出逢いの軌跡

玉座に身を据えた者たち 15409

親父という存在について

 現在から遡ることちょうど十年前の話。その出来事は何の前触れもなく、いつもの日々を装って始まった。当時の自分は大学を卒業して二カ月ほど経ち、碌に将来のことなど考えず、ただ日々を貪り続ける自堕落な生活を送っていた。


 おそらく二十代のころと聞くと多くの人からは、人生のスタートラインだとか、その道筋が決まる十年間などと、先人からくち酸っぱく語られる時期だと思う。しかし自分の場合、家の都合や事件に巻き込まれた経験から十代のうちに大まかな社会構造についての学び得て、二十代となり大学を卒業するころには、別に仕事をしなくとも生きられる環境が整ってしまっていた。


 変な誤解を生まないためにも注釈を入れておくが、別に家の金がどうこうの話ではなく、ただ個人が保有する資産から臨時収入が発生するようになっているおかげで、生活するには困らないほどの金を得られるようになっていたから、わざわざ身を削ってまでお金の工面をする必要がないという意味で語っている。あと、大学を卒業する際に『とある特別な権限』を与えられていたこともあり、もしお金が尽きたとしてもそこでタダ飯が食べられるから、生命維持という観点では問題なかった。


 要するに、仕事がやりたければやっても良いし、やらなくとも生活はできる。そんな状態だった。


 いっけん、羨ましい生活をしているように思えるが過ごしてみると、結構辛いところがある。人間どうも一定期間、何もしない日々を送っていると苦痛にも似た虚無感がが襲ってきて、ふとした瞬間に「何か事業を始めようか……」なんていう世迷言を口にするようになる。


 そのたびに頬を叩いたり、首を振ったりしてその不快な虚無感と共にその雑念もぬぐい捨てる。それでも大概、時間が経つと再びその感覚が襲ってくるので、脳内麻薬を出すために無理やり食事を摂ったり、天気が良かったら外に出て五時間ほど街を散策する。帰ってきたらシャワーを浴びて、洗面台で歯を磨き、誰かに会う予定がなくとも一時的な爽快感を求めて髭を剃る。その余韻が続いてる間に布団に包まり、そのまま惰眠を謳歌して一日を終える。


 そして、起きたころにはまたあの不快な虚無感が挨拶をかましてくるから、無視して上記の内容を繰り返し、また一日が終わる。正直、この時の自分は暇すぎて頭がおかしくなっていたと思う。


 もしそんな状況で気まぐれにも一本、電話がかかって来たとすれば、不意にも相手の名前も確認せずに応答してしまうことは、そんなにおかしくもないことのはずなのだが……。


「はい?もしもし」

「おう、遊学!元気にしているか」

「……で、何の用事があるんだ。クソ親父」

「なんだ、そんなに暇してたのか。それなら家に帰――」

「用事ないなら切るぞ」

「待て待て、そう焦るな。本題を急ぐのは遊学の悪いところだぞ」


 応答した直後は服をめくりわき腹を搔いていたが、声の主がわかった瞬間にその動作を止め、その手を後頭部に持っていき、出るんじゃなかったとその時は後悔した。


 電話の相手は『銀堂茂也』という当時の銀堂家当主にして、唯一自分が『親父』と呼べる男からだった。正確には『銀堂家五代目当主、銀堂茂也』と『親父』は別人になるが、そこについては後に触れるとして話を続ける。


 その後三分ほど話し込み、やっと用件が伝えられた。要約すると「今日中に本家の元に帰って来い」とかいう何とも身勝手な内容だった。


 初めはその要求を無視しようかと思案を巡らせてみたが、上記の状態だったこともあるから暇潰しがてら本家に帰還して仕事お請け負うのも悪くないと思い、半ば辟易しながらもその要求を呑むことにした。それに何だかいつもよりも元気が空回りしていて気味が悪かったから、その部分の真意の確認もかねて応じた。


 ここまでの文章を読んでいて、少し違和感を感じたところが散見されたと思う。先ほどの含みもそうだと思うが、まるで『親父』が『父親』じゃないような違和感。そして『銀堂茂也』が全く別の存在のような表現に引っかかりを覚えただろう。


 本書で初めて語るのだが、自分こと『銀之字遊学』(旧名、銀堂遊学)は『親父の実子じゃなければ、正当な銀堂家一族の人間でもない』からだ。


 おそらく、それを聞いて驚かれる方々もいるかも知れない。それに『あのテロ事件』が起きたことにより、神聖なものが認識できる時代にもなったからこそ、余計に語らないといけない責任も生じているから、導入の宣言通り書き記していく。


 最初に『親父と自分の関係性』について触れておく。厄介な話、権力者だから出来た養子と養父の関係だ。並びに『母さん』と血は繋がっていないが、ほぼ一緒のような血が流れている。


 これだけだと、ただの怪文章になるから順序を立てて説明する。




 まず、『父は自分の実の父親ではない』点について。もう解消された出来事であるから全然、隠す気もなく話すが、父および『親父』とは血がつながっていない。なんなら『親父の妻である母』とも血は繋がっていない。だけど、母とほとんど同じ血が流れている。言葉にするとよりややこしいが事実がそうなのだから仕方ない。 


 実は自分こと『銀之字遊学ぎんのじゆうが』(旧名、銀堂遊学)は母の双子に当たる女性から産まれて人間であり、銀堂家とゆかりのある人物との間に生まれた子供でもあるからにして、特殊な立ち位置にいた。


 何故そんなことになっているか。自分が産まれてい一週間くらい経ったころに、とある組織から『存在しては困る』というちんけな理由で、母子ともども狙われる羽目になり施設を脱走。そこで偶然にも親父が己の妻と間違え接触し、あとに合流した本物と相談して、組織を欺くことを決定。その偽装としてまず『自分が産まれた年を一年前にずらし』片割れである現在の母の血を活かして『母の実子』ということにして、自分の身に法的安全装置をも取り付けたという。


 そのおかげで自分は五体満足に生きられているのだから感謝せざる得ない。


 本当は墓場まで持っていこうと考えていたそうだが、ひょいな経緯でバレてしまった。きっかけは高校時代のころ、当時流行っていた占いの内容がどうも合わなかったことに加え『上嶋蛍というイカレタ女から遊び半分で遺伝子調査してみたら判明した』という事象と現代技術が生んだバグのようなバレ方だ。全く、数奇な出来事というのは怖いものだ。


 実の父親のほうはあのテロ事件にも関与していたらしく、一度、声を交わす機会があったが、人生このかた直接、会話はかわしたことはない。


 そのせいかは知らないが、どうも『父親』と言われてもあまりピンとくるイメージが全く浮かばない。対して『親父』といわれたらパッと出てくる。


 関連付けて先に『銀堂茂也であって親父ではない』について触れるが、ここは地味に信じがたい話。そういうものが見えるなら、ただのありふれた日常会話だ。


 自分が『銀堂茂也』と呼んでいる『銀堂家五代目当主、銀堂茂也』という人物は、『親父』に憑依した『銀堂家の土地神』のことで、現在は生き霊を通して対話をすることができる霊界の同僚ともいえる存在。あいつから物事を頼むときは、決まって、自らが手に負えない内容であることであることがほとんどだ。


 もちろん、『親父』も連絡を入れてくる時もあったが、大半こちらで噴出する問題の概要についての内容で、あとの部分は安否確認のようなことだった。


 思い返せば、『親父』は相当面白い人物であったと思う。人前では冷静で頑とした姿勢で物事を扱い、家族の前では天然のボケかますお調子者。常に「物事は過程が大切だ」が口癖な面倒な男でもあった。その癖して融通が利かないところがあって、特に上記のような電話をかけてくるのは別に良いとして、訊きそびれたことを訊き直そうと折り返しの電話をかけたところで、絶対出てくることはない。


 兄貴もそうなのだが、基本的に電話を使うのが苦手なのだろう。父から直接聞いた話ではないから真相は分からないが、同様の症状を抱える兄貴曰く、電話の音声を聞いてると、ゴキブリが腕を這いずり回ったかのようなゾワゾワ感があるから嫌いといってたから、ある程度の信憑性はあるだろう。


 それでも、自分に迫る危機を知らせるために頑張って電話を手に取り、情報を流して自分を問題対処に向かわせる。苦手であれど頑固な親父のプライドとして、やり切る力は誰よりも優れていたんだなと今なら称賛できる。


 ちなみに当時の自分はその行動に対して、ふざけるなと苛立ちながらもその対処に追われる中で多くの友人や仲間ができたから、まあいいか、と半ば呆れたような諦めのような感情を抱いていたことは記しておく。


 あと、クソジジと突っ張りもなくいっているが、あれは親父が望んだ言い名のひとつで、もう自立した人間だと意思表示したいならその名前で呼べと両親にい告げられているから違和感なく使っている。


 背景情報を掲示した上で話しを戻すが、今回かかってきた内容には個人でしか判らない違和感があった。その違和感というのは、『親父の喋り方』と『銀堂茂也のじゃべり方』が『混濁』していたことだ。


 さきほど、親父は『過程を大切にする』と触れたが、まさにそこだ。いつもの親父であれば、無駄話や極端にはっきりしたことを言ってきても、自分の名前を呼ぶことはほとんどない。呼ぶのは『銀堂茂也』の方つまり『土地神』の癖だ。だから、違うと気付くことができた。けれど、所々に親父にしか使わない口調があったから、当時は――銀堂茂也が変な演技をしていると思っていた。


 変に指摘しても通話する時間が延びるだけと見限っていたから、あえて指摘せずこちらから話の調子に合わせていき、相手に騙される振りをして了承したわけだ。


 けれど違っていた。この答えに辿り着いたのは親父の死後で、それが自分が『当主に成る』一因になろうとは、この時の自分は予想もしていなかった。


 当時の自分はその違和感を抱えつつも、直接訊けばいいかと軽い気持ちでいたから特に気にもせず、さっそくタクシー会社に予約を入れ、部屋にある荷物(ほぼ貴重品)をカバンに詰め、頭の整理をするのも兼ねて外へと駆け出した。

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