向くと、そこには衝撃波に金髪をなびかせる細身の男が、黒い魔力の奔流を放っていた。
「……探偵……ッ!?」
「話はあと、まずはあいつを!」
「……
エルロイの放つ黒い魔力の奔流が、渦となって
「な、にィっ!?」
女の動揺する声が聞こえた。それさえも飲み込む、巨大な奔流が上空へと至り――
――カッ!!
閃光と共に、魔力の爆発が起きた。慌てておれは魔力障壁を張り、その余波から身を守る――
「……遅くなってすみません。君が無事でよかった」
光と衝撃が収まったところへ、声が聞こえた。顔をあげると、そこにはにこやかなエルロイの顔。
「……へぇ、まさか同胞とはね」
異形の女がまた、
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