§3 魔王

1.真実への灯火

「大聖堂には神官以外の方は一切出入りできぬ」



 大聖堂の門前に立つ聖典騎士が無表情に告げた。



「だから言ってるだろ、ドーソン枢機卿に呼ばれてるんだって」


「枢機卿猊下は重傷を負い、面会できる状態ではない。お引き取り願おう」



 おれは唇を噛んだ。それはまあ、道理だ。しかしこっちは依頼を受けて動いているんだ、こうまで態度を一変されては戸惑う。おれは隣に立つエルロイと顔を見合わせ、大柄な聖典騎士に食い下がった。



「それじゃ聖典騎士ルーネット・カルディアントを呼んでくれ。彼女にも用がある」


「カルディアント? ああ……」



 大柄な聖典騎士は、鼻で笑うような表情でおれを見る。



「彼女は謹慎中だ。勝手な行動を取った咎でな」


「な……」



 大柄な聖典騎士は「わかったらさっさと去れ」と手のひらをしっしっと振る。まるで取りつく島もなく、おれたちは大聖堂に背を向けた。



「……陳腐な不運だバナラック



 おれが呟くと、エルロイが言う。



「全然陳腐バナルじゃないですよ。まさかこんな事態になるとはね」



 おれはエルロイと並んで歩き出す。エルロイはパイプを取り出し、歩きながら火をつけた。



「……枢機卿の襲撃、それによって締め出された僕ら、ルーネット女史の謹慎。ここから導き出されるものは?」


「聖典教会は一枚岩ではない、だろ?」



 おれは周囲に気を配りながら歩いた。尾行されているかもしれない。



「つまり……枢機卿を襲撃したのはグスマンではなく、教会内の別派閥だと?」


「そう考えるのが自然でしょうね。そして、僕らは極めて危険な立場になってしまった。いつ殺されてもおかしくないというね」


「……それこそ陳腐な不運バナラックだな」



 おれたちはなるべく人通りの多い道を歩いた。教会内に別勢力があるとして――それがここまで強硬な手段をとるとは正直、思っていなかった。だが、だとしたらそれはどういう勢力で、枢機卿とはどこで対立しているのか?



「……これからどうする?」


「僕の依頼主クライアントはディエリー・パルゼイ子爵令嬢です。教会と関係なく、調査は続けます。真実に辿り着くまでね」



 エルロイはそう言って、パイプをひと口、ふかした。気障ったらしい仕草。本当に鼻につく野郎だ。



「……君はどうします、ラッド?」


「やるさ。一度引き受けた仕事だ」



 こうなったら、ここで逃げようがどうしようが身の安全が保障されるわけでもない。最後まで付き合うしか道はないのだ。おれはエルロイと肩を並べ、迷宮団地城ダンジョン・マンションの方へと歩いて行った。


 * * *


 迷宮団地城ダンジョン・マンションの第二層、吹き抜け側から通路を入り込み、5つの路地が密集する角に、「ゴブリン・キック」はある。青い顔をした男が昼間から座り込んでいるところをちょっと横にどいてもらい、おれたちは壁につけられた扉を開いて中に入った。



「よう、ラット。遅かったじゃないか」



 店主がおれたちに気づき、陽気に声をかけてくる。



「なんだよ、まだ昼間だろ」



 おれが返すと、店主は妙な顔をした。



「だってお前、先方はもう来てるじゃないか」


「先方?」



 店主が顎で指す方を見る。そこには、黒髪を肩の上で切りそろえた目つきの鋭い女が座り、ジョッキを傾けていた。



「……ルーネットさん!? どうして……?」


「ああ、先にやっているぞ」



 聖典教会の女騎士ルーネットは、ジョッキを軽く掲げてみせる。今日はいつもの聖典騎士団の装束ではなく、ゆったりとした私服姿だ。



「いや、先にやってるのはいいけど……謹慎だって聞いたけど?」


「そうだ、だからこんな時間からここにいる」


「……なるほど。論理的ですね」



 エルロイがそう言って座り、スパイス・シードルを注文した。



「いったい、なにがあったのさ? 枢機卿が襲撃されて、大聖堂でも取りつく島もないし」



 おれも椅子に座りながら、ルーネットに訊く。ルーネットはジョッキを置いてため息をついた。



「正直、私もさっぱりなんだ。今朝、いきなり謹慎を言い渡されてな」


「どういう名目で?」


「勝手な単独行動により、教会の品位を傷つけた、ということだ。まあ、否定しきれない面もあるのだが……」


「もしかして、グスマンに言い寄られたこととか……?」


「なにが勝手な行動かというのはこの際、問題ではない」



 ルーネットは身を乗り出す。



「私も枢機卿猊下に会えていないんだ。明らかに、なにか大きな力で教会が動かされている」


「同感ですね」



 エルロイが応じた。「聖典教会が一枚岩ではない」――それはつまり、どういうことか。



「……これは私の推測だが」



 ルーネットが再びジョッキを手にして言う。



「枢機卿猊下は、聖典教会のなにかを暴こうとしていたのではないだろうか? そして、それを邪魔する勢力に排除された……」


「……そのなにか、っていうのが」



 おれは唇を湿らせる。



「大魔王と勇者に関わることだと?」


「そう考えるのが論理的に正しいレクタ・ロジカですね」



 エルロイが言う。おれは首を傾げた。



「ルーネット、魔王の城から持ち帰った教典エクレシアは?」



 ルーネットはそれを聞き、にやりと笑みを浮かべた。



「……ここにある。教会には報告していない」


有難い幸運レア!」



 おれは思わず感嘆の声を漏らす。まったく、話のわかる騎士さんだ。



「まずはそれを調べるところから、ですかね」



 エルロイが言った。



「他にやるべきこと、解き明かすべきことを整理しましょう」



 おれたちは今までにわかったこと、わかっていないことをひとつずつ、確認していく。


わかったこと:

①勇者バルグリフが大魔王の元に辿り着いたとき、大魔王は既に死んでいた

②大魔王ゼロスは人間だった

③伝承や怪獅子魔獣マンティコアの話を総合すると、大魔王の力は魔王の城であるあの岩山で得るものらしい

④バルグリフとその仲間を殺したのは上帝神族アルコンの女で、グスマンとのつながりは恐らくない

⑤枢機卿は聖典教会のなにかを暴こうとしており、それを阻もうとする一派に襲撃された


わからないこと:

①大魔王ゼロスになった人間は誰か?

②彼はどうやって大魔王の力を得たのか?

上帝神族アルコンの女は何者で、なぜ勇者を殺したのか?

④枢機卿が暴こうとしていたのはなにか?

⑤神官ロアム・ドーソンはなにをしようとして、なぜ命を絶ったのか?

⑥大魔王を殺したのは誰か? どうやって?



「……そう考えると、やっぱりこの教典エクレシアに鍵がありそうな気がするな」



 運ばれてきたスパイス・シードルをひと口飲み、パイプに火をつける。



「こういう仮説が成り立ちますね。聖典教会は大魔王が何者であるか、どのように現れるかを知っていて、それを隠そうとしている。だとすると、大魔王を殺した者を暴くという枢機卿の行動が、それに繋がっていることになる」


「もしそうなら大スキャンダルだ。そりゃ隠そうとするな」


「……だが、それでもわからないことはある」



 エルロイが言う。



「例えばその教典エクレシアですが……もしそれが特別なもので、大魔王に関わりがあるのだとすれば、無事にここにあるのはおかしい」


「……どういうこと?」


「今まで散々僕らを狙ってきたやつらは、それの存在までは知らないのではないか、ということです」


「ふうん……」



 つまり、こうか。聖典教会は大魔王そのものには関わっていないが、それに関わるなにかを隠している――



「もちろん、その教典エクレシアが何の変哲もないただの本だということも考えられますが……」


「……ま、調べてみるよ」



 それはおれの仕事だろう。おれは教典エクレシアを手に取って眺めた。とはいえ、聖典マーテルという巨大な構造体プログラムを構成する中枢・大聖典マーテル・アヴィアと端末の教典エクレシアは古代魔法帝国の遺物だ。調べるといっても簡単ではない。



「それと、⑤のドーソン神官だが……」



 ルーネットが言う。それについてはおれも気になっていた。



「枢機卿は自分の息子であるロアム・ドーソンがなにをしていたかまでは知らないのかな?」


「恐らくは。むしろ、ロアム・ドーソンの死が枢機卿を駆り立てたと見るべきかもしれない」


「……あ、そうだ」



 おれはふと思い立ち、席を立って店主のところへ行く。



店主マスター、前に調べてもらうように話してた件……」


「ああ、死んだっていうお前の依頼人な」



 ダルトサイドへ出かけるよりも前に、噂を探ってもらうよう頼んでいたのだ。地下アングラでの酒場のネットワークは強固だ。誰がどこで誰と会って酒を酌み交わしていたのか、人から人に話を辿ればだいたい明らかになってしまうものなのだが――



「それが、ほとんど話が出てこないんだ。うちの店に来たのもあの日が始めてだし……」



 店主は首を振った。おれは首を傾げる。



「おれのことを紹介したやつがいたはずだろう?」


「それは盗賊ギルドヤクザの方からだと聞いたが」


「フーヴァーか……」



 おれは唸った。あいつには貸しがある。おれはテーブルに戻ってエルロイとルーネットに伝えた。



「調べるところができた。おれはドーソンの方を当たる。それとこの聖典マーテルも」


「単独行動は危険なのでは?」


「この領域に関しちゃ、ぞろぞろ動く方が危ないよ。ま、迷宮団地城ダンジョン・マンションの中で手出しはできないさ」



 エルロイは頷き、ルーネットに向かって言う。



「貴女は手を引いた方がいい。ここから先は教会を敵に回しかねません」


「待ってくれ、これを」



 そう言ってルーネットは、1枚の紙を取り出した。なにやら走り書きがしてある。


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 クィゼロス・アングルム

 職能系ジョブ:学者

 階級レベル:40

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「……これは?」


「魔王の城の教典エクレシアから採取した魔紋を、聖典マーテルの洗礼情報と照合したものだ」


「……!!」



ってことは、この男が、大魔王ゼロス――?



「危ない橋ならもう渡っている」



 ルーネットは手にしたジョッキを飲み干し、テーブルに叩きつけた。



「枢機卿猊下がなにをしようとしていたのか……このままでは闇に葬られてしまう。これは私からの依頼だ。探偵エルロイ、それに魔術破りの鼠ラット・ザ・クラッカー



 ルーネットは眉間に力を込め、鋭い口調で告げる。



「……私は真実を明らかにしたいんだ!」



 エルロイは金髪を揺らし、ニヤリと笑った。おれはその横でため息をつく。



「……報酬は?」


「身体で払うというのはどうだ? 既にお前には前払い済みだろう?」



 ルーネットは不敵に笑った。擬験シムスティムのことか。まったく、変な交渉術を身に着けやがって。



「あれじゃ足りないよ。もう少し働いてもらう……それでチャラだ」


有難い幸運レア



 ルーネットはそう言って笑った。

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