7.戦う者たち
「やあ、久しぶりですね、お姐さん」
エルロイが
「やはり、そうでしたか……あなたは『契約』に基づいて行動していたんですね」
「……フフ、まあそういうことになるね」
女
「あたしの名はゼリム・D・バルグラット。古の約定に従い、秘匿されし知を守る者さ」
ゼリムは6枚の翼を広げ、長い尾を軽く振る。その瞳が紅く輝いた。
「ここで振り返り、入って来た扉から出ていくなら、それでいい。だけどここから先に進もうってんなら、同胞とはいえ容赦はしない。わかるね?」
「そうですか、ではこちらも口上を述べさせてもらいます」
エルロイはゼリムの前にその身体を晒すようにして進み出た。
「我が名はエルロイ・V・ルクソフィア。真問官パルゼイと結ばれし古の約定に従い、真実を求め時に刻む者」
その時、エルロイの姿が揺らめいたような気がした。いや、気のせいではない――水面に浮かぶ像のように、その姿が揺らめき、その輪郭が崩れていく。白い肌は赤熱するような赤銅色に、揺らめく金髪はたてがみのように燃え上がり、その中から鹿のような
「ラッド……ここは任せて、君は
半竜の
「我が真実を求める道を阻むのならば……同胞とて、容赦はしない!」
――それが、戦いの合図だった。ゼリムの放つ炎と、エルロイの放つ黒い光が
* * *
「はあぁっ!」
ルーネットが繰り出した斬撃は、
「……むんっ!」
ルーネットは長剣を切り返してそれを迎え撃とうとする――その直前で、間に合わないことを察する。すかさず、足の力を抜いてその場に倒れ込み、短剣の一撃をかわす。
「うおおっ!」
床に倒れたルーネットはそのまま、近くに着地した
(今のは大振り過ぎた……危ない危ない)
技量で勝る相手をけん制するために、長剣のリーチを活かして近づけさせないように振るっていたのだが、一瞬でも無駄な隙ができれば付け込まれる。まったく、嫌な相手だ――
ルーネットはちらりと背後を確かめた。部屋を出る扉はそちらにある。だが、壁の2面に窓もある。逃げようと思えば逃げられるだろう。ルーネットの目的はこの
「……いや」
そこまで考えて、ルーネットは自分の先入観に気がついた。ここまで、この敵は逃げようとはしなかった――つまりとしても、ただ逃げるよりは姿を見られた相手を排除しておきたいのだ。
ならば――
「逃げてもよいぞ、お前の正体は見た。せいぜい、依頼主に迷惑をかけないようにすることだ」
ルーネットから投げかけられた言葉に、
「……行くぞ!」
ルーネットは踏み込み、突きを繰り出す――大降りになり過ぎないように、且つ、中途半端で脅威にもならないような雑な一撃にはならないように。
――キィンッ!
その突きは、今日一番のちょうどよさで繰り出された。
――掴んだ。
続く二撃目、三撃目。
しかし、一度互角の状況が成立してしまえば、あとはそれをどう崩すかの戦いだ。例えば、極度の緊張感の中で体力か、精神力のどちらかが尽きる。または、相手が女だと見て力で強引に押し切ろうとする――
「……ヒュウッ!」
――ドッ……!
鈍い音がした。
「……うおおおおおっ!!!」
そのまま、ルーネットは左腕に力を込め――
「どおぉりゃあぁっ!!」
――ドッダァン!
思い切り、
「……っかは……ッ!」
ルーネットの長剣は
「女だと思って甘くみたな」
ルーネットは肩に刺さった
これも女を武器にする、ということになるのだろうか――ふと、ルーネットは思う。どうも、あいつらと一緒に行動し始めてから妙なことを身につけてしまった気がする。
廊下の方から足音がした。
「おい、何事だ!」
神官が何人か駆け込んでくる。ルーネットはため息をついた。地下の鍵は手に入らなかったが、あいつらならなんとかするだろう。
「大司教マーカス猊下が刺客に殺害された。その男だ……まだ生きている。人を呼んでくれ」
神官は部屋の中を見て蒼い顔になり、こくこくと頷いて部屋をまた出ていった。
* * *
「
「
炎と、黒い光が奔流となって交錯し、轟音が広い地下の
「行かせないよ!」
エルロイと互角の魔法戦を演じた女
「……とあぁっ!」
脇から飛んできた赤銅色の塊が、ゼリムに蹴りを見舞う。
「ぐぁ……ッ!?」
その勢いにゼリムの身体は弾き飛ばされ、壁に激突した。
「行かせない、というのはこちらのセリフですね」
おれの目の前に、着地したエルロイが黒い片翼を広げ、言った。その視線の先でゼリムが起き上がり、体勢を立て直す。
「……ふん、うざったいやつだ」
「ええ、そうでしょうね……なにしろここであなたは
「……ケッ」
おれはちらりと、目的の
「……
ゼリムが言って、宙に浮きあがり――そして、エルロイと距離を取るようにして
「そう、それでいい」
エルロイはゼリムの方へと向き直り、
「……貴様は殺す。確実にね」
ゼリムはそう言って呪文を唱えた。ゼリムの周囲に、光の膜がドーム状に広がっていく。それはエルロイの身体を撫でるように超え、2人の
「
エルロイが言うと、ゼリムは笑う。
「そういうことだ……自分のタフさを恨むんだね! 一瞬で消し炭にして、そっちのガキもすぐに殺してやるからさァ!」
そう言ってゼリムは6枚の翼で身体を包むように構えた。その身体の周りに強大な魔力の渦が輝き出すのが見える。
「ラッド、早く」
「……ああ、わかってる」
これが恐らく、最後のチャンスだ――いくら外で騒ぎが起こっているからといっても、こんな派手な戦いが演じられれば、いつ人が来るかわからない。おれは祭壇に駆け寄ってそこに手を触れた。
聖典教会における信仰と儀式の要でもあり、神に等しいものだ。それに触れようなどと、火あぶりにされても文句は言えない。
「……まさか神様に
おれは
「
さすがに、正規のアクセス手段では入れそうにない。ならば――と、おれはその
「……なんなんだ、このわけのわからないのは……ッ!」
おれの中に、またふつふつと沸き上がるものがあった。
貴族たちの痴話ケンカで食い物の値段さえも変わり、一喜一憂するような暮らし。どうにかしたいと思っても、世界への関りに最初から除外されている怒り。いつも世界に振り回されてばかりで、それでも力強く生き抜こうとする庶民や
「
――人間というのは驚くほど短命だ。だからこそ、生きた証を残そうとする。
エルロイが言ったことが頭の中を巡る。
――さあ、やりましょう。『真実』と『契約』のために。そして君自身の『命の目的』のためにね。
「命の目的だとか、そんなものがおれにあるとすればなぁ……」
おれは
「……こんなわけのわからない世界への『怒り』だッッ!」
精霊界へ魔力が送られるその瞬間を、おれは捉えた。
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