4.捜査と指針

 おれが遊戯窟プールにいたころ、エルロイとルーネットがなにをしていたか。


 これはあとからエルロイに訊いた話だ。


 大魔王だったと目される男、クィゼロス・アングルムについて調べるため、エルロイは魔術学院アカデメイアへと赴いた。



「クィゼロス……確かにこの学院に在籍していた男ですな」



 白髪を綺麗に刈り込んだ老学者が、12枚の面で構成される水晶の中を覗き込み、言った。淡い光が水晶の中心部から溢れている。エルロイも覗き込むが、その光の内容は読み取れなかった。



「生の魔力を読み取るのは、素養のない者には難しいでしょう」



 老学者は笑って言う。



「我々は超表術エクセルと呼んでいます。教会の聖典マーテルを模して作ったものだが、利用するにはまだ魔術の素養が必要だ。それでも、ここ15年の間、学院に所属した者の情報などはすべて記録しています」


「なるほど。古代の秘奥を解析し、再現する研究ですね」


「ええ、その通り。聖典マーテルは歴史が刻まれた時からこの世界にあり、我らはその恩恵を疑いなく受けている。しかし、いつか失われたり、壊れてしまうかもしれない……その時、代わりとなるものが必要なのです」



 老学者は正12面体の水晶をもう一度覗き込む。



「そしてこのクィゼロスという男は、どうやらその研究に携わっていたらしいですな」


「へえ……」



 エルロイは身を乗り出す。



「彼のことを知っている人はいますか?」


超表術エクセルの研究チームの長なら知っているでしょう。訪ねていくとよろしい」



 老学者はエルロイに、別の学者の研究室を案内してくれた。



「……クィゼロスか。懐かしい名を聞いたな。彼は超表術エクセル研究の最初期メンバーだったんだ」



 紹介されたのは、髪の長いエルフ族の男だった。若く見えるが、恐らく100歳は超えているのだろう。



「どんな男でした?」



 エルロイが訊くと、エルフの学者は鼻を鳴らし、答える。



超表術エクセルは文明の発展を推し進める新たな魔術体系システムだ。しかし、彼の興味はそこにはなかった……聖典マーテルを作り出したという聖祖イズの、彼はファンでね」


「へえ……」


「元々は神学を研究していたが、その趣味が高じて聖典マーテルの再現を試みるようになったらしい。実際、独自にその機能の一部を再現してしまうんだから、恐ろしく優秀な男だった」



 エルフの学者はそこで、少し寂し気な顔をした。



「彼の興味は飽くまでも聖典マーテルだった。超表術エクセルの研究が進むにつれ、彼のやりたいこととは違っていったのだろう。それでとうとう、学院を辞めた……超表術エクセルのひな型に、学院に所属する者の情報を記録し始めたころだ」


「その後のことは?」



 エルロイが訊くと、エルフの学者は首を振る。



「わからない。しばらくは王都にいたらしいが、いずれ噂も聞かなくなった。今もどこかで聖典マーテルの研究をしているのだと思いたい」



 エルロイは礼を言い、学院を辞した。クィゼロスが大魔王になった、とかそういうことは一切言わなかったという。


 * * *


 ここからは、ルーネットに訊いた話だ。


 大聖堂から謹慎処分となったルーネットだが、その翌日には制服を着て、しれっと大聖堂に顔を出したらしい。ずいぶんと図太くなったものだが、おれたちの影響なのか、元々そういう性格なのかはわからない。


 聖典騎士の詰め所には顔を出さず、神官たちのいる部屋に現れたルーネットを神官たちは妙な目で見たが、追い出そうとする者はいなかった。ルーネットがあまりに普通に歩いていたからだろう。そういうものだ。



女騎士デイムルーネット? 謹慎だったはずじゃ……」



 顔見知りの神官に声をかけられたところ、ルーネットは手招きをしてその神官を呼び、声を潜める。



「実はその件なんだが……謹慎というのは表向きのことでな」


「え……?」


「ガイエス・ドーソン枢機卿の襲撃と、その子であるロアム・ドーソン神官の死……この件について、私は内偵を命じられている。これは君だから話すんだ。どうか、協力してくれないか?」



 ルーネットはそう言って、眉を八の字にして微笑をうかべた。目を丸くした神官はこくこくと頷いたという。どうも、公爵の一件でなにかに目覚めてしまった感じがする。



「ロアム・ドーソン神官だが……事件の前、おかしなことはなかったか?」


「……うーん、知っての通り、あの人面白みのない人だからね……無口だし、他の神官との付き合いもあまりないし」



 若い神官は首をひねった。ルーネットは重ねて問う。



「……これは枢機卿から聞いたのだが、なにか死ぬ直前に大魔王がどうとか言っていたとか……」


「ああ、それは確かに言ってたよ。大魔王の話になった時、『心配いらない、大魔王はすぐに消え失せるだろう』って」



 若い神官は少し考えて、さらに口にする。



「希望的観測を口にするなんて珍しいなって思って……不思議に思って聞いてみたんだ。『それは勇者が討伐するだろう、って意味ですか?』と。そしたらドーソン神官はニヤリと笑って『聖祖イズの導きだ』って言うんだよ」


「……ふうん」



 ルーネットはさらに、他に妙な行動がなかったかと尋ねる。若い神官は首を傾げるが、ふと、思い出したように口を開いた。



「ああ、そうだ……なんかその少し前から、ちょっと不思議だったんだよな。ほら、祈りの言葉として『聖典マーテルの導くままに』って言うだろう? それをあの人『聖祖イズの導くままに』って言ってたんだよ。別に気にも留めなかったけど、変っちゃ変だよな」


「それは、いつ頃からそういう風に?」


「いやあ、どうだったかわからないけど……あ、そうだ」



 若い神官は手を打つ。



「ダルトサイドへ行ったあたりからかな」


「ダルトサイドへ?」


「ああ、1ヶ月ほど、大聖堂を留守にした時があって……そのあと、どこへ行ってたのか聞いたらダルトサイドにって。その時、確か『聖祖イズの導くままに』って答えたのを思い出したよ」


「なにをしに行ったのかは聞いていないか?」


「大魔王ゼロスとの戦いが激しかったころだから、前線の視察に行ったのだと思ってたけど……」



 若い神官はそこでまた、なにかを思い出したように目を開く。



「なんだっけな、ダルトサイドの教会の……アンジーだかいう司祭さんが一度、ドーソン神官を訪ねて来たことがあったな」


「……まさか、司祭アイジー!?」


「そんな名前だったかも」



 そこで、若い神官は別の神官に呼ばれた。ルーネットは彼に礼を言い、足早にその場を離れた。


 * * *


「アイジー司祭とドーソンに繋がりが……?」



 さすがのエルロイが、目を丸くした。


 それぞれの行動を経て、おれたちは再びゴブリン・キックに集まっていた。お互いの調べたことを披露しあったところだ。 



「ふうむ……これはなかなか……キナ臭いですね」



 パイプを取り出したエルロイは、それを手の中で弄んで咥えようとせず、じっと思案にふけった。



「『聖祖イズ』の導き……イズの研究をしていたというクィゼロスも、その2人と繋がっていた……というのは出来過ぎか……?」


「そして、その裏に大司教マーカスがいる……と?」



 おれが言うと、エルロイは腕組みをして椅子の背もたれに背を預けた。その横でルーネットはスパイス入りのミルクを手に取り、言う。



「大司教マーカスのことについて、訊ければよかったな……先に知っていれば、ドーソンやアイジーとの繋がりを探れたかもしれないのに」


「その大司教マーカス、ってのはどんなやつ?」



 おれが尋ねると、ルーネットは答える。



「大司教は聖典教会の中でも非常に特殊な地位だ。聖典教会の頂点は教皇、それを選出するのが3人いる枢機卿団……これは高位の司教から選出される。司教の下に司祭、助祭、と続く」


「大司教は司教よりも上、ってこと?」


「それはそうなのだが、特殊なのはその立場が枢機卿と並ぶことだ。というのも、大司教になった者は枢機卿にはなれないという暗黙の了解があるらしい」


「へえ、なんかめんどくさいんだな」


「私もそう思う」



 ルーネットはミルクのジョッキを煽り、空けた。



「現任の大司教マーカスはもう20年もその地位を務めている。その間に教皇は3人変わっているのにな」


「なるほど、教皇からも独立した権力というわけですね」



 ルーネットは頷く。



「なぜそんな特殊な地位なのかというと、大司教が聖典マーテルを管理する立場にあるからだ」


「…………!」



 おれは思わず目を見開いた。エルロイはパイプから煙をふーっと吐き出す。



聖典マーテルの中枢、大聖典マーテル・アヴィアは大聖堂の地下に秘匿される。そこに入れるのは大司教とその側近だけだ」


「話が集約されてきましたね」



 エルロイがその話を受け、口を開く。



「大魔王の死に関し、なにかを暴こうとしていたガイエス・ドーソン枢機卿を、大司教マーカスが襲撃させた……そして、大魔王となったクィゼロス・アングルムは聖祖イズと聖典マーテルについて研究していた」


「そして、ロアム・ドーソン神官はダルトサイドへ向かっている……恐らく、司祭アイジーと会うために。大魔王の力について、大司教マーカスの指示で行動していたと考えれば……」



 おれはため息をついた。



「すべての鍵は聖典マーテルにある、ってことか」



 エルロイが頷く。



聖典マーテルは伝承によれば、大魔王の闇を退けるために聖祖イズが創り上げたと言われていますが……それにしては実態と異なっていることについて、僕も気になっていたんです」


「確かに。洗礼情報ステータスをいくら記録しても大魔王を倒せるはずないもんな」


「大魔王によって混乱した世に秩序をもたらしたという暗喩と思っていたが、もしかすると、聖典マーテルにはより強力な力が……例えば、古代魔法帝国を滅ぼした超兵器のような力が隠されているのかもしれない。それを大司教マーカスは秘匿していたのか……」


「まさか、その力で大魔王を倒した、とでも……?」



 驚くルーネットに、エルロイは涼しい顔で答える。



聖典マーテル自体が古代の超技術オーパーツですからね。そういう可能性もあり得る、ということです。そもそも、僕は聖祖イズが上帝神族アルコンだったと疑っています」


「……かつて、人類に魔法を授けたのと同じというわけか」



 ルーネットが思案顔で口を開く。



「超兵器説はともかく……聖典教会のそもそもの始祖に上帝神族アルコンが関わっている、というのはあり得る話だと私も思う。伝承によれば、聖祖イズが聖典マーテルを創ったこと並行して、5人の賢者が神の使徒から言葉を賜り、その導きを伝えるために教会を作ったとも言われる。聖祖イズとこの神の使徒を同一視する見方もあって……」



 そこでふと、ルーネットはなにかに気がついたように言葉を切った。



「そういえば、勇者バルグリフの姓は『ベクルズ』といったな?」


「ああ、確かそうだ」


「5人の賢者のひとりと同じ姓なのだな。まあ、特段珍しい姓でもないが……」



 それを聞いて、おれは昔バルグリフに聞いた話を思い出す。



「……そう言えばバルグリフって、生まれは神官の家だって言ってたな。地方の小さな教会を継ぐのが嫌で冒険者になったとか」


「まあ、5人の賢者の姓は広く広がっているから、その末裔だというのはあり得ることだ。賢者の住んでいた村が丸ごとその姓を名乗った、なんてこともある」



 おれは手元のジョッキを煽った。蜂蜜酒ミードの甘さが脳を刺激する。まったく、いろいろなことがありすぎて脳が疲れている。



「……それで、これからどうする?」



 ようやくおれがそれを口にすると、ルーネットが頷く。



「そうだな……大司教マーカスを告発するにしても、材料が足りな過ぎるし……」


「そんなことしませんよ」



 エルロイが言った。



「我々の求める真実とは、飽くまで『誰が大魔王を倒したのか』ということ。その事実は後世に伝えなければならない。大司教のやっていることを暴くのは目的ではない。手段かもしれませんけどね」


「……なにか腹案がありそうだな」



 おれが言うと、エルロイはニヤリと笑ってパイプを咥えた。



「ここまで来たらやることはひとつでしょう。聖典マーテルを直接調べるんですよ」

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