9.解は導かれた

 魔絶領域ネガ・フィールドの消えた地下の広間ホールに、それは落ちていた。エルロイはそこに近づき、しゃがみ込んでそれを覗き込んだ。


 それは口を開く。



「……忌々しい半竜の若造が。このあたしがやられるなんてねェ」



 それは上帝神族アルコンゼリムの顔の欠片だった。エルロイは答える。



「ここまで消し飛ばされたら、復活するのには10年くらいかかりそうですね」


「……上帝神族アルコンには大した時間じゃないさ。覚えておいでよ」


「ええ、覚えていますとも」



 エルロイはゼリムに向かってにっこりと笑う。



「あなたが再びこの世界に臨界するまで……あなたが契約により、守ろうとした秘密は決して忘れることなく記録します」


「…………」


「その話を権力闘争のネタにされるようなことがないようにも、ね」



 エルロイは顔をあげた。ラッドが立ち上がり、こちらを振り向いたところだった。



「誰かが真実を知っていることが大事なんだ。世界が動く仕組みを誰も知らないなんて、あってはならない……この世界がその姿を維持し、前に進んでいくために、真実はいずれ大きな武器となる」



 エルロイは再び、ゼリムに向かって言う。



「あなたが身体を取り戻したあと、その真実を消し去ろうとするなら、その時はまた僕が相手になります」


「さて、どうだろうね……」



 力なく笑うゼリムに、エルロイは告げる。



「あなたの契約主とは話をつけておきますよ」


「……!」


「あなたの名前に刻まれた契約の刻印……〈D〉は人間との契約じゃない。上帝神族アルコンへの契約の証。そもそも、ロアム・ドーソン神官がここへ来たとき、なぜあなたがそれを見過ごしたのか? その答えがそこにあります。ならば、ここから先は人間たちじゃなく、上帝神族アルコンの問題だ」


「……フフ、なにもかもお見通しってわけかい」


「そうでもありません。真実を見出すのは僕でなく、人間たちですから」



 そう言ってエルロイは立ち上がり、ゼリムの欠片は力を失って崩れ落ちた。



「……バケモノの姿はもうやめたのかい?」



 ラッドが声をかけてきた。エルロイはパイプを取り出し、咥える。



「あの姿だとパイプが吸いづらいんですよ」


「……なるほどな」



 エルロイは指先から小さな火を繰り出してパイプに落とした。生まれた煙をゆっくりと吸い、吐いてから、ラッドに向かって口を開く。



「それで、なにかわかりましたか」


「ああ、クソみたいな事実がな」



 ラッドは大聖典マーテル・アヴィアへの侵入ハッキングで知ったことをエルロイに話した。エルロイはそれを聞き、満足げに頷く。


 ――と、広間ホールの入り口の扉が開き、聖典騎士ルーネットが顔を出した。



「グスマンの息子が大聖堂に入った。もう脱出しないと……」


「ルーネットさん、例のものは手に入りましたか?」


「ああ、ここにある」



 ルーネットは細い鎖で作られた頭飾りサークレットを掲げてみせた。



すばらしいミラビリス



 そう言ってエルロイはルーネットの方へと足を踏み出す。ラッドも頷き、その後を追った。



「それで、どうするんだ名探偵?」


「決まっているでしょう。すべてを明らかにするんです」


「それじゃ……」


「ええ」



 エルロイは金髪を揺すって応じた。



「すべての謎は繋がり、論理的な正解レクタ・ロジカは導かれた。行きましょう、真犯人の下へね」

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