6.真実と契約
「こっちだ!」
ルーネットは階段を駆け上がり、大聖堂の3階へと向かった。2階は先ほど、爆発のあったところ――おれが
「……ルーネット、鍵を手に入れたら別行動にしましょう」
エルロイがルーネットに言った。ルーネットが怪訝な顔をする。
「別行動?」
「手に入れて欲しいものがあります」
エルロイはルーネットにその物品について告げる。ルーネットは「わかった」と言って頷いた。
廊下の先に、大きな木の扉が現れる。
「あれだ」
「……教会の偉い人なのにずいぶんと贅沢なんだな」
身長の倍ほどもある大きな扉には凝った
「……待て」
ルーネットがおれたちを制した。おれもエルロイも、気がついていた。扉がわずかに開いている――
ルーネットが扉に手をかけ、開き、中へと入った。
「……マーカス猊下?」
そこに、大司教マーカスはいた。司祭の
マーカスの前に立っていた神官が振り返った。その手に、
「……ッ!」
――ヒュンッ!
神官が一瞬、身じろぎをしたかと思うと、瞬時に間合いを詰めながら
「フュッ!」
ルーネットが剣を抜き打ちに
おれは舌打ちをする。
「時間がない……お前たちは地下へ行け」
「鍵はどうする?」
「こじあけるなりなんなり、どうにかしろ!」
そう言ってルーネットは踏み込み、
「早く行け! こいつを倒したらすぐに行く!」
剣を引き、素早く構え直したルーネットが言った。
「私も聖典騎士だ……大司教を殺害した者を、この場で逃がすわけにはいかない!」
「わかった! 気を付けて!」
おれはそう叫び、部屋を飛び出て廊下を地下へと走った。
* * *
ルーネットは背後に遠ざかる気配を感じ、安堵して目の前の
自分たちと同じ発想で大聖堂に侵入する者がいた――そのこと自体は驚くにはあたらない。想定外だったのは事実だが――想定外そのものは予想の範囲内だ。
(それにしても……)
ルーネットは背中を冷たいものが這うのを自覚していた。目の前の相手のたたずまいはどうだ。水面に立って波紋さえも起こさないであろうという静けさ――攻撃を仕掛ければ、電撃の如き反撃が
――ゆらり
陽炎のように、敵の姿が揺れた――瞬間、目の前の相手が消え失せる。
「……下ッ!」
――ガキィン!
体勢を床ギリギリにまで低くして襲い掛かる
通り過ぎたはずの
技は、互角――いや、武器の長さでこちらが有利なだけだ。相手の方が優れている。ならば、力は?
「……参る!」
* * *
おれたちは来た方とは別の階段から下へと降り、地下への入り口へ向かう。大聖堂の構造はルーネットから聞いて頭に入っていた。回廊を回り込み、裏手の扉からもうひとつ奥の薄暗い廊下へ。
1階の回廊でふと中庭に目をやると、聖典騎士が王軍に押し切られ、揉み合いが大聖堂の中にまで及んでいた。
「急ぎましょう。早めに用事を終わらせないとややこしいことになる」
「そうだな」
大司教マーカスは既に殺されていた。ともすれば、その罪をなすりつけられてしまうかもしれない。ルーネットがあの刺客に負ければ、その時は確実にそうなるだろう。
「どっちもこっちも、ギリギリだな」
「ええ、侵入ってのはそういうものでしょう?」
「……なんのためにこんなことしてるんだっけ?」
廊下を足早に進みながら、おれはエルロイに言った。
大陸でも有数の大貴族グスマンと、王国を超えて影響力を及ぼす聖典教会――それぞれにケンカを売って、それを出し抜こうというのだ。いくら破格な報酬をもらったとしても、金のためならとても釣り合わない。
「……人間というのは驚くほど短命だ。だからこそ、生きた証を残そうとするのでしょう。子を成したり、事業や作品を残すことでね」
エルロイが言った。
「だが、
「……なんだよ」
「『契約』か、『好奇心』か。そのどちらかです」
エルロイは立ち止まり、振り返った。
「ラッド、僕はパルゼイ家との古の契約に従い、真実を見つけるために行動している。それは命よりも重い……いや」
エルロイが首を振る。
「真実と契約が脅かされることは、命を脅かされることに等しい。だから僕は行動している。ただそれだけですよ」
そう言ってエルロイは、階段を降りた先にある大きな鉄扉の前に立った。
「さあ、やりましょう。『真実』と『契約』のため……大魔王を殺した者が誰か、突き止めるため。そして君自身の『命の目的』のためにね」
鉄の扉には人の頭ほどもある巨大な錠前がかかっていた。これを外すための鍵は大司教マーカスが持っている、というわけだが――
「おれ自身の目的、ね」
おれは進み出て、その錠前に触れる。不思議と、ここで投げ出す気にはならなかった。なにもかも、気に入らないことだらけだ――それでも今のおれに、引き返すという選択はない。「命の目的」なんてわからないがどうでもいい。
「……物理のデカい錠前に、
「物理的な方は任せてください」
そう言ってエルロイはおれを押しのけ、錠前の前に立った。デカい錠前に人差し指をつきつけるようにして、呪文を口にする――
「
――バチン!
小さな黒い雷撃のようなものが、エルロイの指から迸って錠前が砕け、落ちた。見ると、鋼鉄の錠がボロボロに腐食したようになっている。
「……これができるなら、最初から鍵なんていらなかったんじゃ?」
「強硬手段を取るのは飽くまで
そう言ってエルロイは「次は君の番だ」とその場をおれに明け渡した。
おれは鉄扉の前に立ち、手をかざして意識を集中する。
「……? これって……」
おれは違和感を――いや、既視感を覚えていた。この
「……これ、多分こうだろ? ってことは、こっちは……」
こういうのは魔法をかけた術者の性格が如実に反映されるものだ。その考えが読めれば、複雑なパズルを紐解くのは格段にやりやすくなる。この術式を作ったやつを、おれは知っているのだろうか? いや、というよりもこれは――
「あー、わかった」
おれの中ですべてが繋がった。ロアム・ドーソン神官の依頼で、合鍵を作った小箱の
「……
――ガチャン
おれがそのことを理解したと同時に、
少しずつ、核心に近づいているという実感があった。そしてこの先には、さらなる真実が待ち受けているはずだ。おれはエルロイと顔を見合わせ、扉の中へと踏み込む。
扉の先は暗い階段で、何度も回り込むように下へ、下へとくだっていた。何度か踊り場を折り返しながら、それを降り――降り立った先にある小さな扉を開ける。
「……ここまで来るとはねェ」
開けた扉の先から、声がした。
そこは大聖堂の敷地ほどもあるかという巨大な
女のように見える。しかし、その姿は異形のもの。青銅色の肌、白と黒が逆の目、炎のように揺らめく髪、6本ある指や背中に生える6枚の翼と長い尻尾――
「バケモノ女……!」
勇者バルグリフをおれの目の前で殺害した女
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