§4 魔典
1.真犯人
ダルトサイドの南の外れ、海へと落ち込む断崖に面し、立つ教会。その裏手に広がるブドウ畑に、傾き始めた太陽の作り出す長い影が複雑な模様を作り出していた。
低木が作り出す影が格子模様を作るり、その中に立つ一人の女が、紅く染まり始めた陽を背にして振り返る。逆光になったその顔は影になり、その表情は窺いしれない。
「……逃げなかったんですね、司祭アイジーさん」
畑の中に進み出ながら、エルロイが声をかけた。アイジーは影になった表情の中で、にっこりと微笑んだように見えた。
「どうして逃げる必要がありますか?」
「殊勝な心掛けだ」
エルロイは金髪を揺らして応じる。おれはその少し後ろに立ち、ルーネットと顔を見合わせた。
「このようなところまで、なんの御用でいらしたのでしょう」
「わかったんですよ、全てが。大魔王がどうやって死んだのか……いや、どうやって生まれたのか」
アイジーはなにも言わなかった。エルロイは振り返り、おれと目を合わせて言う。
「
「ああ……」
おれはなおも黙っているアイジーに向かい、口を開く。
「〈大魔王〉とは、おれのような
おれの話を受け、エルロイが言葉を継ぐ。
「
こいつ自身も、そのレア
「大事なことは、そういう
エルロイは手に持っていた
「魔王の城で見つけた
大魔王の力――それは精霊界から混沌の力を引き出す依り代となり、秩序の世界に混沌の影響力を高める扉と化すこと。
この世界で魔法を使う者なら誰でも、精霊界から混沌の力を引き出して行使している。だが、それは自らの体内にある魔力を依り代としているため、不安定で制限が大きい。高位の術者でもできることは限られるのだ。
「大魔王の
〈普通は無暗に人間を襲ったりはせぬが、魔王の発する混沌の意思により、秩序を破壊することに皆、取りつかれた〉
それは魔王の城で会った
「……人間よりも混沌に近い存在である魔獣たちは、本能的に秩序を憎む。混沌の依り代となった大魔王は、それに近い存在となるのでしょう。さらに、その身体から無限に溢れ出す混沌の力は魔獣たちの本能を刺激し、秩序の破壊へと駆り立てる。大魔王の登場がすなわち、戦争の鐘となるんだ」
なおも黙っているアンジーに構わず、エルロイは続ける。
「いわば大魔王とは、
「……
エルロイの話を受け、おれは言った。ルーネットが息を漏らす声が後ろから聞こえた。エルロイが金髪を揺らす。
「このことは、聖典教会の中でも一部の者にだけ伝えられていたらしい。おそらく、
「……だから、大魔王の謎に近づこうとした枢機卿は、大司教の一派により襲撃を受けた」
ルーネットが言った。自分の所属する聖典教会の暗部を、どんな気持ちで見つめていることだろう。
「……大司教にとっては仕方のなかったことだとも言えます。なにしろ、1500年に渡って伝えられてきた極秘中の極秘……大陸中を混乱に陥れ、いくつもの国や街が滅んだ元凶が、教会の崇める
「……大事なのはここからだ」
エルロイは鋭い口調で話を継いだ。
「ラッドによれば、大魔王に関することはきれいさっぱりと
振り返っておれを見るエルロイに、おれは頷いてみせる。エルロイはアイジーに向き直って続けた。
「
陽は先ほどよりもさらに傾き、ブドウの木が作り出す影は長く伸びていた。アイジーは自らの影を見つめるように視線を落としていたが、それをついと上げてエルロイに言う。
「……面白い推論ですね、探偵さん。だけど……それが私になんの関係があるのでしょう?」
「いやいや、ここからがいいところなんですよ」
エルロイはパイプを取り出し、口に咥えた。
「問題は誰ならばそれができたのか? ということです。ここにいるラッドは凄腕の
「
「さて、どうでしょうか、ラッド?」
「……それは考えにくいな」
エルロイに話を振られ、おれは答えた。
「
混沌言語の
「……それに、それが可能ならもっと早くにやっていたでしょう。500年前に大魔王が現れた時には、50年に渡り戦乱が続いたと言います」
エルロイがあとを引き取り、続ける。
「もうひとつ、
そうだ。勇者バルグリフは大魔王の秘密を知ったために、あのバケモノ女・ゼリムに殺された。彼女がいる限り、
「……それじゃ、あなたの推理は成り立たないことになりますね?」
アイジーが言った。エルロイはパイプから煙を吐き出し、言う。
「いいえ、たった一人……それができる人がいるんですよ。この世界にたった一人だけね」
「…………」
「
エルロイはパイプを口から話、それをアイジーに向かって突きつけた。
「つまり、あなたのことだ。司祭アイジー……いや、
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