5.聖典教会の一番長い日

 その日、ダルトサイドから大道路ハイウェイを通り、20騎の兵が王都へと入った。少数だが、辺境で魔獣と戦い抜いてきた精鋭である。


 率いるのはグスマン公爵の子、ザルウィン・ハイルリック・グスマン。表向きは、王への表敬訪問と王軍への対魔獣戦指導、ということになっている。大城門の外側に展開していた王軍100騎と合流、そのまま王都の街中に入る。



「王軍万歳!」


「グスマン公爵に栄光あれ!」



 王都の民が口々にそう言って兵を讃えるのに、グスマンは愛想笑いで応じた。娘たちの黄色い声もその耳には入らない。これから起こることで頭がいっぱいだったからだ。


 120騎の兵は中央街アップタウンの目抜き通りを進む。そのまままっすぐに行けば王城である――が、途中で折れた。


 さすがに、周囲の民の目が不審なものになった。まさに今、聖典教会の大聖堂を取り囲むようにして、120騎の兵が足を止めたからだ。



「何事……?」



 大聖堂の門を守る聖典騎士が突然現れた一団に動揺し、顔を見合わせた。ザルウィンは伝令官ヘラルドに向かい、頷く。伝令官は前に進み出て、朗々たる声を張り上げた。



「ここにあるは、国王と王国と王国の臣民の忠実なる剣ザルウィン・グスマンであり、国王の御名と共にまかり来たことを告げる!」



 聖典騎士のひとりが大聖堂の中へ走った。伝令官は開いた門の奥へ、言葉を届かせるようにして続ける。



「去りし日に起きたガイエス・ドーソン枢機卿への襲撃に対し、国王陛下は悲しみと共に大きな懸念と怒りを示された。国王陛下の膝元において、神に仕える偉大な使徒のひとりが何者かに傷つけられたという事実は、臣民の安全を脅かすものであり、看過しうるものではない。聖典教会の内部で起きたこの恐ろしき叛逆に対し、事態を収拾するために兵を向けたものである。門を開けられよ!」



 大聖堂の中から現れた聖典騎士の小隊長が、伝令官に応じて声を張り上げた。



「神聖なる神の庭、教皇猊下の土地たる大聖堂に対し、なんたる無法な振る舞いか! いかな国王の兵といえど、無法の徒に開く門やなし。兵を退かれよ」


「大聖堂の中にこそ無法の徒が潜んでいる、と申し上げておるのだ」



 伝令官が切り返した。



「神の庭を荒らす無法の徒、神と王の威光へと叛逆する者を我らは捕らえに来たものである。それを阻む法やなし」


「枢機卿を遅いし無頼の徒は、まさに我らが捕らえんとする仇敵なり。おのれら蛮兵が馬の蹄で神の庭を踏み荒らしながら狩り立てる獣にあらず。この門より先、通すわけにはまいらぬ」



 聖典騎士たちが集まって来た。大聖堂に詰めている聖典騎士は15名ほど。そのほとんどが門の前で兵たちと対峙している。残りは駐屯地に援軍を呼びに走ったのだろう。



(さて、どうするか)



 ザルウィンは思案していた。元より、すんなりと通してもらえるとも思えないし、中に通されたからといってなにをするものでもない。はっきり言えば、今日は因縁をつけに来ただけなのだ。実のところ、無理やり突破して大聖堂を踏み荒らすのはザルウィンの本意ではない。とはいえ、あっさり引き下がるわけにもいかない――少なくとも、国王の側が教会よりも上だ、と言いうる実績をなにか残しておかなければならない。



「……多少騒乱が起きた方が却ってよいか?」



 ザルウィンが側近の老騎士に尋ねると、老騎士は頷いた。



「それが一番早いでしょうな。我らは仕掛けた側で、整然と兵を進めた上で要求を伝え、今こうして馬を止めている……もしここから争いになれば、こちらから仕掛けたのでなく、聖典騎士どもが突っかかってきたせいだ、とは言いやすい」



 老騎士は「見事な先手でした」と付け加えた。



「……うまいこと挑発するか」



 ザルウィンはその旨を伝令官に伝えさせた。



「……其れ貴殿らが大聖堂に潜む無法の徒を抑えんと欲し、その威を見せんとするならば是非もなし。坊主崩れが剣を抜けるか、我らとしても見届けたい」



 お前ら騎士もどきの神官崩れに剣が抜けるのか、と挑発しているのである。だが、聖典騎士たちはそれに乗らなかった。駐屯地から徐々に騎士が集結を始め、30人近くなっている。


 膠着状態だ――なにか、事態が大きく動くきっかけが必要だった。まあ、このまま丸1日ほど粘っていれば父のグスマン公爵がなにかしら介入をしてくるだろうが、それを待つのではあまりに芸がない。



「……殿下」



 騎士のひとりがザルウィンに声をかけた。



「なんだ?」


「先ほど、女がこれを殿下に、と……」



 騎士が紙切れを差し出す。



「女?」


「ルーフィ、と伝えればわかるから、とのことでしたが……お心当たりが?」


「…………!」



 ――あの時の女騎士か! ザルウィンは紙切れを受け取り、開いた。



 太陽が天頂に至る時、起こる火の手があるでしょう

 如何にするかは殿下の御心に



「……なるほど、小癪な真似をする」



 聖典騎士にルーフィという名の者がいない、ということは既に把握していた。あの女騎士は名を偽り、なにかを探りに来たのだろう。罠、かもしれないが――それを利とするか罠とするかはその時次第だ。



「……ここは乗るべきだろうな」



 ザルウィンは兵に指示を出した。10人ほどを選び、馬から降りて聖典騎士の前に進ませる。



「教会の中を踏み荒らそうとはしておらぬ。まずは中に入れてもらいたい」


「日を改め、約定を取り付けてから参られよ。少なくとも、大勢の武装した兵が入ることを認めることはできぬ」



 ザルウィンはさらに、遠巻きに包囲していた兵たちの半分を馬から降ろし、聖典騎士たちに近づけさせる。包囲を狭めるのでなく、手持無沙汰でぶらぶらしているような風を装って、だ。


 聖典騎士たちと兵の押し問答は続いていた。ザルウィンは空を見上げる。そろそろ、太陽が天頂へと差し掛かるところだ――


 その時、巨大な振動が大気を震わせた。



 ――ドオン!



 轟音に驚いて振り向くと、大聖堂の壁が爆発して砕け、煙が上がっている。



「……おい! 何事だ! ここを通せ!」


「おい、下がれ!」



 その爆発は、張り詰めた緊張を騒乱へと昇華させるのに充分な威力だった。押し問答が一気に押し合い、揉み合いになる。周りにいた兵たちも門へ押しかけ、聖典騎士たちとの揉み合いに参加する。そこかしこで罵倒の声が響き出し、乱闘騒ぎへと発展していった。


 * * *


「……あんなに強力だとは聞いてないぞ、ボルックスのやつ」



 おれは呆れ果て、爆発の起こった大聖堂の壁を見つめていた。煙が起これば充分だったのだ。「火事だ!」と騒ぎ立て、それで騒動が大きくなるという予定でいたのだが、ボルックスの店から買った火球炸裂ファイアボールの精霊石は予想より遥かに強力だった。



「派手なことに越したことはありませんよ」


「怪我人でも出たら面倒だろ」



 エルロイに答えながら、おれはルーネットの手引きで大聖堂の裏手に回る。とにかく、計画通りに騒ぎは大きくなっているようだ。おれもエルロイも、神官の服を着て変装している。



「大司祭マーカス猊下はどちらに!?」



 裏口から大聖堂へ駆け込んだルーネットが、近くにいた神官に尋ねる。



「な、何ごとだ!?」



 動揺する神官に、ルーネットは畳みかける。



「表の騒動は陽動だ! マーカス猊下が狙われている!」


「ま、まさか……!?」


「時間がないんだ!」



 神官はルーネットに、「執務室の方にいるはずだ」と告げる。おれたちは頷き、ルーネットを先頭に大聖堂の奥へと走った。



「まずは大司祭マーカスから、地下の鍵を手に入れる」



 それが事前に打ち合わせていたこと。おれたちの目的は、大聖堂の地下に秘匿された大聖典マーテル・アヴィア――騒動に乗じてそこに直接触れ、大魔王の情報を探る。


 すべての始まり――ロアム・ドーソンは大聖典マーテル・アヴィアの前で自ら命を絶ち、死んでいたという。彼は死ぬ前に「大魔王はすぐに死ぬだろう」と口にしていた。その大魔王の正体は人間クィゼロス・アングルムであり、彼は聖典マーテルの研究にずっとこだわっていたのだという。


 大聖典マーテル・アヴィア解析ハックを仕掛け、その記録ログを辿り、ドーソンがなにをしたのか、なぜ死んだのか――すべてを確かめるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る