大魔王殺人事件:あるいは神魔と鼠の路地裏遊戯
輝井永澄
§1 王都の鼠と名探偵
1.勇者が凱旋した日
だいたい、”名探偵”なんて自分で名乗るやつがまともなわけがない。エルロイ・V・ルクソフィアってのはつまり、そういう男なんだ。
おれがあいつと初めて出会ったときの話をするには、大魔王が勇者に倒されるより少し前から話さないといけない。それがもう、気に入らないんだけど――
「“
その日、おれは依頼を受けて、路地裏の酒場にいた。「ゴブリン・キック」っていうふざけた名前の
目の前に座った依頼者は初老の男――物腰は穏やかだが、どことなく浮ついて軽薄な調子がある。早い時間だが酒場の中はまばらに客がいて、華やかな英雄の凱旋に湧く表町の様子を腐しながら酒を喰らっていた。
「
むっとして言い返すと、初老の男はああそう、とあいまいに頷いた。おれは心の中で舌打ちをする。まあいい、見た目で軽んじられるのには慣れてるから。まったく、自分のベビー・フェイスが憎い。
それにしても――おれは目の前の男を眺める。
おれは唇を軽く湿らせてから、魔力を込めて呪文を唱える。”
目の前の男に、重なり合うようにして情報が浮かび上がって来た。
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ロアム・ドーソン
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「……断りもなく
ドーソンが顔をしかめ、言った。おれは肩をすくめる。
「礼儀を重んじてる余裕がなくてね。なにしろこの辺りじゃ、誰に寝首を掻かれるかわからないんだ」
「へえ……」
「嫌ならこんなところには来ない方がいいよ、
ドーソンはふうん、と言って黙ってしまった。
とはいえ、これは方便だ。実際のところ、この辺りじゃ
この世界じゃ、
だが、この辺りには親に捨てられ、路上で育ったものが少なくない。中には
ちなみに、おれは後者の「洗礼は受けても表社会からドロップアウトしたヤツ」の方。「魔術破り」として様々な依頼を受け、日銭を稼いで暮らしている。
「そんなことより、ブツは?」
「あ、ああ……」
おれが急かすと、ドーソンは鞄から小箱を取り出して目の前に置く。
「これの“合鍵”をお願いしたい」
「ふうん……」
おれはその小箱を手に取ってみる。凝った装飾が施された金属製の箱――この独特の光沢はどうやら、
(なるほど、
――おおかた、博打か女で金に困って教会のものを盗み出した、とかそんなところだろう。世間知らずの神官サマにはよくあることだ。なんのことはない、このおっさんもおれたちと大して変わらないってわけだ。
「……そういうことなら、協力してあげないとね」
「なにか言いました?」
「いや、こちらのことさ」
おれはドーソンをあしらって意識を集中した。魔力の眼で小箱を見る――強力な
「ひと苦労だなぁ、これ」
かなり強力で、しかも複雑な魔法だった。一種の結界に近い。
「できないですか?」
すこし表情を崩してドーソンが言った。おれはその顔に、ムッとして言い返す。
「できないとは言ってないよ」
おれは小箱を置き、自分の鞄から魔晶石を取り出す。そして、片手を小箱に、片手を魔晶石にかざして、意識を集中した。
「……いやでも、なんだこれ?」
おれは思わず声をあげた。普通、こういう術式は、
「どうしました? やはり難しいので……」
「黙ってて」
おれはドーソンにぴしゃりと言い返す。少し言葉がきつくなっちゃったな、などと思いつつ、改めて目の前の小箱に集中。
つまりこの小箱の魔法鍵は、
「……これを……こうして……」
幾重もの
「……行った!」
おれは手を降ろして目を開けた。訝し気なドーソンにニヤリと笑ってみせ、魔晶石を手に取る。それを小箱にコツン、と当て――
「
魔晶石がほのかに光り、書き込まれた
「開きました?」
ドーソンが身を乗り出した。おれは小箱を差し出す。
「まあね。おれに頼んだのは
ドーソンはなおざりに頷きながら、小箱ではなく魔晶石の方を手に取ってそれを確かめていた。
「なるほど、これが”魔術破り”の実力ですか」
魔晶石を置いたドーソンは、小箱の中を開いてちらりと確認する。
「では、報酬は金貨1枚で……」
「1枚? そりゃ
おれは首を振って言う。
「聞いてたよりもはるかに大変だったんだ。金貨3枚はもらいたい」
「それは話が違います」
「話が違うのはこっちの方だって言ってんの」
金貨3枚あれば1~2か月は遊んで暮らせる。それくらいの価値がある仕事だったと自負している。それくらい、見事な
「しかし、ものの10分で外せたじゃないですか」
「13年と10分だ。勘違いすんな」
長年の修行で身に着けた技術と知識を、時間で測られちゃたまらない。
「それに、誰にでもできるものじゃないとわかってるからおれに頼んだんだろう?」
「……金貨1枚と銀貨30枚」
ドーソンは黙って値段を上げる。こちらの言い分をわかってもらえたらしい。
「金貨の方を2枚にしろ」
「銀貨を50枚に」
「銀貨をそんなに持ち歩いてんの? 金貨2枚で勘弁してやるよ」
「……わかりました」
そう言ってドーソンは懐から金貨を2枚、取り出して置いた。交渉成立。
「どーも。なんか飲んでいくかい? 奢るよ」
おれは金貨を手にし、言った。もちろんこれは嫌味で言っている。
「またの機会にぜひ」
が、ドーソンは意外にも、穏やかな笑顔を返して立ち上がり、酒場を出て行った。
「いい稼ぎだな、“
「おれを鼠と呼ぶ奴に飲ます酒はねーよ」
そう言っておれは店主に食事を注文した。複雑な魔術のあとはいつも腹が減るんだ。
――ここまでなら、なんのことはない。王都の路地裏で、英雄譚とは無縁に生きる
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