玉座に身を据えた兄弟
六代目に就任して一年と半年が過ぎたころ、その日は突然やってきた。いつもであれば昼の定例会議の疲れで翌朝まで爆睡をしているのだが、妙に眼が冴えていていて、気晴らしに夜風に当たろうと玄関まで行ったとき、そこには見慣れない人影が二人、三人いた。それが誰か認識した瞬間、自分が待ち焦がれた人だと気付いて歓喜した。
「兄貴!」
「ん?おお、ユウ!久しいな!」
兄貴はよっ!と手を挙げて応答。隣の赤子を抱いた女性は緊張をしながらも会釈をしてきたので自分も会釈を返した。
その帰還を察したのか母も出てきて、見た瞬間に笑顔がはじけ「
良識的に考えて普通なら一報くらい入れて来るのが礼儀というものなのだが、兄貴にその考えは通用はしない。父の唐突の連絡然り、兄貴の連絡なし性も慣れてしまえば、いつものこと。そんなことよりも喜ばしいことは帰ってきたことだ。それを祝すために普段飲まない酒瓶を取りに行き、兄貴の旅の話をツマミにして談笑したいという感情が先行し、近状報告も兼ねて自室で飲み交わすことにした。
一方女性陣は、赤子と遊びながら女性にしか分からない会話を繰り広げていた。
このことについて当時の世間では、兄貴が弟に地位を奪われたことに腹を立て略奪しに来たとか、子供ができて生活のやりくりに困窮し、弟に泣きついたなどと、面白い考察や噂話があったことを思い出す。
実際の話として、そんなゲスな話とかは一切なく、むしろ号泣して七代目をやってくれと泣きついたのは自分の方だ。
ひとしきり酒を飲み終えて、自分は唇を噛みしめながらも兄貴に訊いた。
「実は近状報告通り、銀堂家は社会変革の煽りを受けてあまり状態は良くない。自分の財産や支持者から資金を工面しているのだが、それも尽きそうなんだ。というか焼け石に水状態。そんな状態だが、兄貴は当主に成ってくれるのか」と不安になりながらも訊いた。
近年、ネットビジネスの発展や国や財閥から離れて独立する民間企業が増加したことにより、今まで安定していた名家の価値や財閥の金融事業が斜陽に差し掛かっていた。執筆している時点ではその状態が確固たるもので、生き残るための自営業ができなかった家は空中分解をしてしまい跡形も遺っていない。当時からそんことは目に見えていたが、どう回せばよいのか解からず、流石の自分にも手が負えなかった。くわえて、家の中のいざこざもあったから、完全に疲弊し切っていた。
そんなときに兄貴が帰ってきたんだ。喜ばない方が、人間を捨てている。だが、こんな沈みかかった船を渡したところで、立て直せるのかとか、罵倒されて見限れれてしまうのではないかと不安でいっぱいだった。もし、健康的な自分であっても兄貴にそうされていたら、自殺も考えていたかもしれない。
だが、その不安は杞憂だったようで、兄貴は鼻で笑って「ったく、何に不安がっているんだよ。ユウはよく頑張った。だから、あとは俺に任せて、ユウは自分の名に相応しく外で遊び回って来な。もしそれでも不安だと思うなら、死んでくれ」と、お得意の暗黒微笑を見せつけられた。
瞬間、今まで抱えていた肩の荷が下りて目頭が熱くなり笑みがこぼれた。一体何に怖がっていたんだろうか。そうだ兄貴はそういう漢だった。相手の望む黒いところをえぐり出し希望のある言葉で殴りつける。その豪胆さに憧れ尊敬していたんだと再確認をした。
「嗚呼、遊びが足りなくなると前も見えなくなるんだな、本当」
「で、死ぬの?任せるの」
「そりゃ、任せるに決まってるじゃないか。死にたくないし、まだ人生を遊び尽くしていないんだからさ」
また、あの笑顔を見せ「それでこそ、俺のクソ弟だ」と了承の一声を貰い「それでこそ、クソ兄貴だ」だと後腐れなく当主の座と役職を明け渡した。
そして翌日の定例会議からサプライズと言わんばかりに兄貴は出席し、いろんな意味で場を沸かせ大乱闘を繰り広げたそうだ。一方そのころ自分は責任を咎めれれる前に本家から逃亡を図り、陽も昇らぬうちに松木戸の家に逃げ込んだ。そこから放蕩生活がスタートし、後の本題となる出来事に繋がってゆく。のだが、まだそこについては話さない。
放蕩生活を可能にした理由がちゃんとあるので、前置きが長いとキレそうになっているかもしれないが、もう少し付き合ってくれると幸いなところ。
あと、たまに現在でも訊かれることだから回答しておくが『もう一度当主の座に返り咲くなんて気概は兄貴に頼まれたとしても絶対にない。あったとしても一族を滅ぼすときくらいだ』それと『本家であったいざこざについて自分に訊かないで欲しい。あそこでの出来事は思い出すだけで吐き気がするから体調や今後のためにもやめてくれ』それ以外なら良識の範囲で話そう。
この発言に対しどう扱うかは、皆の良心に委ねるとしよう。
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