7.上帝神族《アルコン》

「まだやりますか、お姐さん」



 エルロイが異形の女に向かい、言った。女は真っ赤な口を開け、笑う。



「アハハ、まさかあんた、そんな人間ごときを守るってわけ? とんだ変態がいたもんだ」


「ああ、僕は多様性を重んじるクチでしてね」



 エルロイは女の嘲笑に動じず、言う。



「人間ごときに極大魔法を使う変態なんかも世の中にはいますから」


「……チッ」



 女は吐き捨てるように舌打ちをした。



「まあいいわ。別にそいつは殺さなくてもいいやつだから。同胞と戦ってまでやることじゃないし。じゃーね」



 そう言って女は6枚の翼を広げ、空へと飛びあがり――そのまま、夕暮れの中へ消えていった。



「……大丈夫ですか、ラッド?」


「あ、ああ……」



 おれは差し伸べたエルロイの手を取り、立ち上がる。



「あんた、一体なんだ……? あの女は……」



 崩壊した円形闘技場、女が消えていった夕暮れの空。現実感の薄い状況をこの状況をぼーっと眺めながら、おれはエルロイに言った。エルロイは金髪に指を通し、それに応じる。



上帝神族アルコン……というのを知っていますか?」


「上帝神族?」



 それは――確か、伝説上の存在で――



「古代魔法帝国より遥か昔から生き続ける魔神たち……人間以上の知能と力を持ち、歴史の中で気まぐれに人間の世界に関わって叡智や災厄をもたらしてきた。一部では神と崇められていることもあります」


「元々、地上は魔獣の頂点である竜族ドラゴンと、上帝神族アルコンが勢力を二分していた……んだっけか」


「そう。しかしある日、上帝神族アルコンのひとりが人間の無力を憐れんで魔法と知恵とを授けた……というのが、この世界の神話です」



 エルロイはおれをまっすぐに見た。



「”V”とは人間と友誼を結び地上へ堕ちた上帝神族アルコンの烙印。僕はその烙印を背負う者、探偵ディテクティブエルロイ・V・ルクソフィアです」



 おれは夕日を浴びるエルロイの姿を見た。たぶん、口が開いていたと思う。エルロイはポーチからパイプを取り出し、指先から小さな炎を出してそこに火をつけて咥えた。



「……それじゃ」



 おれはやっとのことで言葉を発する。



「さっきのバケモノ女も上帝神族アルコンなのか」


「ええ、そうです。6本の指は神族の証だ」


「あんたは5本じゃないか」


「この姿は仮のものなので」



 エルロイはニヤリと笑い、手のひらを見せて指をくいくいと曲げてみせた。おれはイライラしながら尋ねる。



「……なぜあいつは襲ってきた? なぜバルグリフを殺したんだ?」


「そう、そこが問題だ」



 エルロイはパイプを吸いこみながら、言う。



「元々、疑っていたんですよ。魔王を殺したのは……のは誰なのか、ってね」


「なんだって?」


「強大な魔力を誇る恐怖と破壊の化身、大魔王ゼロス。それを殺せるとしたら、階級レベル35の戦士とその仲間たちよりも上帝神族アルコンの方が確実でしょう」



 エルロイは煙を軽く吐き出し、言った。



「いや、待て、待て待て待て。それならそれで……なぜあのバケモノ女はバルグリフたちを殺した?」



 おそらく、リッグズを殺したのもそうだ、とすれば――



上帝神族アルコンも一枚岩ではない。なにごとか争いがあるのかもしれない。それをこれから調べるんだ」



 エルロイはおれに向き直る。



「これは戦いだ。ひょっとすると、大魔王との戦いよりも大きな、ね。君は既にその当事者になっているんです、魔術破りの鼠ラッド・ザ・クラッカー



 なんてことだ――おれは大きくため息をついた。人間の貴族と教会の争いだけでもお腹いっぱいなのに、この上神々の争いだって?


 おれは暗くなり始めた空を仰いだ。地平の方は夕陽で赤く染まっているが、上空には雲がかかり、月は見えない。


 呆れかえるような気持ちと同時に、おれの中には抑えようのない苛立ちが渦巻いていた。


 おれたちのような裏町の住人は、いつも世界に振り回されてばかりだ。貴族たちの痴話ケンカで食い物の値段さえも変わり、一喜一憂するような暮らし。どうにかしたいと思っても、世界への関りに最初から除外されている怒り。それが――この上また、上帝神族アルコンの内輪争い、か。


 おれはエルロイに向かって口を開く。



「……報酬は?」


「金貨10枚。パルゼイ家から出しますよ」


「50枚にしてよ」


「30枚までなら交渉します」


有難い幸運だレア。なにから始める?」


「聖典教会、グスマン公爵、勇者の足取り……どこからでも」


「なら教会からだな。枢機卿のコネを活用する方が動きやすい」


論理的に正しいレクタ・ロジカ



 破壊を免れた闘技場の構造物に、夕陽が沈もうとしていた。おれたちはその反対側、夜の闇が濃くなる王都の街並へと、足を踏み出した。

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